第2話
最近の冒険者の派手な格好は、タクティカルファッションと呼ぶらしい。
毒島曰く、モンスターから剥ぎ取った素材を使用しているお陰で防刃や防振に優れているのだとか。
有名なファッションデザイナーと大企業が共同で制作したブランドも存在し、強い上に町中に溶け込むとネットの評判も高い。そんな訳もあり、最近の冒険者はもっぱらタクティカル何某を着ているのだという。
それに比べて俺の装備はというと、時代錯誤で前時代的。中世に居た盗賊の様な格好だ。
全体的な装備は毒島がスタデットレザーアマーと呼んでいた革の鎧。左肩から上腕にかけてはプレートの防具を装備している。
前腕には取り付けるタイプの小さな丸盾を持ち、右手は動かしやすいように軽装。武器はシンプルな片手剣だ。
ナウでヤングでトレンディな派手派手ファッションの若者からは、さぞや注目を集めているだろう。恐ろしさのあまり、俺は未だに周囲を見れていない。
こんな事ならその場で試着などはせず、一度家に持ち帰れば良かった。
そんな後悔を引き擦りつつ、俺はハゲの店への行きしなに見た主張の激しい看板の店を見上げる。
インターネットで調べて分かった事なのだが、どうやらこの店は「スキル専門店」らしい。剣と炎が交差していたので、てっきり武器屋だと思っていた。
窓越しに見える店の中はジュエリーショップの様で、ショーケースやディスプレイには幾つもの水晶が綺麗に並べられている。
客層は若者が多く、俺みたいなおじさんはどうやっても浮いてしまうだろう。年齢ではなく装備の見た目的な意味で。
意を決し店内に足を踏み入れると、奥の方からにこやかな女性の店員が現れた。
訳もなく涙が出そうだ。
「いらっしゃいま……」
しかし彼女が微笑みを浮かべていたのはその時まで。
俺が鎧に身を包んだおじさんだと知るや否や硬直し、ぎこちない表情をした。
失せろ変出者が。と言わなかっただけマシだろう。俺が逆の立場なら言っていた。
「本日はどの様なスキルをお求めでしょうか?」
「盾、職?の物を」
「はい、タンク系ですね」
タンク。今は盾の事をそう呼ぶのか。
わざわざ言い換えなくても良いのにご苦労な事だ。
「現在当店で取り扱っているタンクスキルはこちらの3つになります」
そう言って歩き始めた女性は、店の端にまで追いやられたショーケースに手を向けた。水晶の下に張られたラベルには、それぞれ『挑発』 『アトラクト』 『ライフプロテクト』と書かれている。
値段は平均して5万円程度。
効果は分からんが……とりあえず、全買いか?
「お客様はパーティを組まれていますよね」
スマホで通帳の貯金残高を確認していると、店員がさも当然ですよね?といった風に聞いて来た。
そういえば、俺はパーティを組む意志があるけれど、俺とパーティを組んでくれる人間は居るのだろうか?
とはいえ現状の答えとしてはNOである。
「いえ、冒険者登録も今日しましたから」
少しだけ考えてから答えると、店内が失笑に包まれた。店員の女性も苦笑いだ。
俺も流れで笑っておく。
「初めてのダンジョンへ、お一人で向かわれるのでしたら、タンク系よりもアタックスキルをお持ちになった方が良いですよ」
俺とした事がうっかりしていた。
考えてみれば、目の前にあるスキルはどれも攻撃手段ではない。
だが俺は一度で学ぶ男、自分の知識が古代遺物級だという事は既に理解している。二度も恥を掻かない為に、店員の意見を仰ぐことを決めた。
「ごめんなさい。ちょっと、スキルについて最初から教えてもらえませんかね」
「えぇっと、最初からと言っても……スキルオーブがモンスターの体内に埋まっている事はご存じですか?」
「スキル、おーぶ?」
「あ、はい。分かりました最初からですね」
クソッ!!おじさんは横文字に弱いんだよ!!
俺の内心など露と知らず、彼女は困った人間でも見る様な顔で話を始める。
「まずはスキルについてご説明します。一概にスキルと申しましても内容はまちまちで、炎を飛ばす様なものから、シンプルに力が強くなるものまでございます」
「この店に置いてある水晶は全てスキルオーブと言い、そういったスキルを封じ込めた物です。オーブはモンスターの体内に一定確率で作られますが、取り出して対象の胸に押し当てる事で封じ込められたスキルを覚える事が出来るのです」
「えっと、スキルを覚えられないと言うケースはありますか?」
「そういったケースは聞いた事がありませんね」
あぁ、スキル毎に設定された適性が無いから職業が存在しないのか。
受付嬢の言っていたゲームと現実の混同という意味が、今になってようやく理解できた。
「じゃあ回復職が唐突に抜刀術を披露したり、剣闘士がビームを放ったりも」
「あり得ます。但し一人の人間が覚えられるスキルには上限がありますので、ステータスに即したスキルを取り切った中級者以降の方が、そういった事をするのは稀ですね」
どうやら現実世界では本当にスキルの垣根が無いらしい。
全ての人間が全てのスキルを使えるというシステムは一見平等に見えるけれど、その分膨大な組み合わせが存在するという事の裏返しでもある。
相性の良いスキルなんかは幾らでもあるのだろう。
だが、俺はそう言った思考の一切を放棄することにした。
「ステータスがこれなんですけど、おすすめのスキルを予算20万くらいで選んでもらえますか?」
餅は餅屋。ならばスキルはスキル屋に任せるのが一番だ。
◇
その後、俺はトンボ帰りをして冒険者協会への出戻りを果たした。
何とも忙しい一日だけれど、これからがお楽しみ。実際にダンジョンでモンスターと戦ってみる時間である。
「すみません、ダンジョンに入りたいのですが」
俺は鎧をガシャンガシャンと鳴らしながら、先程と同じ受付嬢に話しかけた。
「変出……香箱様でしたか。鎧、お似合いですよ」
彼女は机の書類と睨めっこをしており、顔を上げるや否や、そう言った。
変出者という単語が口を突いた後に褒められても嬉しくはなかった。
「その後、スキルは購入されましたか?」
「はい」
「それではダンジョンについてご説明いたしますね。秋芳は階層状のFランクダンジョンです。階数は3層に渡り、下へ降りていくにつれてモンスターも強くなります。最下層にはボスも居るので、Fランクの間はそれを目標に活動しても良いかもしれませんね」
「それではこの内から依頼を選んで頂けますか?」
受付嬢はそう言いながら、電話帳よりも更に分厚いフォルダーをペラペラとめくる。
「そういえば、クエストボードの様な物は無いんですね」
「……えぇ。一部の実力を過信した冒険者様が亡くなって以降、撤去されました。現在は協会に務める職員が冒険者様のランクやステータス、パーティーの編成等を鑑みて依頼を提案するシステムに変わっております」
妥当な判断だ。
協会も苦労をしているらしい。
「おすすめの依頼はスライムと、ウリ暴の魔石納品ですよ。追加の依頼も承りますが、依頼毎に設定された期限を超過してしまうと違約金が発生しますのでご注意下さい」
抜き出された二枚の紙には、それぞれモンスターの容姿が写真で載っていた。
「初日ですし、その二つにしておきます」
俺がそういうと、彼女は依頼用紙を印刷して渡してくれた。
細かいけど嬉しいシステムだ。
「今回、素材の納品依頼はありませんが、モンスターの肉や革等はいつでも買取いたしますよ」
「素材の剥ぎ取りなんかもあるんですね」
その場でアイテムに変わらないんだなぁ。という俺の適当な呟きに、受付嬢は苦笑いを浮かべて「ゲームじゃないですからね」と言った。
きっと彼女は俺の事をコアゲーマーだとでも思っているのだろう。
「奥にある大きな扉の先には『モノリス』があり、触れるとダンジョン内部へ転送されます。モノリスは内部にも複数個あり、黒いモノリスは下階層へ。逆に白いモノリスは上階層へと続いています」
「その他、困った事があれば近くのドローンに御手を振って下さいませ。近付いて来ますので、その際に旨を伝えたら協会の者が対応いたします」
言われた通りに大きな扉を潜ると、細長い通路へ出た。
通路の最奥には5mを優に超える黒い棒が佇んでいる。形状は水晶の原石に似ていて、直径はおよそ30cm程度。
これに触れると転送されるらしいが、本当なのだろうか?
俺は訝しみつつ人差し指で突いてみる。
……それは本当に刹那の間だった。瞬きをする様に視界が切り替わり、気が付けば俺は丘陵の連なる平原に立っていた。
しかし単なる平原ではない。ゴツゴツとした白い岩がそこら中の地面から突き出ているのだ。
「す、すげぇ」
中は地平の彼方まで続いており、しかもどう言った訳か空まである。もはや別の場所に移動させられたと考えたほうが受け入れやすかった。
具体的には、秋吉台に来たみたいである。
だが、そうではなかった。現実には存在しない生物が居たのだ。
丸いジェル状の青い軟体生物。
大概の創作物で雑魚扱いをされるモンスターであり、今回俺が受けた依頼にも載っている。スライム。
ぷよぷよと弾みながら移動していて、実に可愛らしい。
俺は近場に落ちていた木の棒でスライムを突いてみた。弾力があり、棒先を押し返して来る。どうやら、直ぐに取り込まれて消化されるといった訳ではないらしい。
……片手剣をゴルフクラブの要領で振りかぶる。
中央にほど近い場所から切り裂かれたスライムは一瞬にしてはじけ飛び、その場に魔石を落として消えた。
なるほど、雑魚である。
近場には他のスライムも幾つか生息しているみたいなので、俺は先程購入したスキルを試す意味も込めて依頼達成に必要な魔石を集める事にした。
スキル屋で貰った紙を広げると、そこには三つあるスキルの説明が乗っていた。
手始めに、一番上のスキル名を心の中で唱えてみる。
『スローナイフ』
すると、左手の上にアラビアンな小さいナイフが生成された。
重量も軽く刀身も短いので、どちらかと言えばおもちゃと言った方が近い。
「あ、消えた」
スローなのに。まだ投げてないのに。
俺は何かまずい事をしたのではないかと、慌てて説明紙を睨みつける。
『スローナイフ』
持続:3秒
ナイフを生成して投げる事ができる。
ナイフで敵にダメージを与えた際、対象からのヘイト値をリセットする。その後、自身に掛かった時間制の強化バフは全て強制的に解除される。
お値段9万円。
うん。分からん。
一つずつ紐解いていこう。
まず、このスキルで生成されたナイフは投げずともすぐに消える様だ。持続が3秒なので、投げるくらいしか使い道が無いという方が近い。
そして、敵にダメージを与えたらヘイト値がリセットされる。
ヘイトとは何ぞや。と思い紙を舐めまわす様に見ていると、下の方に説明を見つけた。どうやらモンスターから向けられる敵意の事らしい。
え?ナイフが刺さったのにヘイトがリセットされるの?
いや……まぁ良い。ファンタジー要素に突っ込むのはご法度だ。
ナイスファンタジー!!
強化バフの強制解除に関しては所謂デメリットだろう。とはいえ逃走に使える点があまりにも強い。流石は9万円といったところ。
そうこうしているとCTの30秒が経った。特に時間を見たわけでもなく、そう察したのである。
これもスキルの効果だろうか?
俺は『スローナイフ』を発動し、今度はスライムへと投げ付ける。
ナイフはスライムの体を切り裂いてから地面に落ちて消えた。
スライムはまだ死んでいない。
あぁ、倒せなくても敵対はされないんだ。説明的にはそうなのだが……
だとすれば無限に遠くから攻撃できるじゃないか!
……と思ったのだが、このスキル。難点として攻撃力が超低い。
それはスライムすらも一撃で倒せない程。しかも次点の装填には30秒も掛かる。
少し体力の高いモンスターを倒すには、数日くらいは掛かるかもしれない。
効率的にはゴミカスだ。
しかも、外せば普通に敵対される。
ナイフを投げているのだから、向こうも流石に気づくのだろう。当たり前だ。
俺は足元に絡みつくスライムを蹴っ飛ばして魔石に変えると、思考を続ける。
ダメージを与えた際、という文面が気になったのだ。
ただでさえ持続も刀身も短く軽いナイフである。対象のモンスターによっては毛皮なり装甲なりで傷を作れない事もあるだろう。
現段階では予想に過ぎないが、その時も同様にヘイト値はリセットされない筈だ。
うーん。もしかして、そんなに強くない?
まあ、良い。次のスキルだ。
『俊敏上昇(小)』
CT: 30秒
持続:30秒
俊敏の数値が30だけ上昇する。
お値段5万
うむ、シンプルだ。
肝としては上昇幅が倍率ではなく、固定値だという点。
動いてみると、確かに移動が速くなっている。体も軽い。まるで若返ったかの様だ。
数値的には元の11倍になっているけど、速度は11倍にならなかった。体感的には1.3倍くらいだろうか?
歩きでも移動が早くなるので調整が難しい。何よりも、効果時間が切れた後に謎の倦怠感に襲われるのが最悪だ。
移動しながら使用して気が付いたのだが、どうやらこれは疲労ではなく元に戻っているだけらしい。
若者が急激に年老いたらこういう風に感じるのだろう。実に風流だ。
最初の地点から数百メートル先。相も変わらず歩きにくい地形を進んでいると、前方にウリ坊の様な生物を発見した。大体小型犬位のサイズだ。
依頼用紙にも写真が載っていたウリ暴というモンスターだろう。
とは言え名前の通り、少々暴れん坊なご様子である。
飛んだり跳ねたりと中々に元気が良い。
俊敏上昇スキルを使用して近付くも、すぐに逃げられてしまった。
では最後のスキルを試してみよう。
『挑発』
すると、先程まで軽快なステップで逃げていたウリ暴が真っすぐ此方へ突進してきた。小型犬サイズでも速度は凄まじく、目前に迫る様子は迫力がある。
あまりにも怖かったので、俺は先んじてナイフを生成し投げつけた。
しかし切っ先は空を切り、カランと小気味良い音を鳴らして地面に落ちる。
く、クソスキル!!!
もはやスキルの説明を読む暇すらない。俺は丸盾を構えて衝撃に備える。
次の瞬間、ウリ暴が俺の脛に直撃した。
ッッ盾が小せぇ!!
とはいえ、どうもウリ暴は目を回している様子である。
「しめた!!馬鹿がッッ!!」
俺は絶好のチャンスに、片手剣を振り下ろした。
◇
『挑発』
CT : 30秒
持続:30秒
ヘイト値上昇(小)
対象モンスターからのヘイトが上昇します。
お値段6万。
成程、俊敏上昇と挑発で足の遅さをカバーできるのか。CTと持続が噛み合って、常にどちらかを発動できるのもポイントが高い。
……ナイフに関してはあまり信頼しすぎないようにしよう。
そもそも、このスキルは後衛がヘイトを稼いでしまった時に使うのが正当な使い方な気がする。
俺なんかよりも、弓使いとかが走りながら使うほうが強い筈だ。
とはいえ化け物と遭遇した際はこのスキルの有無で生存確率が変わるのも事実。
スキル屋のお姉さんに内心で感謝をしつつ、手に入れた魔石を見やる。
内訳はスライムが4つと、ウリ暴が……0。
あれを殺すのは、人として何か大切な物を失う気がしたのだ。
「そろそろ帰るか」
俺は最後にスライムを蹴っ飛ばし、伸びをしてから魔石を拾う。
そうしてポケットに詰め込んでいると、遠くの方でキラリと金色に光る生物を発見した。
「なんだあれ」
視力0.8の目をかっ開き眺めていると、どうやら金のウリ暴が居るらしい。
とある3人パーティが戦闘をしている様だが、金のウリ暴は通常個体よりも更に移動速度が速く、彼らも困っている様子である。
「ちょっと覗いていくか」
そう言って俺はカルスト台地を駆け出した。
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