第70話 シスコン男は仕事と資本主義を無くしたい。
「椎名」
「なに?」
「ほれ。お返し」
「ん。ありがと」
3月も半ば、姉ちゃんと過ごせる時間もあと半月もない。
秒速5センチメートルの速度で舞い散る桜の花びらは学校からの帰り道も切なく感じる。
「本命? 本命?!」
「……まあ、そんな感じ? 義理……ではない? かな」
「しくしく。そうやってまたあたしを都合よく扱うのねっ」
「よく毎年飽きずにそのネタ擦るよな」
「いいじゃないの! 年一なんだしっ」
これも毎年お約束になりつつある。
戸籍を新たに取得するという選択肢が実質消えてしまった今、椎名との関係性での問題が1つ消えたが、それでもこれからどうするのかは未だ不透明なまま。
こうして今も生返事をしてしまっている。
「椎名、来週姉ちゃんの引っ越し手伝ってくれ」
「仕方ないわね。でもバイトは?」
「すでに店長に空けてもらってる。椎名のシフトも」
「ちゃっかり根回し済みだし。桃姉の事になると優秀になるとかどんだけシスコンなの? 頭おかしいんじゃないの?」
「シスコンってそういうものだ。姉に関することになると常に火事場の馬鹿力状態になれる特殊能力なんだよ」
「シスコンに全力過ぎる……」
正直、引っ越しなんて手伝いたくない。というか単に引っ越してほしくない。
だがそんな事も言ってられないわけで。
「桃姉が引っ越す前に泊まりに行こうかな」
「そうしてくれ。姉ちゃんも喜ぶ」
「……桃姉が引っ越しちゃうのは、寂しいな」
「……ああ」
俺と同様に椎名も姉ちゃんとは長い付き合いである。
本当の姉妹とある意味変わらないどころか、その辺の姉妹よりは仲がいいのではとすら思う。
椎名は小さい頃は姉ちゃんからのおさがりを喜んで着ていた。
おさがりは嫌だと言うのがおおよそ普通だと思うが、椎名からすればおさがりや姉妹コーデみたいなものにも憧れていたのだろう。
「引っ越すから
「やった」
椎名にとっては、新品の服より姉ちゃんのおさがりの方が価値があるのだろう。
俺は男だから、基本的におさがりをもらうことはあまりない。
ユニセックスもので着れそうな衣類とかはたまにもらったりするけど。
シスコンとしては、姉ちゃんの匂いが常時するので最高ですはい。
落ち着くような気もするし、姉ちゃんの匂いに興奮する感覚もあって非常に混沌とした精神状態にはなる。
ちなみに姉我好先生はお姉さんからのおさがりをパジャマにして眠るらしい。
お姉さんに包まれている感覚になってお姉さんが出てくる淫夢を見れる確率が跳ね上がるとか言っていた。
やっぱりシナリオライターとか作家って頭おかしいんだと思いつつ羨ましいなこのやろう。
「まあでも、車を買うらしいから連休取れたら帰ってくるとかは言ってたけどな」
「スーパーとかもそうだけど、サービス業は連休取るの大変だもんね……」
「俺たちも基本的には土日はシフト入ってること多いもんな……」
個人的には土日にシフトが無い方が勉強できるので助かるのだが、それも仕方がない。
学校での勉強に加えて今俺は動画編集の勉強もしているので毎日寝不足である。
ここから姉ちゃんが居ない毎日が始まるとか考えたら死にたくなる。
「今のうちに桃姉と姉妹デートできるか確認しとかなきゃ」
「俺も大概だけど、椎名も病的に姉ちゃんの事好きだよな」
「当たり前じゃない。あたしのお姉ちゃんでもあるんだし」
「シスコンTシャツ持ってるけど、今度着てみるか?」
「……なんでそんな服持ってるのよ……」
「働いたら負けTシャツより高かったんだぜ?」
「シスコンも経済回してるのね」
「椎名が着たらプリントされた文字も見やすいだろうしな」
「やんわり遠回しに貧乳イジりするのやめてもらっていい? 咬むわよ?」
「あ、すみません」
貧乳イジりには流石に敏感だな。
そう言えば「巨乳」Tシャツもあったな。
……うん、このネタ引っ張るのはやめとこう。ほんとに咬まれる。
「引っ越しって具体的には今月末にはもう桃姉は引っ越すの? 4月から新しいとこで仕事なんでしょ?」
「ああ。そうだ」
「じゃあ、今年は桃姉の誕生日は祝えないのね」
「……そうなんだよなぁ」
4月12日は姉ちゃんの誕生日である。
父さんと母さんが死んでからは、毎年俺も姉ちゃんも七島家に招待されてお祝いをしてもらっていたのだ。
けれど今年の姉ちゃんの誕生日は難しいだろう。
新規オープンの3号店であり、忙しいのは間違いないだろう。
できれば、姉ちゃんにおもてなしして散々甘やかしてイチャイチャしたかったなぁ……
早く働かなくていい世の中になんないかな。
ベーシックインカムでまったり姉ちゃんと生きていきたい……。
切実にそう思う。
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