第66話 クズ男製造機。

「今日はバイト休みでよかった〜」

「そうだな」


 2月も半ばになり、更に寒くなってきた学校からの帰り道。

 今日はバイト先である居酒屋越前の定休日なのでゆったりとした家路いえじである。


「で、貰ったの?」

「……チョコの話か?」

「もちろんそうでしょ」

「まあ」


 カバンには委員長からもらったチョコがある。

 受け取ってよかったのかはわからない。

 けれど、義理チョコですって感じで気軽に渡してきたので逆に受け取るしかなかった。

 告白3秒前みたいな雰囲気であれば、きっちりと答えを出すこともできたのだろう。


「受け取ったんだぁ」


 ジト目で俺をじっと見てくる椎名。

 恋愛相談という牽制球を受けている椎名からすれば、遂に堂々と宣戦布告したようなものなのだろう。

 ……なんでそれでも仲良くしてるのか俺にはわからん。今日のお昼も俺のとこに来て普通に委員長と楽しげにお喋りしながら弁当広げてたし。


「あの委員長は距離の取り方が上手いな。委員長が敵ならゾッとする」

「まあ、発明ちゃんならな空気感でも作って渡したのはわかるけど」


 委員長の事は嫌いではない。

 だが、手のひらで転がされているような気分になるので個人的には少し気味が悪い。

 将棋やチェスなどのボードゲームとか委員長としても勝てる気がしない。


「あたしとしては、初芽ちゃんに攻略されないか心配なのよね」

「これでもし委員長が生き別れた姉とかだったら陥落するだろうな」

「シスコンめ。そろそろ病名付くわよ?」

「病気みたいなものだろ既に。手遅れだ」

「…………そうね」


 おい椎名、悲しい生き物でも見るみたいな顔するのやめろ。むしろ誇らしい生き物であるぞ?


「まあいいけどね。はい。あたしからもあげる」

「おう」

「言っとくけど、120%本命ガチ恋チョコだから」

「そうか」

「雑っ! 雑すぎるから反応がっ!!」

「って言われてもな……今更感あるし。気持ちは嬉しいけど」


 顔を真っ赤にした椎名が肩で小突くように物理攻撃をしてきた。

 冬の空気に舞う椎名の髪からふんわりと香ってきた残り香はいつもとはどこか違って甘く感じた。


「椎名」

「なに?」

「ひとつ、頼みがある」

「な、なによ?」

「勉強教えてくれ」


 椎名はそれを聞いて少し笑った。

 そしてそれから急にどうしたのかと聞かれて、姉ちゃんとの話をした。

 単身赴任をすることになった事。

 大学に行ってほしいと言われた事。


「そもそも大学に行くつもりはなかったし、正直今もない」

「……まあ、お金の問題は色々とあるとは思うから難しいとは思うけど、あたしも大学には行ってほしいと思ってるし、ていうか一緒の大学に行きたいし」


 上目遣いでそんな事を言ってくる椎名だが、椎名の成績の良さなら俺が行けるだろう大学の偏差値より高いところに行けるだろう。

 椎名の未来を考えるならその選択肢はあまり望ましくない。


 俺としては、大学に行ったとして椎名がいれば個人的には安心できるとは思う。

 それだけ椎名が隣に居てくれるのは心地が良い。

 けどそれは甘えでしかない。

 そうは思いながら、教えを乞うているのだから、やはり俺はとんだクズ男なのだろう。


「姉ちゃんには大学に行ってほしいと言われたけどさ、行ってるような余裕って結局ないと思うんだよな」


 普通の大学で4年、短大なら2年。

 もし仮に俺が超絶頭が良くなって偏差値爆上がりしたとして、そして返済不要の奨学金を獲得したとしても今住んでいる家から行ける範囲しか行けないだろう。

 学費がクリアできたとしても生活費を考えるとひとり暮らしは無理だ。

 姉ちゃんはどこまで想定しているのかわからないが、何があっても夜職とかしてほしくないし、俺の為にそんなに身を削ってほしくない。


「だから、大学に行けるくらいには頭は良くしておきたいけど行く気はない」

「じゃあ、将来どうするの?」

「その為に勉強するんだよ。俺が知りたいのは教科書の内容じゃなくて、椎名みたいに頭の良い奴の考え方とか問題に対しての取り組み方と思考だ」


 教科書丸暗記して東大とか受かったとしても、たぶんそれに意味はないだろう。

 無いとは断言しないしできないけど。


「拓斗はあたしをとても都合のいい女にしたいみたいね」

「すまん」

「はぁぁ……」


 椎名の気持ちには答えずに利用させてくれと頼んでいるのだから、その辺の男女のカラダの関係だけの関係性より厄介だろう。

 クズ男というよりは詐欺師とか或いは犯罪者の方が近いとすら思う。


「……それでも、頼ってくれるのが嬉しいって思っちゃうあたしもダメなんだろうなぁ」

「よっ! クズ男製造機っ!!」

「量産するような機械と一緒にしないでよね?!」

「……怒るとこそこ?」


 たぶん、これからも俺は椎名にもたれかかって生きていくのだろう。

 ほんとにクズだと思う。

 いい関係性とは言い難い。


「けど覚悟してね? あたしが教えるからには余裕で東大行けるくらいには拓斗の頭の中改造するから」

「……せ、洗脳とかする気じゃないよな?」

「洗脳なんてそんな優しいことで済むわけないでしょ?」

「あ、あの椎名さん、とても怖いのですが……」

「大丈夫よ。寝言で円周率唱えてる程度に済ませてあげるから」

「…………それ絶対うなされてるだろ」


 椎名さんの笑顔が怖いです……

 笑顔で糸目になってるからか、地獄なんて簡単に表現できるようなものではないのがわかるほどに怖い。


「最終的にはシスコンでなくなるとは思うけど」

「シスコンじゃなくなったら俺は俺でなくなる気がするんだが」

「安心していいわよ。抜け殻になってもあたしだけは拓斗を愛してあげる」

「……あ、あのぉ、やっぱりさっきの話は」

「もう遅いわ。諦めて?」


 シスコンは俺のアイデンティティである。

 それが勉強漬けでそのアイデンティティが喪失してしまった時、俺はきっと死ぬのだろう。

 どうしよう……真人間になってしまう。


 いや、落ち着け俺。

 俺は生粋のシスコンである。

 例え拷問で目玉をくり抜かれても俺はシスコンであり続ける。俺はシスコン狂である。


 姉ちゃんと暮らすためには必要な試練なのだ。

 そう思う事にしよう。そうでないと耐えれない気がする。


「というわけで次の試験で一教科くらいは満点取ってもらおうかしら」

「……(いきなりハードル高すぎる)」

「まあでも、拓斗なら大丈夫でしょ。バイトの時に見てたけど、効率さえ考えれば勉強ってわりとスムーズにできるものよ」

「さいですか」


 地頭が良い奴の言うことはわからん。

 けどまあ、椎名が言うならそうなのかもしれない。

 そういう事にしておこう。


「頑張ろうね、拓斗」

「おう」


 楽しげに笑う椎名には敵わない。

 少なくとも、椎名より頭が良くなる事はできないだろう。

 けれども前向きには少しだけなれた。


 これからやるべき事をやる為には、あまりにも時間が足りない。

 それでも辿り着きたい未来に少しだけ近付ける気はした。

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