第67話 わからせ・寝取られ・屈服。

「ふっふっふ」

「今年もか、きのこ星人」

「今年こそはタクをきのこ派に改心してあげる!!」


 遅番だった姉ちゃんは疲れも見せずにありったけの袋に入ったお菓子をリビングのテーブルに置いた。

 姉ちゃんとのこの争いも今年で4年目である。


「結局毎年ホワイトデーでたけのこ派になりそうになるのは姉ちゃんの方じゃなかった? いい加減諦めた方がいいと俺は思うんだけど。いくら俺がシスコンであり姉ちゃん大好き弟なのがバレたところで、今更この論争で負ける事はないよ姉ちゃん」


 世間一般的には2月14日はバレンタインデーであり、アオハル展開が定番であろう。

 だが長谷川家は違う。

 キャッキャウフフな甘酸っぱい青春姉弟ラブコメなバランタインなどではないのだ。

 血で血を洗う、わけではなくチョコでチョコを洗うきのこ・たけのこ論争の日なのである。


「我が弟よいざ勝負っ!!」


 姉ちゃんはドヤ顔を晒しながら堂々とありったけのそのチョコをテーブルの上に勢いよく出した。


 全てがきのこ。

 それもご当地コラボから期間限定味のものまで様々なきのこを用意してきたようだ。

 一昔前ならご当地ものは購入するのも大変だっただろうが、今の時代であればいくらでも手に入れる事は可能である。

 だがそれにしても色んな味を取り揃えている。


 姉ちゃんが本気で俺をきのこ派に鞍替えさせようとしているのがわかった。


「どうだっ?!」


 ふっふぅ〜ん! と可愛らしいドヤ顔はシスコンたる俺としてはとても揺れたが、俺はすぐさま論破する。


「姉ちゃん。甘いな。甘過ぎる。そもそもこの手のご当地ものはきのこもたけのこも発売してるのがつねだ。姉ちゃんが用意できるということは、たけのこ派の俺も用意できるということだ」

「……くッ!! 痛いところをっ」


 時刻は深夜2時を回ろうとしていた。

 そんな時間に姉と弟は派閥を掛けた闘いをしている。

 なんともくだらなく、最も愉快な姉弟ケンカ。


 ……まあ、どっちも本気でケンカしてるわけではない。

 あくまでも納得力の勝負という酷く曖昧な基準での闘いなのである。

 どこまで行っても「好み」の延長線上でしかないこの不毛な争いでしかない。


 だが我々日本人は幾度となく争ってきた。

 血の流れることのない争いである。


「だ、だけどタクがそういうのはわかってたよ」

「な、なんだとっ?!」


 ドヤ顔をしていた姉ちゃんは一瞬躊躇った後、おもむろにワイシャツのボタンをいくつか外して谷間をあらわにした。

 どうしてこんなタイミングで脱ぎ出したのかと困惑している俺を他所に姉ちゃんはきのこを1つ掴んだ。

 そしてそのきのこを豊満な谷間にそっと入れた。

 ビスケット部分が羨ましいと思うほどフィットした谷間きのこ。


 姉ちゃんが顔を赤らめていることからわかるのは、奥の手であるということだった。

 恥を忍んでも俺をきのこ派にさせようとする決意に心は揺らいだ。


「ああああぁぁぁぁぁー!!」


 神はなんて酷い仕打ちをするのだろうか。

 この世で最も愛する姉の谷間にきのこを添えるという所業しょぎょう

 姉ちゃんの捨て身の攻撃が俺にとって会心の一撃であることは分かりきっていた。

 だからこそ姉ちゃんはこの手に出たのだ。


 こんなことがあっていいのだろうか。

 男心を猛烈に揺らす文字通り甘い誘惑。

 さらに姉ちゃんは恥ずかしそうにしつつもテーブルに両の手を付いて胸を寄せて胸元を強調してくる。

 ちくしょう……こんなのはあんまりだ。

 挫けそうだ。


 俺は……姉ちゃんのくみするきのこ派に屈してしまうのか……。

 いや、まだだ。

 まだ終わってはいない。


「姉ちゃん。それが姉ちゃんの奥の手?」

「さ、さぁ?」


 正直、俺が童貞だったら屈していただろう。

 姉ちゃんの胸の中で溺れていただろう。

 だが今は違う。


「ならばこちらも本気を出すしかないようだ」


 こちらはまだ手の内を晒していない。

 姉ちゃん自身も俺が動く前に決着を付けたかったのだろう。

 谷間きのこ作戦を早期決行したのも余裕の無さから来るものであり、羞恥心を押し殺しての捨て身である。


「こ、これは……っ?!」

「巨大たけのこだぁぁぁ!!」


 俺は自室から持ち出した巨大たけのこを姉ちゃんの前に叩き付けた。

 この日の為に作った巨大たけのこである。

 市販のたけのこたちをひたすら姉ちゃんにバレないように買い集め、たけのこたちを少しだけ溶かしてはピラミッドのように積み上げて作り上げた巨大たけのこ。


 昔椎名の家からもらったミニ冷蔵庫は俺の部屋にあり、飲み物などを冷やす為に使っていたが、何度もたけのこの表面を溶かしてはくっ付けてを繰り返すためにたけのこ専用冷蔵庫と化していた。


 大きさも幅も1.5Lのペットボトルくらいでしかないが、誰もが1度は憧れる「お菓子の家」のような夢のあるサイズにはなっている。

 たけのこの元のデティールにも拘って何度も調整を加えた渾身の出来である。


「どうだ姉ちゃん?! この大きくたくましいたけのこを見よ!! 」

「ホールケーキ丸齧りみたいな子どもの頃の夢とロマンの塊……じゅるり」

「ほれほれ姉ちゃん。おねだりしてみたらどうだ?」

「わ、わたしはそれでも……くッ」


 姉ちゃんの顔からは葛藤が見えた。

 子ども心くすぐる圧倒的な「デカさ」という暴力。

 大は小を兼ねるという言葉を見事に体現したこのたけのこに姉ちゃんの心も揺らいでいる。


「さぁ姉ちゃん。きのこ派を裏切り、夜の闇の中で泣きながら大きくたくましいたけのこを頬張るといい」


 俺は姉ちゃんの頬を巨大たけのこで軽くぺちぺちと叩いた。

 お菓子とは思えない重厚感と暴力的なチョコの香りに姉ちゃんはさらに葛藤しているようだった。


「さぁ姉ちゃん、可愛くおねだりしてもらおうか」

「わ、わたしは…………」


 馬鹿だと思うだろう。

 全くもってくだらない。

 しかし、俺と姉ちゃんはこの争いにあくまでも真剣である。


 お互いに譲れないものがある。

 だがこの戦いはどちらかが屈服するしか終わりはないのである。


「た、食べさせて……下さぃ」

「姉ちゃん、声が小さいよ」

「タ、タクのおっきくてたくましいたけのこを、食べさせて下さいっ!」

「いいだろう」

「屈辱ぅぅ…………美味しい…………」


 涙目になりながらも姉ちゃんは巨大たけのこを頬張った。

 胸元のはだけた谷間のきのこも寂しげだった。


「姉ちゃん、きのこの前でそんなに美味しそうにたけのこを頬張っちゃって」

「中にもたくさんたけのこがいる」

「無限たけのこだ。きのこには真似できまい」

「……わたしは、もう……」

「これから姉ちゃんはスーパーできのこを見る度にたけのこに寝返ったことによる罪悪感に苛まれながらもたけのこを手にするのだよ」

「た、たとえわたしの食欲は操れても、心だけはいつもきのこが……」

「もう遅いよ姉ちゃん。姉ちゃんはもうきのこには戻れない」


 こうして姉ちゃんはたけのこ派になったのである。

 我が軍の大勝利である。


 個人的には指に付いちゃったチョコを舐め取ってる姉ちゃんがえろくてよかった。

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