第96話 ほっこり。

 とりあえず目指していた旅館まであと半分というところで、姉ちゃんが俺の肩を揺すってきた。

 信号待ちでチラッと姉ちゃんを見ると困ったような顔をしていた。

 どこか張り詰めているような顔だった。


「姉ちゃん、俺が飲もうか?」

「なにが飲もうか? よ頭おかしいんじゃないの?!」

「姉ちゃんのなら飲める」

「そういう話じゃないでしょ!!」


 もじもじしている姉ちゃんのダムが決壊しないうちにどこかに寄らなければならない。

 考えてもみれば家に引きこもっているところを突如誘拐したので全くと言っていいほどなにも準備していない。

 さらに言えば若干寒くなってきたのでより近くなってしまうのは仕方ないと言えるだろう。


「せっかくだからこの辺で姉ちゃんの服とかも見ていこう」


 一度路肩に車を止めてナビを操作して近くのデパートに案内するように設定し直した。

 姉ちゃんにナビの地図を指を差してここで大丈夫かと聞いた。

 姉ちゃんは涙目になりながら小刻みに首を縦に何度も振った。


「新しい性癖に目覚めそうだ」

「ド変態早く車を出せ!! 桃姉が漏らしちゃうでしょ?!」

「興奮した」

「お前ほんとぶん殴るぞ?!」

「椎名、俺も漢なんだ」

「今は拓斗が漢かどうかより桃姉の貞操の方が大事なの!!」

「わかってる」


 エロ漫画的展開に少し期待してしまった俺はダメ人間なのだろう。

 だが考えても見てほしい。

 涙目で漏らしそうな姉ちゃんだぞ?

 興奮するだろ普通?


「よし着いたぞ。椎名、車椅子の準備をしてくれ」

「わかってるわよ」


 駐車場に着いて助手席にいる姉ちゃんのドアを空けて姉ちゃんを抱き抱える。

 ちょっとした刺激で決壊しそうになっているのだろう。

 必死に我慢している姉ちゃんにさらに興奮してしまった。姉ちゃん、最高だぜ。


 多目的トイレに速攻で向かって椎名に姉ちゃんを任せた。

 椎名を連れて来た理由のひとつとしてこう言った時の介護を任せる必要があった。


 少し前に問題になった「多目的トイレ」問題。

 俺と姉ちゃんが姉弟であっても多少は問題になりかねないし、姉ちゃん自身も嫌がるかもしれないと思っていたからだ。


 車椅子生活となった姉ちゃんは1人では生きていくのは難しい。

 どうしても同性のヘルパーとなる椎名の存在は必要だと感じていた。


 多目的トイレから出てきた椎名はスマホを片手に姉ちゃんのトイレを待っていた。


「終わったらスマホに連絡するように伝えてあるから大丈夫よ」

「助かる」


 文明の力は偉大だ。


「それにしても、ほんとどうしようもないシスコンね……流石にあたしでも引いたわ」

「褒めるなよ。照れるだろ?」

「褒めてないからね?」


 シスコンの俺にとっては褒め言葉である。

 罵倒が罵倒となるのは罵倒された奴がまともかどうかによるのだ。

 よってつまりまともではない俺の性癖からしてそれはもう褒め言葉なのである。

 これはもうある種の哲学であり真理なのである。


「……あたしがもし、漏らしたらどうする?」

「それ聞いてて恥ずかしくないか?」

「うっさいわね!!」


 顔を真っ赤にしてそんな事を聞いてきているので恥ずかしいのだろうことはわかってはいるが、いい歳してそんな事を聞くなよと思う。

 まあ、大人になっても状況的に崩壊してしまったりすることはあったりはするだろう。

 だから漏らしたからと言ってバカにすることもないが、それを仮にも乙女が聞くのはどうかと思うぞ?


「行ってくるわ」

「頼む」


 椎名が多目的トイレの中に戻って行ったので俺はこのデパートの案内板を眺めていた。

 色々と見て回れるわけだが、旅館の予約もある。

 十分に時間の余裕を取ってあるが、道中何があるかわからない。

 旅館には少し到着予定時刻より遅れるかもしれない旨を電話で伝えた。


 仕事をしていても思うが、人生は何が起こるかわからないと常々思う。

 居酒屋バイトをしていた時だって、次はあれをしようこれをしようと思っていても何かしら別の仕事が入ってきたりして思うように事は進まない。

 だから今回の誘拐旅行も作成したしおりの通りにはいかないだろう。


 でもそれでいいと俺は思っている。

 予定通りの旅行はつまらない。

 一応姉ちゃんの為にしおりは作成したわけだが、少しでもワクワクしてくれたらいいなと思って作ってはいる。

 けれどその道中のあらゆる想定外がどこまで面白くなるのかは俺のアイディア次第でもある。


「よし、拓斗。行くわよ」

「おう」


 最近は暗い表情を浮かべる事が多かった姉ちゃんだが、流石に緊急事態を乗り切ったあとだからだろう。

 少し顔がほっとしていた。

 ……その顔にもちょっと興奮しましたはい。


 にんまりしていたのが椎名にバレて頭を叩かれましたけどもねぇ。


「桃姉、今日は拓斗がたっくさぁんお洋服買ってくれるって! いっぱい可愛い服買おうね!!」

「ま、任せろ」


 椎名さんの笑顔が怖い……

 姉ちゃんは聞こえていないからよく分かってないけども、それはもう姉ちゃんを着せ替え人形の如くありとあらゆる服を着せよう。


 姉ちゃんが笑ってくれるようになるならなんだってやるさ。

 その為にこうして連れ出したんだから。

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