第82話 お姉ちゃん。

「長谷川ちゃん、春フェア棚をそろそろ別の棚に変えておいてくれ」

「わかりました」


 3号店で主任になって、毎日が忙しい。

 地元密着型のスーパーだから他の全国展開しているようなスーパーと比べると個人でやってる農家さんとの付き合いもあるし、目まぐるしい仕事の日々。

 いつの間にか誕生日を迎えた日の朝の仕事。


 考えている事はタクの事。

 正直、嬉しかった。

 でもこの気持ちはたぶん女としての感情で、姉としてはよくないのだと思う。

 何も言えなかったわたしは、もう姉として失格なのではないかと思ってしまう。


「長谷川ちゃん、今年入社の新しい子がいるから紹介するよ」

「え、あ、はい」

「高原です。よろしくお願いします。長谷川さん」

「初めまして」

「嫌だなあ長谷川さん。2号店の時一緒だったじゃないですか〜」

「あ、そうでしたっけ?! 2号店は若い子多くて。ごめんなさい」


 高原さんと名乗る新入社員の男性。

 ……記憶にない。

 たしか大学生の夜勤の子は何名かいたけど……あ、そういえばいた気がする。

 3〜4ヶ月くらいで就活するからと言って辞めた子がいたけど、たぶんその人だ。


 ……あんまりいい印象なかったんだよなぁ。

 というか大学出て新卒なら今時もっといいこと行けただろうに。

 新卒カードをうちの会社に使ってよかったのだろうか。

 すぐに辞めてしまうかもなぁ、とか思うわたしは性格が良くないのかもしれない。


 その後は3号店の事を教えたり仕事したりクレーム対応したり仕事したりあと仕事したりでやっぱりいつもの通りバタバタしていた。


「疲れたぁぁ……」


 4月にオープンしたばかりというのもあるけど、とてもじゃないけど2日も連続で休めるような暇はない。

 タクと椎名ちゃんに会いたい。


「……死ぬぅぅ……」


 ベッドにうつ伏せ状態で倒れ込み、そのまままたタクのシャツに手を伸ばす。そして嗅ぐ。

 しんどい。まだ主任になって半月なのに、もうすでに限界を感じる。


「……来週は高原くんの歓迎会するからって他店舗から応援呼んで休み取るって言ってたけど、正直お酒飲めるコンディションでもないんだよなぁ……」


 店長は主任として活躍できるって背中を押してくれたけど、やっぱり大変だ。

 中卒のわたしをそれでも昇進させてくれたのは有難いとは思う。

 タクの為にお金はいっぱい稼がないといけない。


「けど、やっぱりしんどい」


 タクと離れて暮らしてから、わたしがどれだけ恵まれていたかを日々実感する。

 お母さんとお義父さんが亡くなった時にも同じことを思ったし、それを忘れたわけではない。

 けれど、今までタクがしてくれていた事がどれだけわたしを支えてくれていたのかがわかる。


 タクとの暮らしを守りたくて高校を辞めて就職して、わたしがタクを護らないとって思って働いて。

 わたしが大人にならなきゃって。

 けれど、タクの方がわたしなんかより大人なのかもしれない。


 タクがわたしを支えていてくれた時、タクだってバイトしてそのほとんどを家計の足しにしてくれたし家事もやってくれて。

 今までわたしはタクにたくさん甘えていたんだと改めてわかった。


「……ご飯、食べるか……」


 疲れているのであまり食欲はない。

 今日も自炊をサボって割引弁当なわけで、ひとり寂しく食べるご飯は味気ない。

 タクが居たら、一緒にリビングに居てくれてお話したり愚痴を聞いてくれたりして寂しいなんて感じなかった。


 椎名ちゃんも居たら賑やかで、家族って感じがして楽しかった。

 3人でご飯食べる時とかはだいたい椎名ちゃんがわたしの隣に居て、不意に椎名ちゃんがわたしに抱き着いてきたりして、それをタクが怒って賑やかさは増していく。


 たぶんわたしは、本当はそれだけでも良かったんだと思う。

 贅沢は出来ないような生活だったけど、それでも幸せだったと思う。

 3人一緒に居られたら、それで良かったんだ。


 でもこうしてわたしは今、ひとりだ。

 自分で選んだ事だ。何度もそう自分に言い聞かせては無理やり納得する。


 全部タクの為なのだから。

 わたしはタクと幸せに暮らす事はできない。

 そうであってはいけない。

 それでもタクはそれを望んで、本当に赤の他人としてわたしの前に現れるかもしれない。

 それを望んでしまうわたしは駄目なのだ。

 姉として、それでは駄目なのだ。


 タクが1番幸せになれるのは、椎名ちゃんと結婚する事だとわたしは思っている。

 相手が椎名ちゃんなら、わたしは頭を下げてタクを宜しくお願い致しますと心から言える。


 わたしじゃタクを幸せにしてあげられないから。

 だからそれが1番の正解。

 わたしは、タクの姉でなければいけない。


「……しょっぱい……」


 お弁当の味もよくわからないのに、塩気だけは感じながら無理矢理に平らげた。

 下手に痩せたらタクに心配されてしまう。

 心配掛けたくない。


 わたしはお姉ちゃんだから。

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