第4話
協会に着くと既に姫小松が居て、壁に備え付けられたソファーの上で胡坐をかいていた。格好は昨日と同じだが、横にはバックパックを置いている。
俺は初日ということもあり30分以上早くに家を出たのだけれど、彼女も気合が入っていたらしい。
受付嬢はそんな俺達を見て微笑みを浮かべている。何を見ているんだと、姫小松は不快そうに顔を歪めながら受付へと歩いて行く。
「今日は一日使うて二階層にまで行って来るから、適当に値段が高い奴を見繕うて」
それを聞いた受付嬢は明確な目的を持ってページをめくり始めた。電話帳よりも分厚い冊子を丸暗記しているのだろうか。
「これなんて如何ですか?」
渡されたのは三枚の依頼用紙。一枚目は
「魔石は?」
「依頼外で別途買取となります」
そして三枚目がゴールドウリ暴の肉を納品する依頼となっている。説明を読むと、最近ダンジョンの中で新たに現れる様になったレアモンスターとあった。
どうやらダンジョンで出るモンスターは日々変わっているらしい。中でも金ウリ暴は肉が美味いとのことで近辺の肉屋から常に依頼が出る様になったとか。
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべているところを見るに、受付嬢は姫小松がパーティを追い出された経緯を知っているのだろう。仕事の内か、それとも趣味か。どちらにせよ良い性格をしている。
依頼用紙のコピーを受け取り奥の扉へ移動すると、モノリスに触れてダンジョンへと入った。
視界が一瞬にして切り替わり、昨日と同じ風景が現れる。朝に入ったというのに、太陽の位置は真上にあった。
昨日は気が付かなかったけれど、上空には幾つものドローンが浮遊している。
一階層で行うべきは、まだ倒せていないウリ暴の魔石を回収すること。
俺達は奴等の群棲地だという場所に向かうべく、まっすぐ北へ向かった。
「そういえば、弓使いは大丈夫だったのか?」
丁度昨日に姫小松のパーティがゴールデンウリ暴と戦っていた場所に着いて、俺は思い出した事をそのまま聞いた。
「マナプロテクション使ってたから軽傷で済んだで。ポーションで治ったらしいわ」
やっぱりポーションもあるのか。だとすれば病院は商売あがったりだろう。
「ともかくよかった。俺のせいで後遺症でも残されたらたまらんからな」
「自己責任やと思うけど」
元が付くとはいえ、パーティメンバーに対しても一貫してその姿勢を貫くとは、なんと冷たい人間なのだろうか。
「言うておくけど、あのパーティに入ったのはあの日が最初で最後。つまり初日やってん。初対面の人間が軽傷を負っても、感慨なんかあらへんよ」
「あぁ、冷たいんじゃなくて感受性が低いのか。メンタルが弱かったり心臓が強かったり、よくわからん奴だな」
「あんたもウチ以上に精神低いのに言う事言うやん。遠慮とか無いの?」
「食事代を全額押し付けておいて、何を今更」
そんな会話をしていると、岩陰から1匹のウリ暴が飛び出した。
今から突進しますよと言わんばかりに、元気良く足で土を蹴り上げている。
「今日もごちになります」
「今日は帰れよ」
『挑発』
俺はその場でスキルを使う。その瞬間にウリ暴も走り出した。その速度は昨日の個体よりも早く見える。
例の如くスネを目掛けて走ってくる極悪なモンスターを倒すために、俺は盾ではなく剣を構え。
「やっぱ無理!!」
刃に当たる寸前で腕を傾けて、剣の側面で攻撃を受け止めた。躊躇なく突っ込んで来たウリ暴は思い切り良く頭をぶつけ、目を回している。
「なんや、倒せるやん」
「倒せないとは言ってないだろ」
姫小松は意外そうな顔をしつつも、グッドサインの親指を下に向ける。
「いや、殺すのはお前の役目だろ」
「昨日言ったんはそういう意味やなかってんけど」
笑いながら、彼女は火の球をウリ暴の頭に当てる。
しかしモンスターの体が消えてアイテムだけになるといったことはなかった。
受付嬢の言葉でなんとなく察してはいたけれど、やはりダンジョンではモンスターの解体が必要らしい。
「その調子で解体も頼んだぞ」
「契約にあらへんよ」
「命を奪った者には相応の責任がついて回るんだ。その覚悟も無いのに、攻撃なんかするんじゃありません」
「ええから、勉強やと思うてやらんか」
姫小松はそういって困った様に肩をすくめ、腰からナイフを取り出して俺に渡した。
「ほなひっくり返して、腹を開いてみ」
腹を開く。つまり、切れという事だな。
……俺がやるのか?俺がやらなければならないのか?
いいや、俺はアウトローな冒険者。ソロになった後でも活動するためには、こういった勉強も必要なんだ。
それにこのウリ暴は既に死んでいる。
俺が殺す訳でも、俺が殺した訳でもない。こいつの死は俺のせいじゃない。
そう、これは家で料理をする様なものだ。
普段は小さくカットされた肉しか見ていないけれど、その裏では常にこれと似た様な事が起こっている。
「肉は食らうが生き物は殺したくない」なんて筋が通らないだろ。
現実から目を逸らすな。俺がやらなければ、こいつの肉体は俺の背中でハンバーグと連呼するサイコパスに弄ばれるのだ。
息を吸い込み覚悟を決めて。いざ、俺はウリ暴の腹にナイフを突き立てる。
思いの外簡単に皮が裂かれて周囲の毛が赤く染まった。痛みを想像してしまい、全身にぞわりとした寒気が走る。
俺は随時飛んでくる姫小松の指示に従って15センチくらいの傷を作り、ドロッとした赤黒い液体の滴る生ぬるい隙間へと指を突っ込んだ。
胸に向かって指を沈めて行き、やがて手首までが肉に浸かった頃、心臓の辺りで蜘蛛の巣の如く繊維が絡み付いて構成された器官を見つけた。
「あった、あったぞ!!どうしたらいい!?」
「掴みや」
俺は無遠慮に鷲掴んだ。
「ほな引き千切り」
「クソが!!」
咀嚼にも似た粘着質で不快な音に臆しつつも力任せに引っ張り外に出せば、血管がずり落ちて歪な石ころが姿を現した。サイズはビー玉くらいだ。
俗に、魔石と呼ばれるエネルギーの塊。
ドス暗い紫色をしたソレは宝石にも似た質感をしており、掌で角度を変えてみると不吉な見た目からは想像も出来ない程に美しく輝き太陽の光りを反射する。
「そこそこ大きいやん。五百円くらいするんと違う?」
ウリ暴と接敵してから5分程度、時給に換算すれば六千円以上だ。
だが、俺はその値段に見合わぬ程、心に深い傷を負った。
もう、喉がカラッカラだ。
「ほな、後はいらんな」
肉は重い上に劣化が早いので、これから半日以上もダンジョンに篭るならば余計な荷物になるのだという。
俺達がその場を離れると、どこからか現れたスライムがウリ暴の亡骸に群がっていた。ダンジョンは彼ら分解者のおかげで、清潔に保たれているらしい。
◇
その後も俺達は現れるモンスターを倒しながら進んでいた。未だウリ暴は殺していないが、俺の手と汗拭きタオルにはウリ暴の血が染み込んでいる。
そうして二人で取り留めのない会話をしつつ歩いていると、姫小松が唐突に小高い丘を指さした。
「見えたで。あれが二階層に続くモノリスがある場所や」
「地図もないのによく覚えているな」
「一階層は道を覚えるくらいしかやる事があらへんからね」
丘の裏に回ると、そこには大きな洞穴があった。中央には3メートル以上もの長さを誇る黒い水晶の原石が宙に浮いたまま鎮座している。
「下に降りたら出現するモンスターもガラッと変わるで」
洞窟の暗闇の中。見えているのか分からないけれど、俺は頷いて返す。
「……そない肩に力いれなや」
実際はここまでの道中で疲れていただけなのだが、彼女は俺の反応を緊張と取ったらしい。
「弛んでいるよりかはマシだろ」
次は殺した時の罪悪感が少ないモンスターが出てきますように。
俺はそう祈りながら先んじてモノリスに触れる。
すると、明るかった周囲の光景が黄昏へと姿を変えた。黄金の西日に手をかざし、俺達は二人揃って目を細める。
もはや何が起こっても驚かないけれど、原理だけは教えてほしい。
温度も幾ばくか下がっているので活動し易くなったが、足元は依然として悪いまま。
露出した岩石と傾斜には先程よりも苦戦を強いられそうだ。
闇夜に紛れて奇襲される程暗くはないが、姫小松は警戒を怠ることなく歩き続ける。
「そんなにガツガツ進んでも大丈夫か?」
「いうても二階層。厄介な敵もおらんし、流石にアンタのレベルも上がっとるやろ」
「そう、そうだよ!レベルだ!」
ファンタジーといえばレベル、レベルと言えばファンタジー。
その呼応が成立するくらい、二つは切っても切れない関係にある。
「ウリ暴を殺すだとか腹を開くだとか、そういうグロテスクな奴じゃない。俺は健全なファンタジーを求めていたんだよ!」
「……命のやり取りも健全やろ」
ボソッと呟かれた言葉は聞き捨てる。
しかし俺は今のところ、レベルが上がった事による恩恵を感じられていなかった。
「レベルが上がるとどうなるんだ?」
「ステータスが上がるだけや。協会曰く、前レベルの数値が1.05倍になるんやて」
「へー、しょぼいな」
「それがそうでもないねん。レベル上限の50になった時、アンタの生命の数値は115になる」
高い……のか?11倍と考えれば大きいのだろうけど、日常的に生命の数値を実感する機会が無くて分からない。
「それってどれくらい凄いんだ?」
「ウチも詳しくないから分からへんけど、トラックで轢かれても平気とか、そんなんと違う?」
あまりにもざっくばらんとしているが、単純に死亡のリスクを減らせるのだと考えれば中々どうして悪くはないように思える。
……俊敏が高ければトラックで轢かれる前に避けられるような気もするけど。
「というか、上がったステータスはダンジョンから出ても維持されるのか?」
「スキルもステータスも維持されるけど、ステータスの数値が倍になったところで性能が倍になる訳やないで」
俊敏上昇でも感じていたが、やはり数値上のステータスと反映されるステータスには乖離があるな。
……というか。
「スキルも使えるのか!?」
創作物によってはダンジョン内でしか反映されないケースもあるが、そうではないということか?
「冒険者が武器の携行を許されとるんは、モンスターがダンジョンから溢れ出た時に対処する為と、もう一つ。武器なんかよりもよっぽど危険なスキルを、全人類が使えるようになったからや」
……ファンタジーだからとかじゃなくて、相対的に武器の危険度が落ちたから許されていただけなんだ。
「ステータスもスキルもダンジョン内限定やったら、冒険者は地上へ戻った瞬間に武器を没収されてまうで」
「雰囲気も糞もないな。あまりにも嫌すぎる」
話がひと段落付いた時、姫小松は俺を静止させる様に腕を伸ばした。
どうやらこの先にモンスターが居るらしい。
確かにこういった時のソナースキルは便利だ。パーティに一人は欲しい。
「ウチが先制するから、アンタは直ぐに挑発スキル使うてな」
彼女は静かにそう言ってから、スキルを詠唱する。
『アイスアロー』
パキパキと音を鳴らしながら、俺達の頭上には一メートル程もある氷の槍が生成された。形こそシンプルだが、それ故に冷気を放つ姿が異様に思える。
姫小松が腕を振るった瞬間、アイスアローは岩影へと目掛けてぶっ飛んだ。
その瞬間、耳を劈く程に大音量の大絶叫が辺り一面を揺るがした。
「おいおい、まじかよ。姫小松さん、分かって撃ちましたか?」
「ソナーは敵の位置が分かるだけで、それがどんなモンスターかまでは分からへん。まぁでも二階層やし、行けるんと違う?」
赤を基調とした極彩色の羽をまき散らしながら叫ぶモンシターの正体は、およそ3メートル以上もの体躯を誇る、超巨大な鶏だった。
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