第62話 委員長、バイト始めるってよ。

「……」

「長谷川くん」

「……なに?」

「この前はありがとう」

「あ、うん」


 3学期も始まったわけだが、相も変わらずバイトはある。

 今日もそのバイト先である居酒屋越前へと向かっている放課後なのだが、なぜか隣には委員長が同じペースで着いてくる。

 椎名からの話では店の上が委員長たちの家でもあるらしいので、目的地が同じであれば必然的にそうなるのは分からなくはない。


「今日は椎名さん、シフトじゃないもんね」

「……ああ。うん」


 俺にとって全くもって不思議な話なのだが、何故か椎名と委員長は仲がいい。というか仲良くなっている。

 少し前までは椎名が俺の所に来ている時に絡んだりとかはしてなかったのだが、今では露骨に椎名と話している。

 てかなんなら椎名も俺に話しかけるより委員長と喋っていることの方が増えている。

 まあべつに嫉妬とかしてるわけではないし、そもそも俺はシスコンである。

 流石に「どうでもいい」とはまでは言わないが、仲良くしてる事についてどうこう言うつもりはない。


「で、なんで委員長は俺と一緒に帰ろうとしてるの?」

「なんでって、私もお姉ちゃんと一緒に働くことにしたんだ。だから今日は長谷川くんと一緒のシフト」

「そうか」

「うん。お姉ちゃんからは長谷川くんはあんまりお喋りとかしないけど仕事熱心って聞いてるし、色々教えてほしいし」

「仕事熱心ではない。ただ早く帰りたいから効率的に仕事してるだけだ」


 なぜなら姉ちゃんに会いたいから。

 なぜなら姉ちゃんが大好きだから。


 家に帰ったら天使がいるんだぞ?

 そりゃ早く帰りたいだろうて。

 後片付けなんかは仕方がないから手伝っているが、たしか経理上は22時できっかり上がっている事になっている。

 高校生であるので仕方がないわけで、細かな時給をつける訳にはいかない。

 サービス残業の代わりに余った食材とか料理とか貰ってるので個人的には問題ないが、きっかり帰れるなら帰って姉ちゃんと過ごしたいには越したことはない。


「それも込みで仕事熱心って言ってるんだと思うけどね。私も長谷川くんはそういう人だと思ってるけど」

「個人がどう思おうがどうでもいいけど」

「そっか」


 シスコンなんて、他人がキモがる最たるもののひとつである。

 他人の目を気にしていたらシスコンは名乗れない。

 シスコンとは強く生きる者なのである。


「長谷川くんってさ、ほんとに椎名さんと付き合ってないの?」

「付き合ってない。幼馴染」


 10代の学生というものは他人の色恋沙汰が好きな習性が強い。

 故に非常に面倒臭い生き物である。

 恋だの愛だのをなんとなく知っている程度から興味を持ってあれこれ聞いたり接してみたくなるのは好奇心旺盛な若いうちであれば仕方がないのだろうが、俺からしてみれば非常に面倒臭い。


 お前もその若い10代の男子高校生じゃないかというツッコミもあるだろうが、それでも面倒臭い。

 周りの目を気にしてはシスコンは生きられないとは思っているが、シスコンであることを公言して回りたいとまでは思っていない。

 面倒事が増える事は嫌だからだ。


 中学生の頃の修学旅行での夜なんて最たるものだった。

 さっさと寝ればいいのに浮かれている連中が恋バナ大会だとか言い出してほぼ強制的に好きな人を言わせるクソみたいな日本の伝統芸の謎の同調圧力を駆使して白状させるイベントが発生するからである。


 好きな人はいないと言っても「隠してる」とかのたまう。

 本当にいないやつだっているだろうに。

 そのうち、言わないという事はお前は実は異性じゃなくて同性が好きなのかと挙句の果てには勝手に解釈して気持ち悪がられる。


 胸糞の悪い話だ。

 だから無難にやり過ごしたい奴は大抵クラスや学校で人気のある異性の名前を上げてやり過ごす。


 俺はわりとひねくれ者である自覚があるが、こうなったもの姉ちゃんを好きになってからであり、つまりは現時点での人生で言えばわりと最近な事である。

 姉ちゃんを好きになって葛藤したり姉断をして好きじゃなくなろうとしたりとした結果の今なわけである。


 だから達観しているわけではないが、かといって子どもみたいな純粋さもない。

 大人と子どもという括り方自体が誰かの都合のいい縛りにしか見えないし、精神と年齢が真逆な人間なんて山ほどいる。


 つまり俺が言いたいのは、委員長もわりとしっかりしてる方の人間に見えるとは思うのだが所詮しょせんは年相応の奴であるということだ。


「じゃあ、好きな人はいたりするの?」

「いるし付き合ってる。そしてこれ以上話す気はない」

「そっかぁ……どんな人なんだろう」

「想像におまかせする」


 どうせ都合のいいように解釈される。

 人間なんてそんなものだ。

 だからどうでもいい。


「もしかして、長谷川くんのお姉さん、とか」

「…………は?」


 おい、もしかして椎名がバラしたのか?

 いや流石に椎名もノンデリではない。

 こんなセンシティブな話をうっかり話すようなら俺は椎名と幼馴染は続けてない。

 だから椎名は漏らしてないと信じたい。


 じゃあ、こいつはどうやって……


 委員長は後ろ手で俺の顔を覗き込みながら魅惑の笑顔を浮かべている。

 女を強調するように胸を張って見せ付けるこの女を俺は今、最大限に警戒している。

 この女の「委員長」という肩書きは敵に回すと厄介極まりない事を俺はよく知っている。


「当たり?」


 そう言って不敵に微笑む委員長。

 ただの女装を男子にさせたい性癖なだけの頭のおかしい委員長のままだったら良かったのにと思った。

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