第95話 悔いなく笑って死ね。

 もしも3日後に死ぬとしたら。

 この3日後というのは絶妙でやっぱり姉我好先生は凄いと感じる反面、やっぱり鬼畜だと改めて思った。


 もしもやりたい事が1つだったとしても、それが簡単に出来ることならすでに日常の隙間で少しずつやっていけなくはない。

 例えばそれがイラストを描くことならやりたい事を続けるということにはなるが、その先にある目標は現代で言えばプロのイラストレーターになるという目標になったりもするだろう。


 或いは声優だとかの芸事の類いなら時間はもちろんセンスも必要であり、それらは一朝一夕でできるものでもなかったりするだろう。


 世界一周旅行がしたいなら時間と金がたんまりと必要になる。

 もちろん安全な場所ばかりを簡単に巡れるわけじゃないから入念に調べたり計画を練らないといけないだろう。


 だから普通は急に3日後と言われても手遅れでありどうしようもないことの方が多い。

 ましてや俺自身の為ではなく姉ちゃんの為となると必要になることはもっと多かったりもする。

 自分だけではなく他人も含めると夢が膨らむ分現実的に必要なリソースや準備が増えてしまうのは当たり前だ。


 だからこその3日後なのだろうと思う。

 急がなければどうしようもない時間。

 でもどうにもできないわけではない。

 それこそ3日後に死ぬとするならば、仕事なんて放り投げてでもやった方がいい事をやって死ねた方がいいだろう。


 幽霊が実在するとするなら、後悔なく死んであるのかもわからん天国にさっさと逝ってもらった方が生きてる人間としても有難いというものだ。


「これからの段取りはあらかた済ませた。あとは順次実行していくだけだ」


 やれる準備は全部やった。

 あとで取りこぼしたかもしれないことはまたその時にでも考えればいい。


「……ねぇ拓斗、これってあたしも行っていいの? ふたりだけの方がいいんじゃない?」

「駄目だ。3人で行くんだ」


 遠慮気味の椎名は頭を抱えつつも俺は強行すると決めていた。

 なぜなら、シスコンは俺だけではないからだ。

 椎名だってもうどうしようもないシスコンなのだから、せっかくだから俺と一緒に3日後に死んでもらうくらいの覚悟をしてもらおう、という話である。


 パワーであり力でありエネルギッシュなシスコンがふたり居れば大抵の事はどうにかできる。

 シスコンというどうしようもない人間ふたりのパワーでゴリ押す。


 つまりはシスコン的脳筋によるゴリ押し作戦である。

 日本語として破綻してるとかそんなの知らん。

 シスコンに文句を付ける方がおかしい。

 原理も法則もそんなの知らん。

 1+1=姉で2+2も姉。

 これは学問でもなくシスコンという概念なのである。だから御託はどうでもいい。言ってる意味がわからないならシスコン失格だ。


「準備できたか?」

「できた、けど……」

「よし、行くぞ」


 そうして俺と椎名は勢いよく姉ちゃんの部屋に立ち入った。

 一瞬ビクッとした姉ちゃんの前に仁王立ちした俺は令状の如く姉ちゃんにプリントした紙を見せた。


「『これより姉ちゃんを誘拐します。異論反論は認めません。なぜなら俺は今反抗期だから姉ちゃんの言うことを聞きません。大人しく誘拐されて下さい』というわけで行くぞ姉ちゃん」

「……?」


 耳も聞こえない状態なので文面を見せて戸惑っている姉ちゃんを勝手にお姫様抱っこで誘拐。

 椎名に車椅子を持ってきてもらって姉ちゃんを丁寧に車に押し込んで準備していた荷物と共に出発した。


「てか桃姉の服とかその辺どうするの?」

「現地調達。大丈夫だ。金ならある」

「……全然かっこよくなかった」


 季節は10月。

 車での旅路となると流石に寒さを感じたりもしだす季節。

 依然として戸惑っている姉ちゃんを余所に俺はひたすら車を走らせる。


「椎名、アレを姉ちゃんに渡してくれ」

「わかったわ」


 姉ちゃんは困惑しながらも渋々「姉ちゃん誘拐旅行のしおり」を渡した。

 できるだけ修学旅行のしおりっぽく作ってみた。

 旅館に泊まったり色んな観光スポットに行ったりと予定をありったけ詰め込んでいる。


 姉ちゃんはなにか言いたげだがそんな事は知らん。

 誘拐されているのだから大人しくしているか頑張って声を出すがいいふははっ。

 ……というか普通に姉ちゃんの可愛い声を聞きたい。

 だが話そうとしないし聞こうともしないのだから仕方がない。好き勝手に連れ回してやろう。


 姉ちゃんの2年半を、今から取り戻しに行こう。

 それでも取り戻せないなら今から新しく刻もう。

 また姉ちゃんが笑えるように。


「姉ちゃんとデートだぁぁぁ!!」

「っ?!」

「拓斗!! 飛ばし過ぎないでよね?!」


 3日後に死ぬなら、俺は3人でデートがしたい。

 美味いもん食べて色々見て聴いて今を楽しみたい。

 今のうちに、やれる事を全部やってから死のう。


 あの日突然死んだ親を思い出す。

 父さんと母さんは幸せだっただろうか?

 幸せのまま死ねただろうか?


 俺にはわからない。

 父さんと母さんが幸せのまま死ねたかはわからない。


 けど笑って死ねたらいいと思う。

 純粋な気持ちで笑って死ねた奴はきっと幸せ者だろうと思う。

 金とか地位と名誉とか、そんなのは結局は人生を豊かにする為の道具の類いでしかない。


 だから見間違わないように。

 だから見失わないように。

 もう後悔のないように。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る