第99話 桃。
姉誘拐旅行2日目。
相も変わらず観光スポットを巡りに巡った。
段々と笑顔の回数が増えていく姉ちゃんを見ているとこちらも嬉しくなっていく。
少しずつ話せるようになっていき、音も聴こえるようになってきたという。
まだ音が篭って聴こえるらしいが、それでも回復していると感じた。
順調である。
しかし時折それでも姉ちゃんの顔は曇る。
その顔を見かけると辛くなる。
ほんの些細な瞬間だ。
不意に全てを諦めたような顔をする。
その顔がどうしようもなく悲しくて、切ないのだ。
そんな顔を姉ちゃんにさせたくない。
だからまだ安心はできない。
そばにいて、手を握って、どこかへ行ってしまわないようにしないといけない。
そういう危うさが今の姉ちゃんにはある。
「拓斗、もうちょい真ん中寄って」
「あいよ」
「桃姉、写真撮るよ〜」
「うん」
姉ちゃんを挟んで3人でことある事に写真を撮る。
これも椎名に頼んでいたことだ。
昨日もたくさん撮った。
PCにデータを移して保管しないと追い付かないほど写真を撮った。
撮り過ぎて娘の成長を記録したい親バカみたいになってたまである。
まあ、親バカというよりはただのシスコンなのだが。
「拓斗が半目になってるからもっかい」
「ふふっ」
「……見事にアホ顔過ぎてなんも言えん……」
でも姉ちゃんが笑ってるからいいか。
姉ちゃんの笑顔の為ならばピエロにでもなるし、なんなら熱湯風呂にだって飛び込もう。
姉ちゃんがクスクス笑ってるのをいいことに椎名がひたすらに姉ちゃんに俺のアホ顔写真を見せているがそれも許そう。
……と思ってたけどお絵描きアプリで加工して鼻毛まで描いたのは許せん。
恥ずかし過ぎるだろ……
いや待て、こうして辱めを受けて姉ちゃんに笑われているというのはむしろご褒美なのでないだろうか?
なるほどこれが羞恥プレイというやつか。
新たな性癖に目覚めてしまったのかもしれん。
いやだが結局は姉ちゃん限定であるのでシスコンの
椎名だったらムカつくのでたぶん違うな。うん。
夜の椎名は調子に乗って仕掛けてくるが結局最後はされるがままのいわゆる「わからせ」られることの方が多いのでメスガキタイプと言えるだろう。
なのでやっぱり椎名に辱められるのは違うな。
椎名はなんだかんだドMだしな。
「次あっち見に行こっ!」
楽しそうに走る椎名もこういうとこは昔から変わってない。
姉ちゃんも椎名を微笑ましそうに見つめている。
「タク、お水飲みたい」
「口移ししようか?」
「だ、だいじょぶ!!」
それはとても残念だ。
けども耳を赤くする姉ちゃんは可愛い。うむ。
……なんかあれだな、セクハラする職場のおっさんみたいになってきてる感あるな。やめよう。
「なにセクハラしてんのよ!!」
「口移しってえろいよな」
「頭でも打ってきた方が良いんじゃない?」
「辛辣だなぁ」
しょうもない話をしながらもやって来たのは植物園である。
ミツバチが花と戯れているのを眺める姉ちゃん可愛すぎる。実に微笑ましい。
「やっぱ桃姉、絵になるわね」
椎名がカメラマン顔負けのカメラワークであらゆる角度から姉ちゃんを撮る。
段々とカメラを意識し出して恥ずかしがる姉ちゃん。
椎名も立派な親バカスタイルである。
「あっちに果実園もあるみたいよ!!」
鼻歌混じりに車椅子を押す椎名。
変わろうかと提案したら「あたしが押すの!!」と怒られてしまった。椎名さんこわいです。
椎名は面倒見がいい。
俺が姉ちゃんにフラれた時もそうだった。
そばに居てくれて、助けられた。
姉ちゃんが目を覚まさない時だってそうだった。
俺が目覚めない姉ちゃんの世話に行けない時は椎名が見てくれたし、姉ちゃんの下着とか服とかの用意はほとんど椎名がしていた。
……まあ姉ちゃんの下着に関してはね、俺が悪いのでなんも言えなかったし。
前科持ちには辛いぜ。
あ、あのほんと、反省してますはい。
「桃姉見て!! 桃の木っ!!」
「美味しそう」
姉ちゃんにも立派な桃が2つ付いてますよ、とは言わなかった。言ったら椎名に殺される気がした。
とまあ冗談は置いておくとして。
「桃は古来から魔を祓うとかそういう力があるものとして言い伝えられている。古事記にも登場するしとても神聖なものだな。この時期に収穫した桃は旬でもあるし非常に美味しいと聞く」
「お、拓斗がうんちくおじさんになってる」
「褒めるな褒めるな」
「褒めてないから」
辺りには桃の甘い香りがしていて、優しい気持ちになる。
父さんと母さんが死んで、俺を護ってくれたのは姉ちゃんだった。
もちろん椎名たち七島家にも支えられた。
けど姉ちゃんが居なかったら俺はどうなっていたのだろうと時々思う。
姉ちゃんを好きになったのは父さんと母さんが死んでからだから、もしかしたら全く別の人生だったかもしれない。
なんなら七島家の養子になってたのかもしれない。
そうなったら椎名が俺の義姉になってたのだろう。
けどたぶん、結局グレたりしたりするのかもしれない。
わからないけど、小学生の時に親を失っても今こうして比較的真っ当に大人になっているのはやはり姉ちゃんが居てくれたからだろう。
好きな姉に迷惑を掛けたくないとか、嫌われたくないとかそんな理由だったりはしたけど、それでも前を向いて生きてこれたのではと思う。
「お父さんとお母さんは、どんな想いでわたしに、この名前を付けたのかな」
桃の実る木を眺めながら、姉ちゃんは寂しそうに呟いた。
その顔を見て俺は心が締め付けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます