第61話 相性。

「はぁい、じゃまあまたね山田ちゃん」

「また来るよママ」

「山田さんまたね〜」


 スナックあつこにはわたしとママだけになった。

 常連客の山田さんは明日が早いらしい。

 サラリーマンは大変だ。


「で? どうなのよ?!」

「な、なにがっ?!」

「なにって弟くんとよぉ〜」


 にやにやしながらわたしとタクとの事を聞いてくるママ。

 長期休みだったのわけだし、そりゃあなんかあったでしょうとのこと。


「まあ……うん。シたけど……」

「シたけど?」

「なんか恥ずかしいからやだ」

「べつにどんなプレイしたとか聞きたい訳じゃないわよ〜。お互い初めてだったんでしょ? 大丈夫だったのか心配でもあるのよ」

「……まあ、うん。……とても、良かった……♡」

「あらまあモモちゃんったら女の顔してるわねぇ」

「恥ずかしいからそれ以上からかわないでっ!!」


 思い出しただけでも恥ずかしい。

 その恥ずかしさと同時に下腹部の奥の方がうずく。

 今まで知らなかった快感と幸福感は今でも鮮明に思い出せる。


「痛くなかった? 一応弟くんも初めてなんでしょ? いきなり挿入とかされなかったの?」

「ちゃんと色々と……してもらった後に? うん。最初の一瞬だけちょっと痛かったけど」

「良かったわね。経験ない男子高校生だから、いきなり挿入されて激痛に耐えたりとかしてるかもとか思ってたけど、愛されてるわねぇモモちゃん」

「……正直、弟となら毎日シたい……」

「意外と性欲強いのね。いや、目覚めたというのが正しいのかしら」


 ものすごく体力使うし疲れるけど、なんか精神的に凄く元気になった。

 なんといえばいいのだろうか。

 気力? が回復した感じ?


「でも弟くんって高校生1年生でしょ? 毎日できると思うわよ。年頃だしシモも元気でしょうし」

「だ、だよね?!」

「まあでも、ちゃんと避妊はしとかないと大変よ? ゴムは付けてくれたの?」

「何も言ってなかったけど、付けてくれてて。ローションまで用意してくれてた」

「めっちゃ気合い入ってたのね弟くん。羨ましいわぁ。愛され過ぎじゃない? アタシに弟くんちょうだい?」

「めッ!」

「見事にブラコンね。妬けちゃうわ」


 タクは、わたしの事をとても大事にしてくれる。

 避妊とかだって、とても意識してたように思う。

 わたしとタクのふたり暮らしの中で、1番大事なことだろう。

 今わたしが妊娠してしまったら、生活は一気に苦しくなる。

 だからやっぱり毎日とかはリスクもある。

 避妊具を付けても、ピルを飲んでも妊娠するリスクがなくなるわけではない。


「近親での性行為ってカラダの相性がいいって噂、本当みたいね」

「そうなの?」

「そうらしいわよ。アタシも実際身の回りでシてる人はモモちゃんが初めてだから統計取れてるわけじゃないけど、一例が実証されたわね」

「近親って言っても、半分しか血は繋がってないけどね」


 唯一血の繋がりのある家族のタクですら、半分だけしか血の繋がりはない。


 たぶん日本中、世界中探せば親戚とか血の繋がりのある人ももしかたしたら見つかるのかもしれない。

 お母さんもお父さんも孤児だし、出生について詳しく聞いたことはなかった。聞くこともできなくなった。


 もし血縁者が現れたとしても、わたしとタクにとってそれは家族ではない。

 いまさら家族と言われても、わたしもタクも受け入れる事はできないと思う。


「仲が良くていいわね。アタシは家族とは絶縁状態のままだったから、そういうのは少し憧れるわね」

「……色んな家族があるからね」


 ママはどこか寂しそうにそう言った。

 ほとんど飲みかけのグラスを眺めているママの背中はいつもより小さく見える。

 今でこそジェンダー問題は多少世間に受け入れられたりもしてはいるけど、わたしが学生だった頃はまだあまり受け入れられてはいない印象だった。

 なんならイジメの対象だったりもした記憶すらある。


 世の中、家族であっても心の距離はあるのだろう。

 わたしとタクの今の距離が近いように、遠い事もあるんだと思う。

 世代差の価値観の違いとか、それまでの生き方とか、重ねてきたものは違う。

 だからこそ受け入れられないこともあったり、受け入れられたりできることもある。


 人って、家族であっても難しい。

 今のわたしとタクが上手くいってるのはある意味奇跡みたいなものだ。


「弟くんとは末永く仲良くしなさいな」

「うん」


 それでもママは優しげな笑顔を浮かべた。

 この人は強いのだろう。

 あるいは弱いのだろう。

 自分の弱さに向き合ってきた人の強さ。


 優しい人は大体みんな、人の痛みを知ってる人だ。

 痛みを知ってるから、人に優しくできる。

 そうじゃないなら、それはただの下心か親切なだけだろう。


「じゃあわたしもそろそろ帰るよ。お会計お願いします」

「はいよ」

「……や、安くない? いつもより」

「なかなか聞けない話を聞かせてもらったからねぇ。値引きよ」

「え、でも……」

「べつに儲けが欲しくてこの仕事してるわけじゃないのよアタシは。株で儲けてるし」

「その頭脳が羨ましい」

「まあだから、長く通ってくれる方がアタシとしては有難いのよ。たとえ1、2杯でもね」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「甘えるのは弟くんにでしょうに」

「それはそれ、これはこれだよママ」

「とは言いつつも満更でもない顔のモモちゃん」

「…………」


 結局ニヤニヤしながら「惚気けちゃって〜」と茶化されてしまった。

 今のわたしは幸せだ。

 たしかにそう言える。

 タクと居られているだけでも幸せだ。


 生活は貧しい方ではあるし、タクとふたりでどうにかってレベルでそこまでの贅沢はできないけど、それでも幸せだ。

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