第63話 おまいら夜道に気を付けろ。

「いらっしゃいませー!」

「ありがとうございましたー!」


 委員長はそれから驚くほど普通に仕事をしている。

 それも姉である店長と仲睦なかむつまじく。


「あんちゃん」

「ご注文ですか?」

「生1つ追加ね。てか、あんちゃんは羨ましいなぁ」

「何がです?」

「バイト先にどんどん可愛い子が増えてくじゃないか。くぅ〜!! 青春って感じがするよ全くぅ」

「そんなこと言ってると、奥さんにけつ引っぱたかれますよ」

「そいつは勘弁っ!!」


 愉快なおっさんだ。

 この客はいつも楽しそうに酒を飲む。

 名前は知らんが常連客であり、いつも店長に鼻の下を伸ばしている客の1人だ。


 俺個人としては心中穏やかな気持ちにはなれない。

 そもそも俺は委員長を信用してはいないからだ。

「委員長」としての職務は果たしているとは思う。

 だからその点において信頼は多少なりともある。

 だが信用と信頼はまた別なものである。


「長谷川くん、5番テーブルにこれお願い」

「ああ」


 17年近く生きてきて思った事は、人間とはとても面倒で厄介で信じるのは難しいということだ。

 人の口に戸は立てられない。

 それでも椎名はずっとそばに居て言いふらしたりはしなかった。

 だから楽だった。

 一緒に居て。安心もできた。


 だが、委員長とは付き合いも短いし何を考えているかわからない。

 べつに、俺が実姉を大好きなシスコンである事を言いふらされたところで開き直ってしまえばいいだけの話だし、バレてしまったなら俺はそうするだろう。

 それはそれで問題ない。

 問題ないが、俺にとってシスコンとはある種の性癖である。


 高校生という思春期で許される下ネタの部類の会話でせいぜいあるのは巨乳派・貧乳派くらいなもので、シスコンなんてセンシティブな話は他人には重すぎる。

 どうあっても面倒事が増えるし、高校生活も多少不便になる。


 こう言ったことも、姉ちゃんの事を好きになってから色々と考えていたことのひとつでもある。


「ありがとうございました〜」


 今日の営業も終わり、店を閉める。

 何事もなく委員長は店長の手伝いをしている。


「たっくん、今日は私と初芽はっちゃんで後片付けするから先に帰っていいよー」

「ん、そうですか。ではお先に上がります」

「長谷川くん、お疲れ様」

「おう」


 やはりとくに何事もない。

 だが現状、俺は委員長の俺に対する気持ちを知っている。

 椎名が言っていた事でもあるし、田中太郎、もとい須川が言っていた事も合致する。

 自惚れているわけじゃない。


 そもそも俺はシスコンであり、どうしようもない奴でしかない。

 ので、気持ちは男としては嬉しいが姉ちゃんがいる以上、委員長との恋愛は無い。

 そもそも椎名との事についても考えなくてはいけないのだ。余裕なんてないし、そもそもなんで俺なんだろうかと思う。

 そんなに接点とかなかったはずだし。


「もしもし、椎名? 今電話大丈夫だったか?」

『なに? こんな時間に拓斗から電話なんて珍しいわね。桃姉にフラれた? 慰めてあげようか?』

「勝手にフラれた前提で話進めようとするのやめてくれ。考えたくもない」


 椎名のジャブは重い。

 幼馴染じゃなきゃ1発KOもありえる。

 姉ちゃんにフラれたとか考えたら死ねる。


『で? どうしたの?』

「ひとつ確認しておきたいことがあってな」

『確認?』

「ああ。まあ椎名ではないとは思うんだが、一応な。委員長に俺が姉ちゃんと付き合ってる事を言ってたりしないかと思ってな」

『言うわけないでしょ』

「だよな、すまん。こんな事聞いて」

『なんかあったの?』

「ちょっとな」


 そうして俺は放課後の一件を椎名に話した。

 現状において委員長と繋がりのある者の中で俺と姉ちゃんの事を知っている人間は椎名しかいないこと。


 姉我好先生については椎名はおろか姉ちゃんとも直接面識はない。

 だから姉我好先生が好き好んでわざわざ委員長と接触して言いふらしたりはしないだろう。

 なので姉我好先生は除外する。


『あたしが思うに、初芽ちゃんは上手く立ち回っているだけ。周りをよく見てる子だから。……まあ、だからこそあたしも初芽ちゃんに牽制されてるわけだけど』

「……そうか」


 なんていうか、なんなんだろうな。

 恋愛の駆け引きっていうか、もはや政治だな……

 そのど真ん中にいるのが俺なわけだけど……

 ほんとなんでこんな事になってんだ。

 意味わからん。


 あれか? 人生における何度かあるモテ期的な?

 もしくはこの後死ぬとか?

 人生生きてれば良い事も悪い事も起こると言うが、姉ちゃんと付き合えただけでなく複数の人から好意を向けられてるという幸運が来たから、次はトラックちゃんでも突っ込んでくるんだろうか。


 未成年の学生にも生命保険って掛けれたっけか。

 今のうちに俺自身に掛けて姉ちゃんのふところに金が入るようにしておいた方がいいかもしれない。

 人によってはねたまれるレベルだろこれ。

 ということはトラックか、あるいは夜道に後ろから刺されるとかか。


 ……やばい……

 脳裏に○藤誠がチラつく……


 殺されるなら、姉ちゃんに殺されたいなぁ。

 喉笛かっ捌かれて虫の息の俺を姉ちゃんが曇った瞳で抱きしめてくれるなら喜んで死を受けいれよう。

 それ以外は無理。死にたくない。



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