第76話 失恋。
恋愛をしている間は薔薇色だとか頭の中がお花畑だとか言うが、確かにそうなんだろうなと思う。
姉ちゃんが居なくなったこの家はずいぶんと寂しく見える。
椎名も1度家に戻ってしまって俺1人で、この家は広すぎる。
そもそも姉ちゃんとのふたり暮らしだってわりと広かったわけで、今の俺には尚更広く感じる。
「……姉ちゃんの部屋、だった部屋もやっぱり空っぽだよな」
土曜日に引越の作業を手伝っていたのだから当たり前だが、やはりそこにはどうしようもないほどの空虚な空間。
姉ちゃんの匂いはそれでも残っていて、それがさらに悲しくさせた。
やらないといけない事はたくさんあるのに、全てがどうでもいい。
勉強も手に付かない。
姉ちゃんは俺を大学に入れるために仕事を頑張っているのに、それも今の俺には意味がないようにしか感じられない。
「憎いほど空は青いな」
カーテンがない質素な窓からは清々しく青空が見えた。
空っぽの部屋の真ん中で意味もなく座ってぼーっと窓の外を眺める。
たぶん今頃はもう授業が始まってて、病欠ということで休んでいる俺は失恋して無駄に時間を過ごしている。
「
今後のことを考える。
考えても意味はないし、どうでもいい。
それでも考える。
姉ちゃんのことを考えると落ち込むし、思い出しては姉ちゃんを不意に目で探してしまう。
「拓斗」
部屋のドアが開いて椎名がやってきた。
隣に座った椎名は制服を着ているが、親には普通に学校に行ったように見せたのだろう。
「拓斗、大丈夫?」
「……大丈夫じゃない。大丈夫ならこうしてない」
「だよね……」
なにもない部屋でただふたり。
学校サボってなにやってんだろうな。
「膝枕とか、してあげようか?」
無言に耐えかねたのか、椎名は上目遣いでそう聞いてきた。
俺はそれに無言で答えるように黙って椎名の太ももに頭を預けた。
「流石に今日は素直ね」
「……そうだな」
椎名の太ももを枕に結局ぼーっと窓の外を眺める。
姉ちゃんよりも細い椎名の太ももだが、わりとここちよい。
「姉ちゃんにフラれて、幼馴染に甘えている俺はいよいよ救えない奴だな」
「シスコンな時点で救えないから」
「……だな」
そう言いつつも俺の頭を撫でる椎名。
ペットの
自虐的な渇いた笑いも虚しいだけ。
「この前泊まりに来た時、桃姉と一緒にお風呂に入ってさ」
「なんだ、自慢か? 泣くぞ?」
「違うよ。その時にね、桃姉が言ったの」
「なにを?」
「ふたりで拓斗を襲っちゃおうかって」
「……どういうこと?」
「たぶん……3P」
「いや待って、意味わからん」
椎名の話曰く、それはどこか投げやりなようにも聞こえたけど、今にして思えばそれは椎名に俺を譲ろうとしているようでもあったと。
けれど姉ちゃん自身の俺に対しての気持ちが冷めたわけではないと思う、とも椎名は言った。
「だから桃姉は、あたしによろしくって言ったのかなって」
「……そりゃ、俺がこうなる事はわかってただろうさ」
「でもあたしのこの話だけだと、まるであたしが桃姉から拓斗を奪いたくて吹き込んでるっぽくなるから、誤解しないでほしいんだけど」
「そんな解釈はしないさ。椎名だって姉ちゃんの事大好きなのは俺がよく知ってる」
椎名は姉ちゃんを裏切るような事はしない。
できないという方がよりしっくり来る。
家族みたいなもので、そういう事をしたくないと椎名は思っているだろう。
……まあ、俺が女心を語れるほど経験豊富じゃないし、現に今朝フラれたばかりの俺の認識や感覚が正しいとも思えてないけど。
「あたしが言いたいのはさ、別に桃姉が拓斗の事をを嫌いになってあんなことを言ったわけじゃないってこと。たぶん、拓斗の為だと思う」
「……そんなこと言うなよ……」
それならいっそ、嫌われてる方がわかりやすくていい。
諦められるわけなんてないけど、そんなことを椎名から言われたらもっと引き摺ってしまう。
普通の姉弟に戻ろうと言われてショックを受けてもそれでも好きなままなのは変わらない。
それで変わるならシスコンなんてやってない。
「まあでもあたしとしては? フラれて落ち込んでる拓斗を甘やかせてお得だけど」
「……そうか」
全部がどうでもよくなりつつある俺がなぜ椎名の太ももに寝転がっているのか。自分でもよくわからない。
ひとりになりたいけど、ひとりになってはいけないような気がするからだろうか。
父さんと母さんが死んだ時はもっと漠然とショックで、でもこれからどうしたらいいのかと途方に暮れていた。
親の保護下の中で何気なく生きてきて、突然姉ちゃんとふたりだけで生きていくことになって。
なんとかそれでも生きてきて、姉ちゃんが居れば大丈夫だって思ってた。
けど今こうして姉ちゃんは離れていってしまって、今度は椎名が居れば大丈夫。そう思っている自分がいる。
何かに依存していないと生きれないのか。
ただでさえ自暴自棄なのに、さらに自分が嫌になってしまう。
結局のところ、俺は全然成長できてないのだろうと思う。
だって今もこうして幼馴染という都合のいい存在にもたれかかっているのだから。
情けないったらない。
しかし立ち上がるほどの元気なんてやはりない。
「椎名」
「ん?」
「失恋って、辛いな」
「でしょ?」
「ああ」
「あたしなんてどうしようもない幼馴染に何度も告白してその度にはぐらかされたりフラれたりしてる失恋のプロだからね。気持ちはよくわかるわ」
「…………すみません…………」
そんなことをドヤ顔で言う椎名はやっぱり優しいのだろう。
その優しさに甘えてしまっている自分は、本当に情けない。
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