第8話

 ​金のウリ暴は迷う事もなく一直線に俺の脛を目掛けて走ってきた。レアだろうとレアじゃ無かろうと、やる事は一緒らしい。

 しかしその速度は遠くで見ていた時よりも素早く見えた。

 同じ時速30キロで走る生き物でも、そのサイズが小さい方が早く動いている風に見えるものだ。


 俺は度重なる攻撃ですっかり原型を忘れてしまったバックラーを捨てて片手剣を固く握る。疾走するウリ暴はもはや我すらも忘れて突っ込んできた。


 ぶつかる寸前。俺は剣の切先を地面に突き立てようとして、辞める。そして、剣を横に放り投げた。


 体当たりを剣で受けていると攻撃に転じる事できない上、結局ウリ暴が自由に動きまわれるので、姫子松も狙いが定まらないのだ。


 同士うちをせず大きな一撃を叩き込むには、やはりグラスバインドで拘束するしかない。

 

 だがそ​の為には、素早くステップを踏むこの生き物を、素手で掴まなければいけなかった。


 盾では何の意味もなく、剣で受けては​届かない。

 故に素手。無手こそが、最強の防御なのだ!!!


 俺は脛に目掛けて走ってくるモンスターと目線の高さを合わせる程に腰を落とす。相撲の構えと似ているかもしれない。


 直後、盾の様なエフェクトを纏った金ウリ暴と、俺の装備する胸のプレートがぶつかり火花が散った。


 今日戦ったメンツと比べれば、一撃の威力は随分と軽い。

 けれど金ウリ暴も一般個体では無かった。明らかに防御系のスキルも使用していたし、目を回しての自爆はしないらしい。


『グラスバインド』


 両の掌から湧き出る様にして伸びる植物は、腕の中で激しい抵抗を見せる生き物へと侵食を開始した。


 とはいえ野生の筋肉の塊は抵抗激しく、俺は全身で囲う事で必死に抑え込む。何より、時折飛んでくるゼロ距離キックが超痛い。体の芯に響くため、思わず手を離してしまいそうになるのだ。


「ちょ、もう無理!!マナプロテクトくれ!!」

「今CT中やから、あと10分待って」


 待てるか!!

 突き放す様な無慈悲な宣告に、俺は目眩がした。


 くそ、せめてキックさえどうにかなれば耐えられるのに​……


 ……キック?

 いいや、それならばやめさせる事が出来るじゃないか!!


 俺は手元に生成したチープなナイフに噛み付いて、そのままモンスターの背中にねじ込んだ。


 すると、予想通りに攻撃の嵐は止み、がむしゃらに姫子松の元へ走り出そうとするだけの可愛いウリ暴れが出来上がった。


「スキル屋のお姉さんありがとう!!!」


 徐々に植物の侵食も勢いを増し、俺の負担も減ってくる。

 やがてウリ暴の体が全て植物に覆われた頃。


 完全に抵抗が止んだ。

 俺の手元にあるのはスイカ程の大きさをした蠢く植物。


「ほな、とどめ刺すで」


 もはや魔法すらも使わずに解体用のナイフを振り回す姫子松。


「ちょっと待ってくれ」

「ん、なんや?まさかやめてくれとは言わへんよな?」


 俺は今にもナイフの峰を舐め始めそうな少女を静止して手を伸ばす。


「俺がやる」


 その一言を呟いた途端。姫小松は何かすっぱいものでも噛んだような顔をして、手に持ったナイフを落とした。


 ……俺が生き物を殺すことが、そんなにも異常なことだったか?


 確かに殺しは好きじゃない。それが小動物となれば尚の事。

 しかしこれは直感だけれど、ここで自らの手を汚さなければ、俺は一生モンスターを殺すことが出来ないような気がするのだ。


 姫小松の落としたナイフを拾い上げて、代わりに植物に包まれた金ウリを地面へ置く。


 今にも爆発しそうな程に高鳴る心臓。

 全身の血管が収縮し、視界がぼやけて体に力が入らなくなる。


 それでも、俺の頭は何をするべきかを的確に見出していた。

 姫小松が生き物を殺す姿を再三見てきたからだろう。 


 俺は意を決し、首元にナイフを押し当てる。

 すると、植物の隙間からウリ暴と視線が合った。まるで殺さないでと懇願する様に、瞳は潤み震えている。


「同情はしいなや。そんなもん罪悪感を消す為だけの言い訳に過ぎひん。アンタは一生罪悪感と共に生きていくんや」


 姫小松はこんな時でも変わらずに狂っていた。冷静で、冷徹で、綺麗ごとを嫌う。


 だが俺だって幾度となく命の奪い合いをしてきたのだ。

 間接的に幾つもの命を奪っているのだから今更悪びれたりは出来ないし、彼女の言葉通り同情する事など以ての外。


 暴れるウリ暴を押さえつけ、潤む瞳を眺めながら喉を断ち切った。

 小さな体が一度だけビクンと跳ねて、体を拘束していた植物は灰になって消えた。


 何とも言えない感覚だ。


 決して清々しくはないが、最悪の気分でもない。

 達成感はある。しかし、それ以上に今は疲労で頭が回らなかった。


 毛皮は血で真っ赤に染まったが、それでも黄金の光を放っている様に見えるのは、空の色を反射しているからだろう。


「綺麗に一撃で仕留めたやん」

 

 姫小松はそう言って俺の肩に優しく手を置いて、遺体をバックパックに詰め込んだ。

 

 一撃か。それなら苦しみは最低限で済んだだろう。 


「ほな打ち上げしよ。肉食いに行こ」


 ……人が感傷に浸っているというのに、旨味を想起させるなよ。

 やっぱりこいつは最低だ!!


 

「お疲れ様でした。色々と大変だったみたいですね、ご活躍は私の耳にも入っていますよ?」


 膨らみ上がったバックパックをカウンターへ乗せると、いつもの受付嬢が反対側から顔を出してそういった。


「それにしても大量ですねぇ。これならパーティだという事を鑑みても香箱さんは二日目にしてEランクになれるかもしれませんよ」


 彼女は俺達の収穫品を鑑定石へかざして、内側のオーブを見ながら羊皮紙にメモを記入してゆく。


 気が付けば周囲には人だかりが出来ており、ざわざわとした喧噪に包まれていた。

 耳をすませば野次馬達の会話が聞こえてくる。


「あれって配信でやってた……」


「まだ二日目だったのかよ」


「あの冴えないおっさんが?」


 多少悪口は混ざっていたけれど、おおむね称賛の声が多かった。

 嬉しくなって思わず隣を見れば、姫小松も同じ気持ちだったらしい。

 フードの隙間からは破顔した表情が見えた。


「鑑定が終わりました。締めて31万と2250円ですね。売却される素材を選んでいただけますか?」


 レアモンとの遭遇が多かったとはいえ、一日で30万円以上!?


 というか、これは冒険者の収入として高いのだろうか?

 周囲の反応を見るに、低くはないと思うのだけれど。


「内訳はこの通りです」


 そうして渡された紙を受け取り、俺達は二人して覗き込む。

 紙にはご丁寧に素材の名前と数、そして買取価格までもが記入されていた。



『素材価格鑑定結果』


・ウリ暴の革(100g/200円)


・噛みつき草の果実(500g/250円)


・Wイーグルの爪(6本/300円)

・Wイーグルの羽(100g/500円)


・Gウリ暴の革(100g/1,000円)

・Gウリ暴の肉(6000g/60,000円)

・スキルオーブ『突破』(70,000円)


・Aバードの鱗300g/4,000円)

・Aバードの爪(6本/6,000円)

・Aバードの羽(800g/20,000円)

・スキルオーブ『竜の息吹』(150,000円)



 どうやらゴールデンウリ暴からもオーブが出ていたらしい。そう言えばレアと呼ばれるモンスターは確定でドロップするんだった。


「それにしても竜の息吹とは、また物々しいスキルだな。……15万円か」

「そちらは攻撃力抜群の人気スキルなんですよ。売却なされますか?」


 彼女は俺の言葉に重ねるようにしてそういった。

 俺は「どうする?」といった意味を込めて姫小松に視線を送る。


「他はともかく、オーブは売られへんよ。自分等で使うから」


 それを聞いた受付嬢は残念そうに肩をすくめると、再び愛層を取り戻して明細書を書き直す。

 きっとノルマでもあるのだろう。


「……その他の素材は売却頂けるという事ですよね。でしたら累計額は9万と2250円になります」


 三分の一にまで減ってしまったけれど、それでも一日の給料と考えれば十分な額だ。命のやり取りがあった事には目を瞑るとして。


「いやはや、大変素晴しゅうございます」


 次の瞬間。唐突に、喧噪の中から嫌に目立つ仰々しい声と、拍手の音が聞こえてきた。


 後ろを振り返れば、未だ梅雨の季節だというのに滝の様に汗を垂れ流す小太りの男が立っていた。彼は数人の黒服をうしろに侍らせて一歩前へ出ると、名刺を取り出して言う。

 

「どうも、わたくし如月キサラギプロダクションの津田誠と申す者で御座います。この度はお二方とプロ契約を結びたくやって参りました」

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