第83話 色恋話も青春のうち。

「そういえば長谷川くんと椎名さんは進路ってどうするの?」

「家から近い国立」

「あたしも」

「そっか……」

「委員長の方こそ結局どうなったんだ? あれから」


 高校2年生になって半月。

 俺は椎名と委員長と同じクラスだった。

 委員長からは相変わらず脇腹をつつくようなアプローチが続いているが、椎名がなんとかしてくれているので生活にあまり支障はない。


 俺自身は学校の勉強と動画編集の勉強で忙しいので基本的にはお昼時間の食事中とバイト先での会話くいしかしていないが、なぜ未だに好意を持たれているのか、持たれたままのか理解できない。


 ……普通はシスコンだったら引くだろ? なんで引かないの? むしろ引くわってレベル。

 まあ好意を持ってくれていること自体は男としては嬉しいのでいいのだが。


「色々あれから詩織姉と話し合ってて、公認会計士か税理士になろうと思ってそっち方面に行くことにしたの」

「税金のプロなら節税とか補助金とか色々出来ることも増えるだろうし、いいかもな」

「……拓斗がそんな頭良さそうな会話してるなんて……拓斗? 頭とか打った? 病院行こっか?」

「頭は打ってないし健康体だ。単純に動画編集の仕事をするにあたって税金とか調べてただけだ」

「詩織姉も毎年の年度末に頭抱えて叫んでるし、分からなくはないかな」


 動画編集の仕事を本格的にするにしても、確定申告という以下にも面倒くさそうなイベントは話題が事欠かない。

 色々ネットで調べただけでも呪詛じゅそみたいなコメントしてる人とかよく見るし。


「高校2年になると、なんか急に大人にさせられるよね。夢を持てとか言ってた周りの大人がいきなり現実的な事しか言わなくなってさ」

「そんなもんだろ。大人は」

「拓斗は大人になっても言ってる事は変わらなそうだけどね」

「変わっちゃいけないもんもあるんだよ」


 シスコンとかシスコンとかあとシスコンとかやっぱりシスコンとか。

 むしろ俺からシスコンを取ったら何も無くなるまである。


 現状やるべき事は大学に行くこと。

 家から近い国立なのは単に国立のなるべく学費とかとにかく金があまり掛からないところなら正直どうでもいい。

 家から近ければ生活費的には楽だろう。


 色々調べてて感じた事は、大学に行く為に実家から離れた所に行ったはいいけど1人暮らしをするにも金が掛かるということ。

 生活費は掛かるしそもそも姉ちゃんとの暮らしがなくなっては意味がない。


 今でこそ姉ちゃんは昇進の為に単身赴任状態なわけだが、別々で暮らすのはやはり金が掛かる。

 世の中全部が金なのだ。全く世知辛い。


 俺としてはなるべく学費を掛けず大学に行くことで姉ちゃんの望みと負担を減らす折衷案せっちゅうあんとしての国立。

 無論偏差値は必要だし、その為の勉強であり椎名にも見てもらっているわけである。


 できれば動画編集1本で食べていける方がいいが、世の中甘くはないだろう。

 一般就職は視野に入れつつも動画編集のスキルの基礎を高校生のうちに習得できればさらに視野は広げられる。


 現状俺が将来の為に討てる最善の手である。


「委員長が税理士になったら税金の事教えてくれ」

「いいわよ。手取り足取り教えてあげる」

「おう。頼む」


 一瞬委員長に腰に手を回されたような錯覚を覚えたが流石に気のせいだろう。

 もしくは委員長がスタンド使いか何かだろう。

 委員長なら有り得なくはないのがなんとも言えないところである。


「なんか、思春期真っ盛りな高校生が3人居てこんな話ってのもなんかあれよね……」

「浮かれてる暇なんて俺にはないんだよ」


 椎名が悲しそうに弁当をつつきながらそんな事を言うが、親がいないと必然的にこうなるのではないかと思う。或いはグレるか。


 経済的に寄りかかれる親がいないというのはそれだけ危機感を感じたりはどうしてもする。

 アニメや漫画のラブコメならばもっとテンポよく青春してる日常を描いてくれるのだろうが、生憎とこっちは必死だ。

 どうしようのない日常は地獄みたいに続いてく。

 それこそ嫌になるほどに。


「で、でもあれだよ椎名さんっ。今年は修学旅行あるからっ!」

「……俺は無理だな。てか行けなくはないかもしれないが、金がもったいない」

「拓斗、うちのパパとママに土下座してお金出してもらうから一緒に行こう?」

「いや別に自分でも出せなくはない。けど遊びに3日とか4日も使うのは時間の無駄としか」

「長谷川くん、楽しいから行こう? ね?」

「それより動画編集とかしたい」


 修学旅行。

 旅行なんて名称が付いているが実際は集団行動の強制であり仲良くない奴らとも一緒に居なければいけない苦行である。

 無駄が多くて金も掛かる。

 今時の言葉を使うならば俺的には「コスパが悪い」のだ。


「いやいや拓斗。動画編集とか仕事にしたいなら絶対行くべきだから」

「関係ないだろ」

「いや、あるわよっ」

「ふむ。儂が納得するだけの理由を述べよ」


 俺が言うのもアレだが、10代という若い時間を遊びに使うのを否定するわけではないが、世の中の大人は大概口々にこう言う。

『10代のうちにもっと勉強しておくんだった』と。


 そんな大人が大勢いるこの社会は約30年も停滞していると言われているこのご時世。未だに学校の教育システムなどもさほど変わってないならば修学旅行なんてものがそもそも未来の自分に大して役立っていないと言うことではないのだろうか。


 ……とか言ったらドン引きされるだろうから言わないけどもさ。

 一丁前に何言ってんだって話になるのだろうし。


「拓斗がやりたいのは動画編集なんでしょ? 人が何を見て感動したり感じたりするのかは知っておかないとみんなが見てくれるものは作れないと思うの」

「椎名さん! この捻くれシスコンにもっと言ってやって!!」

「捻くれは余計だ委員長」

「拓斗だってわかってるはずよ。ようつべ動画とか見てても」

「まあ、確かに。……明らかに手抜き編集だなって思う動画は勉強する前からわかったりはしたしな」

「でしょ!!」


 そう言って小さい胸を張ってドヤ顔する椎名。

 だが言っている事の一端はわかる。

 面白いものを作ろうと思ったなら、面白いものをまず知らないと難しいのだろう。

 別にエンタメ系の動画を作りたいわけではないけども。


「とりあえず、修学旅行については行く方向で前向きに検討するように努めよう思わなくもない」

「はい捻くれ発言禁止〜」

「嘘は言ってないから問題ないだろう」

「拓斗は変なとこで頑固なのよね……」

「私としては面白いですけどね」


 行けたら行く。

 なにも嘘は言ってないし、本当の事も言ってない。

 てかそもそも旅行行くなら姉ちゃんと行きたい。

 そっちに金を使いたい……

 姉ちゃんとふたりだけで温泉とか。

 考えただけで逆上せそうだ。

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