第93話 姉の目覚め。
目が覚めると、2年が経っていた。
正確には2年と半年らしい。
意味がわからなかった。
わたしはどうしてここにいるのだろうか。
だってわたしは3号店で仕事をしてたはずで、なのにどうして病院にいるのだろうか。
血相変えてタクたちが来てくれた。
大人びて
椎名ちゃんも成長しててお姉さんって感じになってた。
椎名ちゃんパパと椎名ちゃんママはあんまり変わってなくて、その事に少しほっとしている自分がいた。
みんなわたしの意識が戻った事に喜んでいてくれた。
お医者さんからは若干意識の
だから、この漠然とした恐怖がなんなのかわたしはにはわからない。
タクがわたしを抱き締めてくれて、たしかに安心する。匂いだって間違いなくタクだった。何度も嗅いでたからわかる。
なのに、どうして不安な気持ちでいるのだろうか。
2年半も寝たきりで声が出せなくなっているから?
知らないうちに2年半も経っていたから?
歩けない体になっているから?
子どもを産めない体になったから?
お医者さんからはリハビリをすれば歩く事ができるようになるかもしれないとは言われた。
けれど下半身の痺れは残るだろうって。
でも子どもはもう望めない。
わたしに家族は作れない。
2年半という時間が無いわたしは、もうただの異物でしかない。置いていかれていると感じる。
「…………た、く…………」
絞り出せたのはそれだけだった。
でもタクの名前を呼べた。
そしてわたしはタクにしがみつくように抱き着いた。
ただひたすらに怖い。
自分の存在が否定されているようで、わたしは本当にわたしなのだろうか。
子どもみたいに泣くじゃくりながらタクの胸に埋もれた。
恐怖を伝えたくても声は出ない。
体も自由に動かせなくて、だからがむしゃらにタクにしがみついた。
それは母親に縋る子どもみたいで自分でも今のわたしは滑稽に見えた。
大人でいなければと無理をして背伸びをし続けてきた。
タクを守る為にはそうしないといけなかった。
でもそんなタクが今はわたしを抱き締めてくれている。
今のわたしはタクに抱き締められていないと自分が自分であると認識できない。
知らない世界ですらあるようなこの世界で、わたしは唯一の肉親であるタクがわたしを繋ぎ止める存在だった。
頭がおかしくなりそうになる。
さっきまで仕事してたはずなのに、起きたら2年半が経っていて。
自分の体の一部のはずの足は動かない。
わたしはまだ夢の中にいるのではないだろうか。
それなら納得できる。
夢の中なら、現実と変わらずタクはわたしに優しくしてくれる。
抱き締めてくれるのこのあたたさも、匂いも感触だって夢の中で再現できる。
否定したい現実と信じたい気持ちが食い違って、全部を無かったことにできればいいのにと思う。
いっそ記憶喪失だったなら良かった。
それならこんな気持ちにならなくて済んだかもしれない。
どのみちもうわたしは死んでいる。
わたしはもうあの時死んでいて、今ここにいるわたしはただの亡霊なのだ。
受け入れるにはあまりにも時間が経っている。
もしかしたらわたしは、そのうちタクや椎名ちゃんすら否定するようになってしまうかもしれない。
だってそうでしょ。
わたしはわたしが信じられない。
だからわたしが信じてるタクも嘘かもしれない。
わたしが縋りたくて創った虚像なのかもしれない。
だってこんなにタクはわたしの事を好きでいてくれて、あまりにもわたしに都合がいいのだから。
それでも縋るしかない。信じるしかない。
そうでなければわたしは呼吸をする事すら
☆☆☆
目が覚めてから1ヶ月が経った。
わたしは喋れないままでいた。
あれからタクは毎日わたしに会いに来てくれる。
車椅子で外に連れ出してくれる。
椎名ちゃんと3人でまったりすることもある。
ふたりが結婚する事もその時に聞いた。
わかってたことだけど、どうしてか素直に喜んであげられなかった。
ふたりがどっか遠くに行っちゃうような気がした。
でも喋れなかったから、ただわたしは微笑んだ。
それしかできなかった。
空は清々しいくらいに青くて綺麗なのに、わたしには空が真っ暗に見えているようだった。
もしかしたらみんなが見ている空と、わたしが見ている空は違うのかもしれない。
空も山も人も全部、そうなのかもしれない。
わたしだけがそうであるように見えていて、わたしだけが異物で邪魔者なのかもしれない。
タクと椎名ちゃんの間にいるわたしは要らないんじゃないのだろうか。
だってもう歩けない。
だってもう子どもを産めない。
働くことさえ難しい。
わたしはどうやって生きていけばいいのだろうか。
それを誰に問いかければいい?
お母さん? お父さん?
ふたりとももういない。
わたしは今まで何のために生きてきたのか。
それはタクの為だった。
わたしが働いてタクを養って、それでふたりで生きていけたら良かった。だから働いた。
でももうタクは大人になって、お仕事だってやって生活できているどころかわたしの入院費を払ってくれている。
わたしなんかよりよっぽど立派な大人の男性になった。
わたしが死ねば、タクはもっと楽になれる。
もうわたしはタクの人生のお荷物でしかない。
介護が必要なわたしに一体なんの価値があるというのだろうか。
死にたくなる。
タクから貰った命なのに、死ねていればよかったと思う。
そうしてやがて全部を結局否定したくなって、耳を塞いだ。
そしてわたしは耳が聴こえなくなった。
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