第9話


 何となく人だかりの減って来た協会の隅っこにある無機質なカフェテリア。俺達はそこでソフトドリンクを飲みながら、胡散臭い男の話を聞いていた。


「お二人は冒険者を始めてどれくらいなのですか?」


「二週間」

「二日」


 淡白な返事をする姫小松につられ、俺も適当に返す。


「まさか!!そんなにはやく!?」


 しかし、目の前の津田と名乗った男はその事を大層オーバーに驚いて見せる。

 俺は自分の経歴を謙遜する訳でも何でもなく、演技派だなぁと眺めていた。


「それで、どうしてまたウチ等なんかと契約を?自分で言うんも何やけど、まだまだ実績はあらへんし、世間的な注目も大したことないやろ?」


「その様な事はありません。こちらをご覧ください」


 そうして向けられたタブレットの画面には、いつかの鶏と戦う俺達の姿があった。

 どうやらドローンで撮影した配信らしく、コメントも同時に流れている。


「やだー」

「すっごーい」

「かっこいいー」


 とは言えこの配信は協会や企業がダンジョン内部を常時の状況を常に垂れ流している配信のワンシーン。俺達が単独で配信をしてもこうは行かないだろう。


「確かに世間的には貴方達の注目度はトッププレイヤーに及びません。しかし、私共の仕事はあくまでもエンターテインメント。トッププレイヤーがダンジョンを攻略する様を惰性で流すことでは無いのです」


 水を飲み干し、空になったコップを机にドンと置く。


「初心者の頃から冒険者を支援して、やがてプロになるまでのドキュメンタリーを撮りたいのです。苦労もありましょう、失敗もありましょう。しかし視聴者は、貴方たちが苦難を乗り越えるたびに、貴方達を好きになっていく。あなた方にハマっていくのです!!

 ……これは我々如月プロダクションが新たに始めた事業。そして、冒険者業界の歴史に新たな一ページを刻む偉業でもあります。それをお二方には手伝っていただきたい。我々は、我々の世界は、貴方たちの様に苦難を乗り越えられるルーキーを、ずっと待ちわびていたのです」


 見た目もそうだが、まさか中身まで熱い奴だったとは思わなかった。とはいえ俺はルーキー判定で良かったのだろうか。


 津田は立ち上がるほどに白熱していた事を思い出したのか。恥じ入るように滝流れる汗をハンカチでふき取った。

 

「結論は急ぎません。少しでも興味を持って頂けましたら、こちらの名刺の電話番号にご連絡下さい」


そうして彼は言いたい事を捲し立てるだけ捲し立てて満足したのか、二枚目の名刺と交換といわんばかりに伝票をもって店から出て行く。

 まさに嵐のような男だった。


 そうして取り残された俺達は、二人して顔を見合わせる。


「すごい勢いだったな。俺はもう少し話を聞いても良いと思ったんだが」

「ええんと違う? それが最大の目的地へ続いとるんやったら」


 随分と意味深な物言いだ。

 最大? 目的地? その言いぶりからするに、彼女にはあるのかもしれない。


「姫小松は、目標とかあるのか?」

「ウチはSランク冒険者になる事やな、金を稼いで一生豪遊したい。アンタは?」


 最大の目的。それを聞いて、俺は頭をひねった。


 ……そういえば、俺の目標は何だったかな。と。


 そう言えば、真っ先に思い付いた俺の目標もAランクの冒険者になる事だった。姫小松よりも少しだけ志が低いけれど、不労所得で生きて行けるならそれ以上を目指す理由が無いということも事実だ。


 だが、それが最大の幸せ。人生のゴールかと問われれば、そうではない気がする。


「とりあえずは、ハワイへ飛んだ元社長を見つけてぶっ飛ばすって事で」


 これが、現状で考えついた俺の目標だ。


「じゃあまずは旅費やな。っていうか、ほんまにハワイにおるん?」


 その質問に俺は肩を竦めて答えとした。ハワイというのは勝手な俺の想像なのだ。ただ、なんとなく、そうだったら嫌だなというネガティブが生み出した卑屈な妄想でしかない。


 とはいえ、津田も返事は後日くれたら良いと言っていたし、暫くは此方の自由にさせてもらうとしよう。まだ何も俺に関してダンジョンにすら慣れていないのだから。


「あっそ。……ほならそろそろお暇しよか」


 立ち上がる前に、二枚目の名刺をチラと見る。

 そこには簡素な筆記体で、


「如月 久遠」


 と掛かれていた。ビジネスマン然とした津田とは対照的だ。

 肩書は、冒険者プロデューサー。


 はて、どうして津田ではないのだろうか?

 そう思って最初に渡された方の名刺を読むと、彼の肩書は単なるスカウトマンであった。


 そういえばあの男は如月プロダクションの津田と名乗っていただけで、自分がプロデューサーだとは言っていなかった。


 よくよく考えてみれば何でもそうであるように、営業と企画は別の人物が行うものだ。


 とてつもなく熱い心情を吐露されたので、てっきりあの男が全てこなしているのかとも思ったが。


 しかし、なんとなく騙された気分になった事も事実。俺は津田の名刺を丸めてポケットの詰め込むと……


「すみません、コーヒーとオムライス」


 近場の店員に少し早い夕食を頼む。


 とんぼ返りしてきた姫小松にパフェを奢らされたことは、言うまでも無いだろう。

 



「おっちゃん、やってる?」


 そういって無骨な木組みの小屋。もとい「鉄鎧専門店」の戸を開いた。


「―――なんでぇ、昨日の今日で鎧が出来るわけねぇだろうが」


 当然中に居たのは犬小屋の見た目とマッチした熊の様な男、毒島。

 こちらからは見えないが、きっと作業場にでも籠って槌を振るっているのだろう。

 もしくは死体遺棄か、或いは危ないお薬の栽培か。

 

「鉄鎧言う割には色々置いてんねんな」


 俺の後ろから、中を覗き込むようにして様子をうかがっていた姫小松が呟いた。

 

 本当は別行動をするつもりだったのだが、食事を共にした僕等はそのままのなりゆきで一緒に買い物をする事になったのだ。   


「そりゃあ、俺が使っていた丸盾と片手剣はここの親父が見繕ってくれたものだしな」


 なじみの店というにはまだ早いけれど、ここ以外の店を知らないのも事実。

 店主はヤクザだが、まあ、ツケを返す必要もあった。


「散々脅されたからどんなヤバいおっちゃんや思うとったけど、なんや案外面倒見ええんや」


 なんて調子に乗って店の品を無遠慮に触り始めた姫小松は。


「なんだぁ手前ぇ、子連れでぇよう。鎧はまだだってんだろうが」


 そういってカウンターに手を置いた迫力満点の毒島を見上げ「ヒュッ」っと鳴いた。


「いや、今回は盾を買い替えたくて……」


 上から下まで、ねめつけるような店主の視線に、俺の言葉も尻すぼみに小さくなる。


「それでぇよう、ブツはどうした?」


なんて、ドスの効いた声でいう物だから一瞬だけ別のブツを想像してしまったけれど。少ししてそれが壊れた盾の事を刺しているのだと気が付いた。


 そういえば、Wイーグルを捕まえる時に捨てた切り、ダンジョンに置いてきてしまったな。


「ひしゃげて使い物にならなくなったので……」

「捨てとったで、こん男」


 余計な事を言う姫小松にオイと突っ込み、俺は日本のサラリーマンが全員習得しているであろう非常にあいまいな笑みを浮かべて見せた。


「そんなこったろうと思って最初から弟子の失敗作を渡したんだがぁよう」


 コノヤロウ、信用していなかったな。


「ええ判断しはりますわ」

「まぁ、盾は売ってやっても構わねぇが」


 毒島はそこで言葉を一区切り、カウンターに預けた体を持ち上げる。


「手前ぇ、ウチのツケは無限じゃあねぇぜ」


 ひ、ヒィ、覚えてるこの人。


「へへ、忘れていた訳じゃありませんよ? へへ……12万と4千円でしたよね?」


「情けあらへんわ」


 姫小松のそれは一体どちらに向けて言った言葉だったのだろうか。


「忘れてねぇなら構やしねぇよう。金ぁは帰りに纏めて払いな」


 今回はツケじゃねぇんだろ? と、言外に含ませて先手を打たれてしまった。


 そこまで信用が無いのだろうか。前回はカード払いが出来ないと知らなかっただけなのに。


「おっちゃん、ウチもリング欲しいんやけど」

「……後で見繕ってやらぁ」


 リング? 魔法使いといえば杖というイメージがあるけれど、そういえば姫小松は杖を持っていなかった。だからといって指輪をはめているようにも見えないのだが。


「そういえば姫小松って何を媒介に魔法を使ってたんだ?」 

「ウチはブレスレットやで。ほら」


 そういって彼女は袖をまくり、腕に通された金色の細い輪っかを見せてくれた。頼りなく細い手首からは、今にもブレスレットが落ちてしまいそうだ。

 これでは常に気を配っていないといけないだろう。


「なるほど、リングが欲くなる訳だ」


 そんな会話をしつつ、カウンターを出た毒島について歩くとすぐに盾コーナーへとたどり着いた。


 目の前にある金属の棚には、乱雑に収納された盾が所狭しと並べられている。


「盾の使い勝手はどうだったよう」

「どうと言われても、他を知らないので……少なくとももう少し頑丈な物がいいですね」

「バックラーなんて受け流し用でしかねぇ。まあ、真正面から受け止める胆力だけぁ褒めてやるよう」


 これは普通に喜んでも良いのだろうか。

 最初に出会ったときは盾職をこき下ろしていたのに。


「……そういやぁ昔、酔った勢いでこんな物作っちまったな」


 そうして取り出されたのは、前回と殆ど変わらぬ丸盾。但し取っ手は腕に通すものではなく、籠手になっているらしい。丁度籠手の部分だけが盾の横からはみ出した形だ。


 毒島はそのバックラーに無理やり手を通すと、離れてなぁ。と言う。

 次の瞬間。正面に構えられた盾の下から、すさまじい勢いで何かが飛び出した。


「かぁっ、使いにくいったらありゃぁしねぇ……」


 飛び出したのはどうやら剣の様な物らしく、それが木張りの地面を貫通している。


「とまぁ、見ての通りの細工盾だ。元はランタンシールドってぇ籠手の上に剣が付いた丸盾だったんだが、酔った馬鹿弟子が剣の向きを間違って付けちまったのが事の発端って訳。まあ、完成させたのはオイラだがよう」


 その時、絶対にお前も酔ってただろ。シラフでこんな頭のおかしい武器が作れるわけがない。

 勿論、心に留めておいたが。


「受け流しても使えるが、相手によっちゃあ大盾みてぇに地面に底を突き立てて凌ぐ事もできるってぇ代物よう。当然正面から受け止める為の強度もある」


 とはいえ、俺も男。変形する武器はロマンと理解している。


「か、かっこええ……」


 だが俺以上に変形のロマンを噛み締めたお子様。姫小松は、それはそれは瞳をキラキラと輝かせて食い入るようにそのランタンシールドとやらを見つめていた。


「店長のおすすめなら買っておくか。値段は?」

「手は込んでるがぁ、どうせ埃をかぶっていた半端者よう。そっちに積まれたリングと併せて5万にしておいてやらぁ」

「ウチ等としてはそれでええけど、そんなんで商売なるん?」

「弟子にゃ何言われるか分かったもんじゃねぇ。さっさと持って帰ぇんな」


 そうして毒島に炎系統の魔法を強化するリングを選んでもらうと、俺は今回と前回の分を合わせた14万と4千円を置いて逃げるように店を出た。

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