第78話 日常。
「……疲れたぁ……」
主任になって新しい職場で1週間。
ひとりのワンルームに帰って来ては異様な疲労感に苛まれる。
ここ1週間はほとんど毎日お惣菜とかばっかりで、タクの居ないこの部屋はより辛かった。
「自分から言ったのにね……」
ご飯を食べる気力もない。
ベッドに横たわり、ベッドに置きっぱなしのタクのシャツを掴んでは顔に押し付けた。
タクが中学生の頃に使っていた制服のシャツ。
普通の姉弟に戻ろうと言ったわたしが、タクのシャツの匂いを嗅いでいる。
「っん」
わかっていた。
もう戻れないことは。
タクと過ごした夜のことを、わたしのカラダは知っている。
自分で慰めているよりも、タクに触れられていた時の方がずっと気持ちよかった。
自分でどれだけ慰めようとも、決して満たされることはない。
タクと肌を重ねている時は幸せだと思った。
最初はタクの気持ちを受け入れるべきではないと思っていた。
けれど、ふたりだけの家族を壊したくなかった。
なにより、嫌ではなかった。嫌われているのではないかといつもどこか怖かった。
「……タク……ッ♡」
タクが触れてくれた所を、快感を思い出そうと自分の指でなぞった。
もどかしいと思いながらも指は止まらない。
タクの指はもう少し太くて、大きくて、男の子の指だった。
物足りなさを感じる。
タクは欲求不満になると指の爪を切る。
いつも通りにしてても、肌を重ねてからはすぐにわかった。
タクは優しいからか、タクから強引にはしてこない。
けれどもいつそうなってもいいように、みたいな下心満載な気遣いは感じてた。
タクはいつも、わたしを傷付けないようにしてくれていた。
家族として、姉として、女としていつもそばにいさせてくれた。
「……イッ♡」
この行為に意味はあるのだろうか。
わたしの選択に意味はあるのだろうか。
「…………」
寂しい快感と疲労感が全身に広がっていく。
それを感じながらぼんやりとワンルームの天井を眺めた。
まどろみの中で、それでも確かにタクのシャツを握りしめながら眠りに落ちた。
☆☆☆
「マジすかポン酢さん……お姉さんにフラれたんすか?!」
「……まだ普通に引き摺ってるから追い込まないでもらえます? 姉我好先生」
「いやぁ私が執筆で修羅場ってる間にそんな事があったとは思ってなかったので。すみません」
傷心を引き摺ったまま、それでも日常は続いてく。
あれからも椎名に慰められたり励まされたりしながら日常生活を続けていた。
そんな中、姉我好先生は
こころなしか前よりも姉我好先生はパンツを嗅ぐ間隔が短くなっているが、それはたぶん俺のせいだろう。姉断の副作用がここにも現れているようだ。
「いやぁ〜姉物語の新作制作に思いのほか時間が掛かりまして。私のシナリオ見て制作陣が張り切っちゃったらしくて大変でした」
「ここ最近連絡なかったので、てっきり姉我好先生は死んでるのだと思ってましたよ」
「死ぬなら、お姉ちゃんの胸の中で死にたいですね。お腹に大穴空いてて吐血したりしてて、お姉ちゃんが涙を流しながらも綺麗な笑顔で抱擁してくれたりしたら絶頂しながら死ねる自信がありますねええ」
「……どんなシチュエーションなんですか。まあ、気持ちはよくわかりますけど」
「愛する人の胸の中で死ぬ。これは人類の最も幸福な死に方ですよね」
「10代の学生と20代の女性がする会話としては世も末ですけどね……」
「シスコンなんですから、そもそも世も末ですよ〜」
時々、俺は異常者なのだと思い出す。
家族愛だとか、姉弟愛だとか、そういうものから
人間の多くは近親や血の近い者との交配をそもそも嫌悪する。
遺伝子疾患や障害を持って産まれてくる確率が上がる為、基本的にはそういう交配を避けるように人間はできているらしいと見たことがある。
だがそもそもどうしてリスクがあるのかという話だが、俺の解釈的にはこうだ。
ガチャの中身が10種類か5種類かの話なのだと思っている。
仮に人が持っている遺伝子情報のうち、子どもに引き継げる可能性のある遺伝子は良いものも悪いものもランダムに5種類だとする。
悪いものと言えば、例えば糖尿病だったりとかは
そう言ったランダムに引き継がれる遺伝子だが、同じ親からだとすれば必然的に選べる遺伝子にも限りはある。
日本食だけの中でランダムに抽出されるか、日本食・中華・フレンチ・イタリアンの中からランダムに抽出するのか、という話であれば色んな料理を食べられる可能性や新しい食べ合わせもあるかもしれない。
割合的な分母は当然増えて、遺伝子疾患となる組み合わせなどを持たずに、どころかそれぞれ違う遺伝子が新しく組み合わさりいわゆる『才能』と呼ばれるものも誕生する可能性はある。
つまり近親での交配はリスクを避けるのと同時により進化する為の手段なのだろう。
そんな中で、俺は半分とはいえ血の繋がっている姉を愛している。
家族としても、姉弟としても、ひとりの女性としてもである。
人類学? 的には進化していないと言えるのかもしれないし、普通の人からしたら俺や姉我好先生は『異常者』と見なされる。
「色々とポン酢さんにはお世話になりましたからね。新作を手渡ししたいと思ったので持ってきたんですよ」
「普通に買おうと思ってたのに」
「そりゃまあ制作陣の1人としては買ってもらった方が利益になりますけど、ポン酢さんにケツを引っぱたかれなかったらこの作品は出来ませんでしたし。お礼です」
「変態のケツを引っぱたくような性癖は持ち合わせていませんがね」
「私の内太ももに『シスコン』って書きまくってたじゃないですか〜」
「……いや、そんなことほんとにしてませんが?」
「………………え?」
「いや、先生、冗談ですよね?」
「…………あれ? そうでしたっけ?」
「先生、流石にちょっとやばくなってますって。病院行った方がいいですよ。
「そ、そ、そ……そんな訳ないじゃないですか〜」
……本格的に姉我好先生の事が心配になってきた。
正直自分のことでわりと精一杯なのだが、この前だと俺が姉我好先生を無理矢理犯したとか言われかねない。
あとで今野さんに連絡しておこう。
姉我好先生の担当編集なんだからどうにかしてもらわないとほんとヤバい。
今野さん、ほんとどうにかしてこの人……
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