第79話 腐ってもシスコン。

「……エロゲで、こんなのアリかよ……」


 俺は姉我好先生の新作エロゲをプレイして泣いていた。

 ヌキゲーというよりも泣きゲーに近い。というかほとんど泣きゲーだった。


 病気でとこに伏せる姉がメインヒロイン。

 医者すら匙を投げる原因不明のやまいを前に絶望的な未来しか見えない弟。

 けれどもそんな弟を笑わせようと微笑む健気な姉。


 そんな暗雲あんうん立ち込める日々の中、弟は学校の図書館で1冊の分厚く古い本を見つけた。

 淫魔サキュバスを呼び出す本であり、男から精力を奪い取って延命することが出来る悪魔として書かれていた。


 弟はその悪魔の力をどうにか利用できないかと藁にもすがる思いでその本を読み込み、淫魔を召喚することに成功した。


 これが姉物語の序盤である。

 シスコンに淫魔とワードだけ切り抜けば完全なR指定なのに、どうしてこんなに序盤から重たいのか謎にすら思う。


 淫魔の能力により姉の体調に応じてできることは限られる中で、下手をすれば姉は病状を悪化させてバッドエンド。

 淫魔に隙を見せてしまって淫魔のとりこになって姉をないがしろにしてしまってバッドエンド。

 姉に精力を注ぐことに1回1回成功したとしても主人公である弟の体調によっては弟が死亡してやっぱり姉も死んでバッドエンド。

 姉が淫魔の力を使い過ぎて力に取り憑かれて弟が干涸ひからびて死亡。

 弟が淫魔の力に魅了され過ぎて姉を犯し過ぎでバッドエンド。


「…………姉我好先生、鬼畜過ぎる…………」


 もう何度バッドエンドを迎えたのかわからない。

 しかしそれでも病気の姉が元気になる可能性に掛けて際どい境目を歩き続ける弟。


 バッドエンドは何十通りもある中で、ハッピーエンドは1つしかない。

 ヒロインもメインヒロインの姉とサブヒロインの淫魔しかいない。

 エロゲとしてはやや尖った作品と言えるだろうか。


 それでも俺は泣いていた。

 シスコンによる、シスコンの為のエロゲだった。


 プレイし終えて午前3時。

 姉我好先生から渡されて何日も経っていて、連日プレイしてようやっと。


 俺は泣きながらスマホを取り出して夜中にも関わらず姉我好先生に電話した。


『どうしたんですかポン酢さん。こんな時間に』

「……ひっくッ。……姉我好先生……最高、でじだ」

『ポン酢さんがめっちゃ泣いてる?!』


 その後2時間「姉物語2」をプレイした感想を本人に熱弁した。その間俺は鼻水垂れっぱなし泣きっぱなしだった。


『いやぁ〜やっぱりシナリオライターとしては嬉しいですね。泣いてくれるのは』

「でもやっぱり姉我好先生は鬼畜です」


 俺がそういうと姉我好先生はアハハ〜と笑った。

 悪魔より悪魔なのかもしれないぞこの人。


『そりゃシスコンですから。私はプレイしてくれた人に苦しんでほしいし、ムカついてほしいし、悲しんでほしいし、ムラムラしてほしいし、嬉しくなってほしいんすよ。プレイしてくれた人が10年後、不意に思い出したりして姉我好妹子ふざけんなって怒り出したりしてくれたら、物語を創る者としてその人の人生の一部になれてるって思うんすよ』


 シスコンで変態の姉我好先生のくせに、スマホ越しの姉我好先生の今の顔はきっといい顔をしているのだろうと容易に想像できた。

 創作をしている人の一瞬見せる顔。

 なにかを超越しているかのような表情が俺の頭の中に浮かぶのだ。


「正直、病室で弟が半殺しにされて姉が他の男にレイプされて死んでバッドエンド迎えた時は姉我好先生を殺そうと思いました」

『そうですよ。それが私の望みなんです』

「イカれてんのか」

『だって、これはあくまで二次元の話なんです。けれど、そこまでの感情が出てくるっていうのはそれだけの情熱とか愛情とかあって初めて生まれる感情なんですよ。だから私はこの作品をプレイしてくれた全ての人の全ての感情が嬉しいんです』

「……やっぱ姉我好先生、イカれてるよ。人間じゃなくて作家だよ」

『それは最高の褒め言葉です。ホモサピエンスじゃなくて作家ですね』


 創作をする人の頭の中は異次元過ぎて意味わからない。

 何考えてるんだよって思った。

 でもたぶん、誰よりも創作に向き合ってるからそこ書けるのだろう。

 そもそも、書くようにさせたのは俺だ。

 なら俺の責任でもあるのだろう。


「でも、最後に姉の笑顔が見れてよかったです」

『やっぱりお姉ちゃんには笑っててほしいっすよねぇ』

「そう言いながら何度作中で曇らせてたか」

『曇らせも私の性癖ではあるんですよ』

「シスコンのようで天敵なんじゃないかこの人」

『曇りきった姉に刺されたいという願望が実はあるんですよ。興奮する』

「……まあ、誰かに殺されるなら姉ちゃんに殺されたい気持ちはわからなくはない」

『やはりポン酢さんは盟友ですね。ポン酢さんも創作者こちら側に来てはどうですか?!』

「……これ以上拗れたら俺はそろそろ犯罪者ですよたぶん」

『あはは〜。たしかに私たちはわりと紙一重なとこありますからね〜』


 その後は他愛ない話をして通話を切った。

 ボロクソに泣いて、なんだかスッキリしてしまった感がある。

 攻略を何度も諦めそうになって、何度も最悪を見て、それでも結局自分はどうしようもないシスコンなのだと知った。


「……こんなんじゃ、諦められないよな」


 姉我好先生のお陰で少しだけ前向きな気持ちになれた。

 だから、今俺がやるべき事をしっかりとやっていこうと思う。


 エロゲみたいに何度もやり直せるわけじゃない。

 だから後悔しないように、努力しよう。

 へこたれてる暇なんて微塵もない。

 今の俺が、未来の俺が最も望むルートに進む為に今この時を頑張ろう。



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