第80話 天才と達人

 へこたれてる暇はない。

 そう思えるようになってからは早かった。

 やるべき事がたんまりある。


 学校の授業がもどかしく感じるようになった。

 椎名のお陰で予習する癖が付いたからからだろう。

 事前に目を通して理解して、学校の授業で記憶の焼き直し。

 予習していた事によって先生に問題を当てられてもスムーズに答えられるようになって少しづつ自信も着いてきた。


 予習という概念自体知っていたし、なんとなく馬鹿らしいと今までやらなかった事をやっただけでも学力には効果があった。

 ほんと今更なことなんだけど、それでも今この10代という時期に気付てよかったと思える。


 考えてみれば、バイトでもなんでもそうだが、結局は反復練習である。

 初めてやることは体も頭も慣れてないから難しい。

 けどやる度になんとなくコツを掴んでいって上手くなる。


 頭が悪いなら体に教えこませればいい。

 覚えられないなら何度も口に出して覚えればいい。

 歌だって、ほとんど無意識に口ずさんでいたりできても歌詞を思い出そうと頭の中をこねくり回しても思い出せない。

 でもなんで口ずさめたのか。単純にリズムで音を憶えていたからだ。


 世の中には色んな事が繋がってできている。

 その事に少しだけ気付けただけの話。


 けれど繰り返して覚えるというのは例えばカンフーなんかの武術でもそうなのだろうと思う。

 カンフー映画で「暮らしの中に修行あり」というセリフがある。

 日々の暮らしの中に活かせるものがあるからか、それとも意図的に暮らしの中に組み込めるようにしたのかとかの民間慣習の歴史はよくわからないけど、要するに意識してそれを繰り返す事ができれば武術にも勉学にも応用はいくらでも利くということだ。


 天才にはなれなくても、達人にはなれるわけだ。


「なんか最近調子良いわね。拓斗」

「お陰様でな」


 姉ちゃんにフラれてから2週間。

 完全に元気を取り戻せたわけではないが、それでもどうにか前を向けるくらいにはなっていた。

 今もこうして普通に学校帰りに椎名とバイト先へ向かえるくらいには。


「副業の方はどうなってるの?」

「まだまだだな。動画編集は大変だ」

「ようつべ動画とか観てても色々な動画編集あるもんね。凝ってる人は凄いし面白いし」

「根気がいる作業だからな」


 副業とは言ったが、実際はまだ副業として金を稼げているわけではない。

 デジタル社会で個人でも金を稼げる手段として動画編集を独学しているが、根気のいる作業とセンスを磨く必要がある。

 収益化するにはまだまだ腕が足りない。


「まあでも、現状は今も姉ちゃんの扶養にいるし、中途半端に稼ぐと税金がな」

「……高校生で税金について考えなきゃいけないってのも嫌な話よね……」

「椎名はまだ子どもだからな」

「誰が子どもちっぱいだこら?」

「大人の階段登ってないもんな」

「じゃあ拓斗が昇らせてよ?! ここに幼馴染なシンデレラがいるからっ!!」

「……なんで急にシンデレラ?」

「うるさいばーかっ」


 ちょっと何言ってるか分からないっすね。


「まあでも、ようやくいつも通りって感じね。桃姉の事があったけど吹っ切れ……」

「……姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん……」

「ヤバいスイッチ押しちゃった?!」


 前を向けるようになっただけで、こちとらいつでも後ろ向きなんだよ基本的にさ。

 今も欲求不満だし、姉ちゃんからしか得られない栄養素ってもんがあんだよ……


「情緒不安定過ぎる……」

「……そうか、姉ちゃんは女神だったのか……」

「なんの話してるのよ急に。怖いわよ」


 異常者を観るようなジト目するのやめてもらっていいですかね?

 シスコンなんてこんなもんだ気にすんなよ。

 ちょっと頭おかしいくらいが通常運転なんだよ。

 むしろ俺が「姉ちゃんハァハァ最高」って言ってなかったら薬物かなんかやってる説まである。


「でもどうするの? 今日」

「なにが?」

「明日は桃姉の誕生日じゃん」

「……そうだな」


 姉ちゃんとは「普通の姉弟に戻ろう」と言われた日から連絡は取っていない。取れてないという方が近いだろうか。

 連絡してないというよりも漠然と怖いのだ。

 嫌われていたりしないかとか、そういう不安は拭えていない。


 姉ちゃんは本当はもう俺の事が嫌いで、でも優しいからそういう風に距離を置いているという可能性もあるわけで。

 椎名は気を使って嫌ってるわけじゃないと思うと言ってくれたが、それでも不安は消えない。


「今日さ、拓斗の家に泊まっていい?」

「……なんで?」

「一緒に桃姉に電話したいから」


 椎名が姉ちゃんの事が大好きなのは知っている。

 けれども、どちらかと言えば気を使ってくれているように感じた。

 俺ひとりでは、おめでとうと言えないかもしれないという椎名なりの優しさなのだろう。

 全く情けない男だよな、俺は。

 椎名のこういうところはほんと敵わないといつも思う。


「まあいいけどさ」

「じゃあバイト終わって1回家帰ってお風呂入ったら行くから」

「おう」

「それとも、一緒にお風呂入る?」


 おちょくるような、それでいて少しだけ期待するような子ども心溢れる椎名の顔。

 最近は椎名のいいように遊ばれているように感じる。

 処女のくせに生意気だなこのやろう。


「もうちょい胸が大きくなったらな」

「死ねっ!」

「椎名知ってるか? 巨乳って意外と肩が凝るんだぞ?」

「うるさいあほっ!」


 椎名とのこういう会話に落ち着きを感じる自分もいよいよどうかしてると思うが、これも俺らの日常だったと思い出せた。




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