第81話 姉の誕生日。

「あと5分」

「やっぱ通話じゃなくてメッセにするべきじゃないか? 流石に姉ちゃんも寝てる可能性あるし」

「そりゃほんとはそっちの方がいいけどね。それじゃダメな時もあるの」


 姉ちゃんの誕生日の数分前。

 泊まりに来た椎名が隣にいる中で姉ちゃんに電話をしようと俺はスマホを手に持っていた。


 今までなら躊躇ちゅうちょもなく連絡を取れていただろう。

 なんなら恥ずかしげもなく好きだの愛してるだのを言うためだけにでも連絡をしていたに違いない。


 一丁前に語れるほど大人になったわけじゃないけども、言える時に言った方が後悔しない事を俺は知っている。


「ちなみにあたしは拓斗からの連絡ならいつでも良いわよ。午前3時に電話鳴らされても歓迎するわ」

「……午前3時に気軽に連絡してくるような奴と仲良くするなよ。ろくでもないだろ」

「斜め上なコメントね。なんなら泣きながら「椎名……寂しいから抱き締めてくれぇぇ」って情けなく泣きついてきてもいいのよ?」

「俺は幼稚園児じゃないぞ」

「この間の拓斗なんてそんなもんだったわよ〜。あたしがトイレ行こうと立ち上がったら握ってた手を離してくれなくて「……どっか、行くの?」みたいな顔してたもの」

「してない。そんな情けない顔してない」

「してましたぁ〜」


 ちくしょう……

 これだから幼馴染は嫌なんだ。

 情けないところも恥ずかしいところも全部共有されてしまうのがなんとも死にたくなる。

 最も認めたくないのが話を一切盛ってない事実だけで俺をからかってくるという事実である。


 憶えてろ椎名……そのうち同じことして恥ずかしい思いをさせてやるぞ。今に真っ赤な顔の椎名が見られることだろう。ふははっ。


「俺を抱き締めるならもうちょっと胸が大きくないと困る」

「小さくて悪かったわね?」

「姉ちゃんはもっと抱擁感があってこの胸で窒息死してもいいってくらいにはあったぞ」

「あたしだって窒息死させれるくらいには大きくなりたいわよ!!」


 俺のベッドに腰掛ける椎名は真っ平らな地平線に肉まんを置いたくらいなもので、揉みしだくにはやはり足りない。

 ハーフパンツにタンクトップというわりと際どい格好をしているのに姉ちゃんのようなセクシーさはない。

 流石に高校2年生なので多少腰付きは良くなっているが、しかしまだ姉ちゃんのスタイルには程遠い。


「あと1分」

「……なあ」

「なによ?」

「やっぱ本当は嫌われてたしないか? 大丈夫か本当に?」

「ならシスコンやめてあたしの結婚したら?」

「しれっと婚約成立させようとすんな」


 正直、男は女の建前とかを理解するのは難しいと思う。

 やんわり上手く躱されているナンパ男とかたまに街中で見かけたりだとか、告白されまくってる美少女の微笑みからのお断りとか眺めてても思う。

 ちょっと思い込みとか激しい性格とかなら嫌がられてる事に気付けないよなぁって。


 椎名なんて学校でよく告白されてるがその辺上手く躱してる。

 どう見ても俺なんかよりイケメンだろっていう先輩とかばっさり斬って捨ててるまであるのでむしろ椎名は分かりやすい部類には入るのだろうけど。


「あと10秒。ほれ、深呼吸!」

「……すぅ……はぁ……」


 なんでこいつは楽しそうなんだろうか。

 ニッコニコじゃないか。

 人の気も知らないで、とは言えないし椎名に対しては思ってもないが、それでも思うところもなくはない。


 だが深呼吸していると秒針は静かに12時を指していた。

 思い切って姉ちゃんに電話を掛けた。


「もしもし姉ちゃん? 今電話大丈夫だった?」

『あ、うん。大丈夫だよ』


 4コール目で電話に出た姉ちゃんの声は少し疲れているように聞こえた。


「その、姉ちゃん」

『う、うん……』

「お誕生日おめでとう桃姉っ!!」

「おい椎名! 俺が先に言うべきだったろうが!!」


 スピーカーにしてなかったからか、椎名はスマホを耳に当てる俺の反対側、つまりスマホの裏面に密着して姉ちゃんの声を聞いていて、挙句の果てに大声で俺より先に祝いやがった……


『あはは。椎名ちゃんも居るんだね。ありがとう』

「拓斗がへたれて桃姉の誕生日祝えないかもって思ったからわざわざ泊まりに来て今に至るって感じ〜」

「……まあその、誕生日おめでとう。姉ちゃん」

『タクもありがとね』


 スマホ越しの姉ちゃんの声からは普通に微笑んでくれてるように感じた。

 でもそれはたぶん、普通の姉弟としての反応な気もしてて、それがどこかもどかしい。


『ご飯とかちゃんと食べてる?』

「食て」「最近ちゃんと食べるようになったわよ」

「椎名、お前は俺の保護者かよ。俺が姉ちゃんと今話してんの」

「聞いてよ桃姉〜。拓斗ったら桃姉にフラれて落ち込んでしばらく家事とかしなかったし大変だったんだから〜」

「そういうこと言わなくていいんだよ!!」

『そっか。椎名ちゃんがちゃんと面倒見てくれたんだね。ありがと』


 その後は結局通話をスピーカーにして3人で話した。

 ちょいちょい椎名が茶々を入れてその度に俺がつっこんで姉ちゃんは笑ってて。

 それなりに楽しい会話だった。

 気が付けば0時に掛けた電話は早くも1時間が経っていて、そろそろ流石に姉ちゃんを寝かせないとまずいなと思った。


「じゃあそろそろ切るよ、姉ちゃん」

『うん』

「余裕できたら戻って来てね、桃姉」

『うん。そうするね』


 それでもどこか、通話を切ってしまうのは寂しかった。

 今までは姉ちゃんの声を聴けるのは当たり前の環境だったからだろう。

 こうして通話を繋げていなければ声も聞けないというのはどうしたって物理的な距離を実感してしまう。


「姉ちゃん」

『どうしたの?』


 この2週間、色々考えて悩んで、或いは思考を放棄したりして。

 それでもやっぱりこれだけは伝えておかなければならないと思った。


「俺、姉ちゃんの事を諦める気はないから」


 この程度で諦められるなら、シスコンなんてしていない。

 それならもっと前に既に諦める事が出来ていた。

 どうしたって好きなものは好きなのだ。

 これだけは天地がひっくり返ろうが、北と南が反対になろうが変わらない。


『……わかった』


 姉ちゃんはそう答えた。

 その答えの意味はどうとでもとれるような酷く曖昧な答えで、でも姉ちゃん「じゃあね」とだけ言って通話を切ってしまった。


 椎名もなにも言わなくて、そのまま「じゃあ寝よっか」と言って別室に行ってしまった。


 俺はまた、なにか間違えてしまったのだろうか。

 それがわからないまま仕方なく眠りに着いた。

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