第7話
動く植物と聞いて、何を思い浮かべるだろうか?
ハエトリグサ?オジギソウ?ソクラテア?
そのどれもが間違っていない。大正解である。
しかし、俺達の前に立ち塞がるソレは葉の一部分が少しばかり動くだけのチンケナ植物とは一線も二線も画していた。
曰く、二枚貝の様な、捕虫器にも似た大きな葉を一つだけ持つ。
曰く、その捕虫器で動物を捕獲。消化、吸収する。
曰く、取り込んだエネルギーを使用して、真っ赤な果実を実らせる。
曰く、根っこを足の様に使い移動する。
そのモンスターは、血管の如く脈動する、葉脈の通った体をゆっくりと持ち上げた。体長は優に2メートルを超し、幹は50センチを上回る。
しかし、愚鈍ではない。
足元に連なった触手の様に蠢く根を器用に動かせば、地面を素早く這い擦る事が出来るのだ。
俺達を獲物と判断したのか。その植物型のモンスターは、歪に嚙み合った二対の捕虫器官からネットリとした消化液を分泌し、地面へと雫を垂らし始めた。
存在するだけで悪寒が走り、眺めれば憎悪し、近くで見たならば戦慄必至の異形を前に、しかし少女は毅然とした態度を崩さない。
何故ならば、そのモンスターは。
「魔石も小さい、素材も大した事ないのに出しゃばってからに。『ラピッドファイヤー』早う去ね」
炎系魔法の使える姫子松にとっては、雑魚モンスター同然だった。
「じゃあ早く倒して貰えますか!?炎を浴びたモンスターと直接殴りあうのはお前じゃないんだぞ!!」
俺は『挑発』を喰らって怒り狂った植物に蔓でタコ殴りにされながら叫んだ。
ソロじゃないなら俊敏は最低限で良いし、こんな事になるなら冒険の前に大きな盾を買っておいたらよかった!!
そんな事を考えていると、俺の視界が真っ暗闇に包まれた。
しかし慌てる事はない。
何故ならば『
「わざわざ弱点を晒してくれてありがとよ!!」
俺は逆手で剣を持ち、捕虫器内に突き立てる。
傷口から青臭い液体を吹き出して、噛みつき草はドサリと倒れた。
「今回は?」
「無かったよ」
何度目かになる会話を繰り返しつつ、俺は地面に置いたバックパックに小さな魔石を押し込んだ。
何が無かったのか。
それは、噛みつき草が落とす『グラスバインド』というスキルオーブの事だ。
効果は「接触した対象を蔦で拘束する」というもの。
奴等はレベルが8もあるらしいが、余裕で倒せるため本命のオーブを狙いながら同時にレべリング作業をこなせるというのもポイントが高い。
俺は大岩型のモンスターが転がっていた斜面を走り、姫小松の魔法により炎上する噛みつき草へ挑発を使用した。
確かに単調な作業だが、何十回も繰り返していれば互いの動きやスキルの挙動に関しても造詣が深くなって来る。
例えば挑発。
これは一見単純なヘイトスキルに思えるが、実は味方が相手に攻撃をしてから使う方が効果的であったりする。というのもモンスターの特性として、最後に攻撃した対象は通常よりもヘイトが高い状態になるからだ。……俺の予想だけど。
だが実際に、俺が挑発を使用してから姫小松が攻撃をすると、敵のヘイトが姫小松に向いてしまうという事がままあった。
これらの知識は、同じ相手へ同じことを繰り返さなければ分からなかった事だ。
そういった意味でも、この周回作業はパーティの糧となっていた。
理解が深まったのは挑発だけではなく、俊敏上昇も同じだ。
姫小松曰く、俊敏ステータスの高さと遠距離攻撃の命中率は相関関係にあるらしい。
遠距離攻撃と言えばスローナイフ。
そう。俊敏上昇スキルを使用してから投げれば、遠くのモンスターへも安定してナイフを当てることができるのだ。
とは言え肝心のスローナイフは少々腐敗気味なのだけれど。
そもそもこれを選んでくれたスキル屋のお姉さんは、俺がソロで活動すると思っていたのだ。パーティを組んでからスキルが腐りましたと言われても、知ったこっちゃ無いだろう。
9万円は損したが、これは勉強代だと思って受け入れるしかない。
スキルの枠は有限といえども、所有するスキルを消せない訳では無いのだ。
「こらっ!黙ってオーブを落としなさい!!」
帰ったらスキル屋に行こう。次はどんなスキルを買おうかな。なんて妄想しつつ、俺は大口を開けたモンスターから距離を取ってナイフを投げる。
それは捕虫器内へ吸い込まれてゆき、やがて一筋の液体を流れさせた。
「倒せてへんやん!!」
ナイフの攻撃力が低いという事を思い出した時には既に遅く、噛みつき草は姫小松の元へ蔦を動かしていた。
「あ、悪い。そっち行きそう」
彼女は叫ぶと同時に蔓で巻き取られ、噛みつき草の口内へと誘われてゆく。
しかし悲しいかな。俊敏上昇はスローナイフで解除され、遅くなった俺の足では彼のモンスターに追いつくことが出来ない。
「いい機会だ。一度は俺の気持ちも味わっておけよ」
「アンタの馬鹿防御力やから何とも無いねん!!ウチは死ぬ!!」
死ぬ死ぬと半泣きになりながら、姫小松は必死にラピッドファイヤーを連打する。
その甲斐があったのか、食われる前に噛みつき草の方が力尽きた。
「すまない、今のは俺の責任だ……えっと、なんだ、大丈夫か?」
俺は蔦から解放されて地面を転がる姫小松に近付き、頭を下げて謝った。
しかし彼女は俺の謝罪が聞こえていないのか、差し出した腕を黙って掴み立ち上がると。
「志遠今の見てた!?ウチどうなっとった!?」
そう言って瞳を爛爛と輝かせていた。
ずっと見ていたけれど、何か特別な事でもあっただろうか?
それとも何か、更なる謝罪を求めているのか。
「どうって、浮いてたな。縛られて」
「ちゃう」
姫小松は軽く憤っていた。
違う事は無いだろ。
「ほら。浮いて……移動しとったやん!!」
そこまで聞いて、俺にもなんとなく理解が出来た。
ラピッドファイヤーは極端に短いけれど詠唱を必要とする魔法であり、原則としてスキルの詠唱中は移動することが出来ないのだ。
正しくは、移動をすると詠唱がキャンセルされるらしいが。
だが先程は、噛みつき草に持ち上げられて移動しながらも、スキルの行使が出来ていた。これも、スキルの開拓という奴なのだろう。
「俺にはあまり凄さが分からないんだが、それは汎用性があるのか?」
汎用性、言い換えれば再現性。条件が厳しかったり、偶然が重なった結果ならば今後の冒険に活かすことはできない。
「まぁ今に見とけ、あっと言わせる使い方を見つけたるわ」
彼女は語気の強さとは裏腹に、地面の石を弱々しく蹴っ飛ばした。
俺はいじけてしまった姫小松を置いて、噛みつき草の死体を漁る。
「あ、こいつオーブ持ってた」
◇
ゴツゴツとした岩場が増えて来た山の斜面にて。
俺達はウインドイーグルと対峙していた。
それは翼を広げれば人の背丈にも迫る大鳥だ。今朝までなら泣いて怖がっていただろうが、これよりもよっぽど大きな鶏を倒した俺は、脚をプルプルと震わせる程度で済んでいる。
震えたまま挑発を使い、急降下してきた爪先を盾で受け止める。
ズシリとした鈍い重みと痛みに耐えながら、俺は剣を捨てた右手でウインドイーグルの脚を鷲掴んだ。
姫小松からの援護は無かった。噛みつき草との戦闘で禍根を残した訳ではない。
今回の戦闘では噛みつき草から手に入れた新スキルを試す為、後ろで待機をしてもらっているのだ。
『グラスバインド』
すると、脚をつかんだ右手から緑色の植物が伸びて、侵食する様にウインドイーグルを拘束し始めた。蔦の強度は見た目よりも高いらしい。もしくはイーグルの力が弱いのか。
羽で揉みくちゃにされながらも黙って耐えていると、やがて蔦は身動きがとれなくなる程に締め上げられた。
「どうや?使えそうか?」
「まだ検証が足りないけど、ウインドイーグルには効果的だな」
姫小松は薄ら笑いを浮かべながら近付いて来ると、横からウインドイーグルを氷の槍で貫いた。
羽が舞い、蔦が灰になって消える。そんな光景全てがスローモーションになり、手の中で体温を失っていく生き物を、俺は呆然と眺める事しかできなかった。
「納品依頼は爪やったな」
彼女はそう言って地面に落ちたイーグルから足を切り離し、毟った羽をゴミの様にビニール袋に入れて行く。
俺は変わり果てて行く生き物を直視できず、ただ、空を仰いでいた。
嫌気がさす程に澄み渡った赤い空は、まるで俺を嘲笑するかの如く。照りつける太陽と「おい、豚や」
突拍子のない罵倒と共に、俺は現実へ引き戻された。
「よくそんな酷い事が淡々と出来るよな」
「アンタもアングリーバードは解体しとったやん」
あれはクリーチャー寄りだったがウインドイーグルは殆ど原生生物と変わらない。
一緒にするのは止めてほしいものだ。
「ちゃうて、ウリ暴が出たんや。ゴールデンウリ暴」
彼女の指さす方に視線を送れば、確かに金色のモンスターが斜面の岩陰から見えていた。
「あいつ、二階層にも出るのか」
「一階層の奴よりも強いらしいけどなぁ。……それより、早く挑発せな他のパーティに取られるで?」
だが金ウリ暴か。昨日のパーティと今日の俺達。どちらが強いかを比べるには、持って来いの相手である。俺は意気揚々とスキルを使って、モンスターを呼び寄せた。
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