第3話
その三人は計算された陣形で敵と戦っていた。
細身の女は弓でモンスターの気を引き、大柄な戦士風の男が追いかける事で敵に隙を与えない。小柄な魔職の女は全体を俯瞰して、虎視眈々と攻撃の機会を伺っている。
モンスターが逃げないように、弓職の女がヘイト系のスキルを使用しているのだろう。
近距離では男に攻撃されるが、ヘイトは弓に向いたまま。
女には追いつけず、さりとて男には攻撃が出来ず。
誰もモンスターを抱えないが、誰もがモンスターを攻撃出来る状況。
ヘイト管理さえ失敗しなければ、相手が格上でも安全に討伐出来うる陣形だ。
とは言え、そんな理想は机上の空論である。
俺はパーティに近付くにつれて、彼らが苦戦している事に気が付いた。
「そろそろアタシの体力も限界なんですけど!!」
合計三人。一見バランスの良いパーティに見えるが、問題は金ウリ暴の移動速度と底の無い体力だった。
弓の女が文句を垂れながらも矢を放つが、金のウリ暴は一般的な個体よりも素早い身のこなしで攻撃を避ける。
「ちょっと、早く攻撃してよね!?」
「今やってるだろうが!!全部避けられんだよッ!!」
彼女は戦場を駆け回り、ウリ暴を翻弄している。
だがそのせいで、戦士の男がモンスターに追いつけないでいた。
魔職の女としては、二人が動き回り追いかける中で、小さなウリ暴だけに攻撃を当てる事が難しいのだろう。先程から、光る杖を持って止まっている。
……戦士の男がヘイトスキルを使えばいいのに。
けれど口にしてから気が付いた。
ダンジョンに居るモンスターはウリ暴だけではないのだ。
仮に攻撃力が高い敵と対峙した時、挑発を使えば前衛の男は相手の攻撃に対処しなければならない。
しかし、攻撃を避けるなり受け止めるなりしている間、前衛のアタッカーは攻撃に転じる事が出来ないのだ。
何よりも、攻撃を受ければ痛い。
俺は未だ痛みの残る脛をさすって考える。
傷は魔法で治せたとしよう。
でも、誰だって自分の何十倍もの大きさをしたモンスターに襲われるのは嫌だ。
痛いのはもっと嫌だ。
タンクはそれらを真正面から受け止めなければならない。
誰も食らいたくない攻撃を、肩代わりしなければならない。
盾職の死傷率が高いのも、そのせいだろう。
だからタンクは人気がない。だから人口も少ない。
だから弓職がモンスターのヘイトを買わなければならない。最も足が早く、逃げながらでも攻撃が出来る、弓職が。
『ゲームと現実の世界を混同なされておりませんか?』
脳裏に受付嬢の言葉が蘇った。
俺は叱られたと思っていたけれど、そうではなかったのだ。
実際に存在するダンジョンへ赴こうという冒険者が、半端な知識を持って慢心していれば、そりゃあ心配もするだろう。
「マジで、限界、なんですけど!!」
弓の女は息も絶え絶えにそう叫んだ。彼らの中に状況を変えられる人間は居ないらしい。恐らく所持するスキルも攻撃手段ばかりなのだろう。
だがそれは悪い事ではない。仲間の損傷を減らしつつ、効率良く狩りをするには最適だ。
但し今回に関しては相性が悪かった。というか、早期決着を目指す攻撃力特化のパーティが泥沼戦に縺れこんでいる時点で苦戦は必至である。
しかし俺に出来ることと言えば傍からヤジを飛ばすことか、自身がパーティを組む時の参考にする程度。
可哀そうだが、冒険者の活動は全て自己責任だ。横入りはマナー違反である。
暫く眺めていると、弓の女が唐突に足を絡ませて地面を転がった。弓は手から離れ、矢筒も空っぽになってしまっている。
頬は上気し、体力も限界だった筈だ。
彼女は最後の抵抗にチープなナイフを手に握ると、それをウリ暴へと投げつける。
サク、と。軽い音ではあるが、ナイフの切っ先は確かにモンスターの額へ命中した。
けれどヘイトが外れたからと言って、モンスターの動きまでもが止まる訳ではない。金ウリ暴はその速度を維持したまま、物理現象に従って細身の女へと突撃した。
速度は目算で30キロは出ていただろう。金ウリ暴の重さが5キロだったとしても、その威力は計り知れない。
彼女の背後にあった岩が割れ、土煙が上がる。
静まり返った空間で、俺は一人驚愕に目を見開いていた。
死んだ……のだろうか。
いや、生きていたとしても重傷は免れないだろう。
音を立てて崩れ行く瓦礫の中、そのモンスターは黄金色の体毛で太陽光を反射しつつ、土埃を纏い現れた。
ウリ暴はどうせ何もできない男を捨て置き、手に持った杖を赤く輝かせる少女の元へと真っすぐ駆け出して行く。
魔法使いが用意していた魔法は火球の連射だ。
放たれた魔法は着弾地点に小規模な爆発を伴うが、しかし。ウリ暴には当たらない。
絶体絶命の状態だが俺の挑発スキルを使えば、あるいは。
しかし繰り返しになるが、他の冒険者が戦っている時に手を出すのはマナー違反である。
……マナーを気にしている暇があるのか!?
「協会に怒られても知らんからな!!??」
気が付けば俺は挑発スキルを使用していた。
ヘイトが魔職の少女から逸れて、俺はウリ暴と視線を交わす。
刹那の間。戦士が短い隙を縫い、動きを止めたモンスターへと肉薄した。
「あばよ」
男はそう言って、金のウリ暴を地面諸共叩き切る。
血潮が舞い、叫びと共にウリ暴から力が抜けた。
「おい、おっさん」
行く末を見届けて帰ろうとした俺の背に、尊大な声がかけられた。後ろを振り返ると、そこに居たのは剣士の男。背丈こそ俺と変わりないが、その筋肉量には見張るものがある。
「ここは俺達の狩場だぜ。とっとと失せな」
た、助けてやったのに!!今帰ろうとしたのに!!
「すみません、迷い込んでしまいました」
というか、ここへ来る暇があるなら弓の女を助けてやれよ。
俺はそんな事を考えながら適当に謝罪をして、ダンジョンを脱出したのであった。
◇
「お疲れさまでした」
そう言って笑う受付嬢に、俺は本日の収穫品を渡す。
「スライムの魔石が五つですね。依頼達成料金は三百円となります」
安い。ガキの小遣いか。
いや、あの程度なら小学生でも倒せるだろうし、実際にお小遣いなのかもしれない。
「ウリ暴の魔石納品依頼は明日の15時までとなります。お気を付けください」
「あぁいや、それは無理そうなので……解約?破棄?します」
そうして契約用紙を返そうと手を伸ばした時、横から何者かに腕を掴まれた。
「持っといたらええやん。まだ時間あるんやろ?」
俺の腕にはローブを深く被った関西弁の少女がくっ付いていた。
彼女が金ウリ暴と戦っていたパーティの魔法使いだと気が付くまでには、少しだけ時間を要した。
しかし周囲を見渡してみても、保護者の二人は見当たらない。
子供から目を離すとは自覚の足りない奴等だ。
……しかし、依頼書の話となれば別である。
「時間の問題じゃない」
レベルが足りないとか、スキルが足りないとか、そう言った理由で依頼を破棄するのではないのだから。
「じゃあなんやねん」
「……生き物を殺すのに抵抗がある」
「ピュアか!!」
本当は生き物の前に「可愛い」という単語が入るのだけれど。この様子を見るに、言わなくて正解だった。
「俺に言わせれば、あれを殺せるのは人の心がない奴だけだ」
「ウチやったら倒せんで?」
目を回し、瞳を潤ませた小型犬サイズの生き物を殺すと。成程さてはこいつサイコパスだな?冗談じゃない。
「何でも良いが、人様に迷惑をかけるのは程ほどにな」
「ちゃうって、ウチが代わりに倒したるって言うてんねん」
「……代わりに?」
「端的に言うたらパーティを組もう、っちゅう事やな」
ほう、魔法使いとパーティね。
俺は攻撃力が低いので、ダメージを出せる人間と行動を共にするのは理にかなっていると言えるだろう。悪くない話である。
「だが駄目だ」
「なんっでやねん!!」
これが本場の突っ込みか。しかし俺はボケで言っている訳ではない。
「第一に、知らん奴等と一緒にダンジョンへ入りたくない」
彼女がどういった意図でパーティに勧誘して来たかは分からないけれど、俺は初対面の若者三人と混ざって冒険が出来るようなメンタルはしていない。
「奴、等?……あぁ、パーティなら追い出されたで?ヘイトも稼げへん、攻撃も当てれん魔法使いなんかいらん。って」
「なぁ、ウチ捨てられて困っとんねん。どうせ余り者同士やねんし、パーティ組もやぁ」
そう言って気だるげにじゃれてくる少女に腕を引かれる。その瞬間、俺の体は斜めによろめいた。
……あれ?こいつ、俺より物理攻撃力のステータス高くね?
「因みに、パーティを組んでいる状態でも別のパーティを組めますよ」
殆ど縋り付く様な姿勢の少女を見て笑いながら、受付嬢は嬉々として会話に参戦してきた。
とは言え俺がパーティを組まないと言っている理由は、単に若者のノリに付き合わされるのが嫌だからだという我儘だけではない。
「第二に、お前は幼すぎる。どうやって親御さんを説得したかは知らんが、他人の命にまで責任を持てない」
しかし少女と受付嬢の二人は俺の言葉にキョトンと首をかしげる。
「ウチ18歳やで?」
「冒険者は18歳以上からしかなれませんよ?」
完全に中学生だと思っていたのだけれど、虚偽申告なのだろうか?
だが、一大組織である協会が身分詐称を許す筈もないだろう。
「まだパーティ組む気にならへんの?」
「組まない」
半ば意固地を張ってそういうと、彼女はローブの下から見える形の良い口元を愉快気に歪ませた。
「じゃあ協会に横入の件話してええ?」
「横入の件?」
受付嬢も再び参戦に、形勢は二対一に。しかも弱みまで握られていると来た。
「今日からよろしく頼むぞ!早速だが自己紹介も兼ねて食事に行こう!こんな場所から早く出よう!」
「横入の件ってなんですか?」
目を見開き顔を覗き込んでくる受付嬢から視線をそらしつつ、俺は必死の形相で少女を睨む。頼むから言わんでくれと。
彼女は少し考えて、口を開いた。
「横入?鎧着の聞き間違いとちゃいます?」
「そうですか」
受付嬢は先程まで見せていた疑いの目をすんなりと元に戻し、素直に引き下がるった。
「まあ、事情は既に聴いていたんですけどね」
そう言って彼女は悪戯な笑みを浮かべた。
どうやら俺は嵌められたらしい。
「騙したみたいでごめんなさいね。協会は冒険者の死傷率を下げるのが仕事なものすから、単独でダンジョンに向かう事には反対だったんです」
「じゃあ、魔法少女がパーティを追い出されたっていうのも?」
「せやったらアンタも心底から協会を恨めたんやろうなぁ」
追い出されたのは本当だったのかよ。
……そういえば、どうして俺は彼女とパーティを組む事を拒んでいたのだろうか。
◇
「……あぁ、それとオレンジジュースね」
ここは近場の駅にあるファミリーレストラン。
嬉々としてハンバーグセットを頼む少女を横目に、俺は二階の窓から外を見る。
街はすっかり夕に暮れ、空も茜色に染まっていた。
ダンジョン内の時間は固定なんだなぁ。なんて考えつつ、先んじて運ばれて来たコーヒーに手を伸ばす。
「香箱 志遠」
唐突に名前を呼ばれ、俺の心臓はドキリと跳ねる。
ローブを脱いだ少女の容姿は、粗暴な言動とは裏腹に現実離れしていて神秘的だった。艶やかな黒い髪は太陽の光を帯びて繊細に輝き、風がないにも関わらずほんのりと波打ち揺れている。
顔立ちは細かく磨かれた石のように滑らかで、まるで人形の様だ。細く長い睫毛は優雅に下を向き、大きな瞳は一目見ただけで心を引き寄せられる程の魅力を持っている。
「受付の姉ちゃんはそう言うとったけど、実際はどんな字を書くんや?」
「あぁ、香箱座りに志が遠くて、香箱 志遠だ」
話の流れで俺も少女に聞き返す。
「ウチは
区切る場所はそこで良いのだろうか。
「お待たせいたしました。お子様ランチです」
「来た来た」
「お前、いや姫小松さんよ。頼んでいたのはハンバーグセットじゃなかったか?」
俺の質問に彼女はあっと声を漏らした。
ハンバーグが乗っていれば何でもいいのかよ。
「その程度の認識力で、よくもまあ俺の横入りに気が付いたな」
「そりゃあアンタ、ソナーっていう探知スキルに引っ掛かっとったからね」
引っ掛かっていたか。そうとも知らずに俺は隠密行動をしていたのか。
「冒険者について詳しくないんだが、最近の魔法使いはそんな事までするのか?」
「ウチが特別やねんけど……見た方が速いわな」
そうして彼女は、鼻紙の如く丸められたステータス用紙を机に置いた。渡されてしまった後で返すとは言えず、俺はしぶしぶ目を通す。
【姫子松 毬 『Lv.0』】
『生命力』5
『物理攻撃』4
『魔法攻撃』10
『物理防御』2
『魔法防御』3
『俊敏』9
『精神』2
【スキル】
『アイスアロー』 『ラピッドファイヤー』 『マナプロテクション』 『ソナー』
「それはレベルが0の時やから今はもうちょっと高いで?」
……何の変哲もない優秀な魔法使いのステータスだ。
物攻と精神が俺よりも一つずつ高い所は気に食わないけれど。
「突然取られたソナースキル意外、おかしな点は無いな」
「あるやろ。俊敏が高いやん」
「いらないのか?」
「魔法使いはスキルの詠唱時に止まるさかい、俊敏にステータスを割くくらいやったら生命なり精神なりが高い方がええんよ」
魔法使いが立ち止まった瞬間、所有する俊敏は無駄になる。必然的に他の人間よりも低いステータスで戦う事になるという事か。流石につらいな。
「それで次にラピッドファイヤーを取得したのか」
高い魔法攻撃力と俊敏性の両方を活かすなら、詠唱が無いか、短い魔法を使用することになる。つまりはラピッドと名の付くこのスキルだ。
「せやけど問題が二つあった」
「爆発が伴う事と……役職被りか」
適当な当てずっぽうだったのだが、彼女はそれが正解である様に頭を縦に振った。
「爆発は同士討ちが怖く、無詠唱で押すなら弓と被るな」
「スキルのCT中は攻撃できへん魔法使いと、魔法も通常攻撃もできる弓。どっちが強いかなんて一目瞭然やろ」
それは持ち前のステータスと、選択するスキルによるとしか言えないだろう。
「弓の下位互換が嫌で、次はバフ系統のスキルを取得したのか」
どうにも姫小松はこのあたりから迷走を始めた様に見える。
「前々回のパーティから追い出されて、もう補助装置として生きて行くしか無いと思うてん」
別のパーティに入れて貰う為に出来ることを増やそうとして、ソナーを取得したと。俺も人の事を言えないけど、こいつも中々にメンタルが弱いな。
「魔法を弓で撃つ、みたいなスキルはないのか?詠唱をせずに魔法を弓で撃てたら強いと思うんだが」
「詠唱の無いスキルをかき集めた魔法使いと一緒やん」
おかしいな。魔弓使いはゲームでも割とポピュラーな職業だったんだけど。
良い所取りと言えば聞こえは良いが。まあ、実際に存在すれば器用貧になるのがオチか。
「じゃあ次はあんたの番やで」
姫小松は手を打ち鳴らして雰囲気を戻し、俺にもステータス用紙を出す様に促した。
人に誇れるようなステータスはしていないのだけれど、これからパーティを組んでダンジョンに行くとなれば見せざるを得ない。
「おもんな」
姫小松は俺のステータスを見るや否や、開口一番にそう零した。
「全員の立ち回りでどうにかする事項を、メンバー増やしてまでやるん?」
いきなり戦力外通告を受けた。俺にはそれしか出来ないのに!!
「……って、今朝までやったら言うとったけど。立ち回りでどうにもならん敵と戦ってからじゃ、そんなことも言うてられへんな」
真剣な顔をしたのもつかの間。
「明日は何時何処で集合する?」
姫小松は、またすぐに人を小ばかにした様な顔を作って聞いた。
「明日は月曜日だぞ」
「なんや、月曜日からもう休日気分か?」
……あれだけ嫌だと思っていた会社も13年間も通い続けたら、「行かなくてはならないもの」として体に染み付いているらしい。
だが、そうか。会社にはもう行かなくていいんだ。
「姫小松、大学は?」
「本気で冒険者になるっていうのに、大学へ進学する奴がおるか?」
「じゃあ明日は朝の9時。協会で集合しよう」
「ほな、これからよろしゅうな」
そう言って彼女はそそくさと店を出た。
「あいつがパーティを追い出されたの、絶対に性能だけが理由じゃないな」
俺はファミリーレストランで一人、取り残された伝票を握り潰した。
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