第5話
「その口ぶりからして、戦ったことはないのか?」
「あらへん。アングリーバードは二階層で不定期に現れる徘徊型のボスモンスター。一目会えてラッキーやね」
気が付けば周囲にはカラフルなドローンが幾台も集まっていた。ドローンはダンジョン内の様子を配信していると言っていたし、取れ高の匂いを嗅ぎ付けたのだろう。
では、ディスプレイ越しに見ている視聴者に一つ聞きたい。
目の前にいるモンスターが、単なる鶏に見えているか?
フワフワとした容姿はキュートなれど、分厚い羽毛の用途は敵から与えられた攻撃を吸収すること。しかもその下には、濃密な筋肉の塊が隠れている。
何より、隙間なく鱗が生えた脚は人間の胴周りよりも太いのだ。かつて地上を支配していた恐竜の末裔だという証明には、十分過ぎる程の迫力である。
少なくとも、最もモンスターの近くに居る俺にはそう見えた。
端的に言って、超怖い。
「ちょい、直ぐに挑発して言うたやん!!」
地面を揺らしながら走るアングリーバードに追い立てられていた姫小松から苦情が飛んで来た。
反射的にスキルを使ったが、俺は自分の浅ましさを恨んでしまう。
コケェ?と。そんな音を出す鶏モンスターの、ハイライトの無い真っ黒な瞳に睨まれたのだ。間近だからこそ恐ろしさが引き立って見える。完全にホラーだ。
俺は走った。というか逃げた。
一も二もなく、遮二無二尻尾を巻いた。
「無理無理無理無理無理『俊敏上昇』ッ!!!!」
スキルを行使してから少しだけ余裕が生まれたので振り返ってみると、後ろには姫小松がラピッドファイヤーで鶏を攻撃している姿があった。
頭部に爆発を食らいながらも、しかしアングリーバードは平然と澄ました顔をしている。表情のレパートリーが無いのだと言われればそれまでだが、最初に放たれたアイスアローと比べれば、さしたる効果があるようには見えなかった。
悠長に考え事をしていると、鶏が立ち止り脱力するかの如く頭を下した。
とうとう姫小松の魔法が効いてきたのかとも思ったけれど、それにしては様子がおかしい。
俺は警戒を強めて少しずつ距離をとる。心許ない盾を構えて身を守り、行く末を見守っていると。
アングリーバードの喉が大きく膨らんだ。
「ブレスか!?……おいおいおい、勘弁してくれよ!!!」
アングリーバードがグルンと白目を向いて、クチバシを開ける。
影と喉しか見えない筈の口腔には、燃え盛る炎がトグロを巻いていた。
ゲームでは竜系統のモンスターが往々にして放つ奥義だが、まさか二階層のモンスターごときが当然の権利の様に使ってくるとは思わないだろう。
しかし『俊敏上昇』の効果も切れて遅くなった足では、攻撃を避けることが出来ない。
せめて受けるダメージを減らすべく、俺は盾を前に突き出した。
『マナプロテクション』
姫小松の焦った声が聞こえた瞬間。黄昏時の暗い影が消え去った。
俺の視界は太陽よりも眩い光で一杯になり、体は文字通り身を焦がすほどの灼熱に包まれる。
「ガァァァアアアアアアア!!!!」
全身に何百もの包丁を丁寧に突き刺されている様な感覚。
若しくは、全身の血液が高濃度の硫酸に置き換わったかの様な感覚だと言っても良い。とにかく痛みは想像を絶し、内側から溶解されて崩壊するかの如く。
永遠とも思える地獄の苦痛。俺は冷や汗をかく事すら許されず、唯、早急に嵐が過ぎ去る事だけを祈っていた。
何秒か、何分か。永遠とも思える時間が過ぎて、次第に光が収まった時。
俺は周囲を見渡して思わずゾッとした。
草花は焼け溶け、地面は抉れ、俺を残した全てが灰燼に帰していたのである。
流石にあれ程の火炎を、小さなバックラーだけで防げたとは思えない。
それでも俺だけが辛うじて無事と呼べるのは、姫小松が寸前で使ったスキルのおかげだろう。
アングリーバードを見るも、奴は未だ馬鹿面を晒したまま喉奥で炎を燻らせている。
攻撃が強力な分、反動も大きなスキルだったのか?
俺は赤く膨れた手で、すぐさま剣を引き抜いて走った。
地面を踏みしめる度に全身が倦怠感に襲われて、今にも倒れてしまいそうだ。
だが、心はウキウキ気分である。
今度は逃げる為ではない。絶好のチャンスに、攻撃を叩き込む為に走っているのだから。
まあ、痛みで大量のアドレナリンが出ているのもあるのだろうが。
勢い良く鶏の足元へ潜り込み、剣道の見様見真似で腹を裂く。
「オラァァッッ!!」
スキルも何も使用していない純粋な攻撃だったからか。剣に付着した血液から鑑みて、傷の深さは10センチにも満たない。
三メートル以上の体からすれば、重症とは呼べないだろう。
そうこうしていると、俺は動き始めたアングリーバードの、単なる身震いを受けて吹き飛ばされた。
火傷を負った肌は地面との摩擦で容易に破れ、その度に耐え難い鮮烈な痛みが走る。
それでも奴は満足しなかったらしい。鋭い叫び声をあげるアングリーバードに追い立てられて、俺は再び走り出す事を強いられた。
盾職なら盾で受けろ?無理無理!!潰れるから!!
「姫小松、アイスアローはいつ使える!?」
「今丁度CTが明けたところや。詠唱中はえらいヘイトを稼いでまうから、死んでもウチの事守ってな?」
そう言って彼女はローブの隙間から覗かせる口元を歪めた。
満身創痍の男を捕まえて、死んでも守れとは……俺の事を使い捨てると言っただけはある。
「オーケイ、じゃあ代わりに信頼してくれよ?」
言い終わるが早いか、詠唱を始めた姫小松にヘイトが移った。
俺は視線を外して振り向いたアングリーバードの可愛らしいケツを、後ろから渾身の力で切り付ける。
「背中の逃げ傷はウォシュレットを浴びながら恥じてくれ。オウチに帰れたらの話だが」
振り返った鶏の顔はいつもと変わらぬ迫真の真顔。しかし、その目は怒りに燃えている様に見えた。
普通に考えれば、それは痛みによる物だと思うだろう。
だが俺は現在進行形でアドレナリンが大量放出中。
脳内麻薬で駄目になった脳みそは、なんとなく、そう、なんとなく。
モンスターにも煽りが効くという仮説をはじき出した。
俺は飛び掛かって来た血飛沫を顔面から垂れ流しつつ、奇声を上げる鶏と相対する。
想定される攻撃は何だ?
ブレス?体当たり?頭突き?
どれもあり得るが、どれもある程度の予備動作が必要だ。
ならば、わざわざ意識を裂いてでも警戒するべき攻撃は……
俺は盾を突き出して、最短距離で迫る凄まじい速度の蹴りを受け止める。
両手で構えたにも関わらず、アングリーバードの脚は盾をひしゃげて俺の腹にめり込んだ。
内臓は暴れ狂い、吐き気と眩暈に嫌な汗が噴き出してくる。成功にはほど遠いが、それでも、マトモな防御が成立したのはこれが初めてであった。
「そう慌てるなよ。今は、そうだな。暫く俺と付き合え」
足を引き抜いて二発目の蹴りを放とうとした鶏に向かって、俺は手元で生成したナイフを投げつけた。羽毛に沈んだナイフはダメージとも呼べぬ様な傷しか作れなかっただろうが、それでも効果は発揮する。
ヘイトが姫小松に移り、アングリーバードが振り返った瞬間。その無防備な横顔に、氷の槍がぶち当たった。
「よそ見しなや。今は志遠との時間やろ?」
槍は砕けたが、ここに来て初めて鶏の姿勢を崩す事に成功した。脚を浮かせ、羽をばたつかせ、懸命にバランスを取ろうとするアングリーバード。
俺はCTの明けた『俊敏上昇』を使ってから駆けだして、奴の軸足を、速度と全体重の乗った片手剣で力任せに横へ薙いだ。
「う、腕がッッ!!」
剣は鱗を数枚落とした程度で急停止、寧ろ反動で手に伝わるダメージの方が多かった。
こいつの脚は金属製か!?
続け様に姫小松がラピッドファイヤーを再び鶏の頭部で炸裂させる。
花火の様な小さな爆発だが、バランスを崩したアングリーバードには致命傷だ。
ボン、ボンと、器用に頭部だけを狙い撃ち、順調に体を押し込んで行く。
「瀬戸際で耐えすぎやろ。いい加減、すっ転んどけ!!」
脚の鱗が剥がれて剥き出しになった傷口を、片手剣で切りつけた。
俺の攻撃力は確かに低い。それでも、十分なダメージが入った事は鶏の叫びからも見て取れる。
だがそれだけでは終わらなかった。血液で滑った剣は体を軸に一回転。
無慈悲にも、既に一度斬られた傷口へ再び吸い込まれて行く。
「動物虐待反対パンチ!!!」
足から崩れ落ちたアングリーバードは、バウンドしながら砂塵を巻き上げて、とうとう地面に倒れ伏した。
「「総攻撃!!!」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます