第58話 優しい嘘か、残酷な本音か。
「拓斗、絶対ちゃんとカップルしてよね?」
「……あ、はい」
姉ちゃんとの朝ごはんを食べた後、俺は椎名に連れられて福袋を買いに来させられていた。
福袋と言うからてっきり服とかアクセサリーとかその
だが来てみれば人気のスイーツ店のスイーツ福袋らしい。
おひとり様1点限りの福袋なのだが、カップル来店ならおひとり様2点まで購入可能になるらしい。
要するにカップルで来れば福袋を4つ購入できるということだ。
「そんなにスイーツ福袋なんて買って、正月太りするぞ」
「……きっと胸にいくはず……きっと胸にいくはず……あたしはそう、グラマラスボディ……」
椎名さん、耳を塞いで俯いてそんな事を呟かれると怖いんですが……
必死過ぎるだろ。てか自分に言い聞かせてまでその限定スイーツを食べたいものかね。
甘いものは俺も嫌いじゃないけど、何事もほどほどがいいと思う。
「おーい、椎名さんや」
「……っはッ?! ここは……そうか、福袋を買いに来てたんだった……」
「おかえり」
「ええ。ただいま」
ようやく現実逃避から帰ってきた椎名。
正月でも世の女性は気が抜けないらしい。
……いや、現実逃避してるから違うか、たぶん。
「か、カップルだから」
「お、おう」
ほんのりと顔を赤らめつつ腕を組んできた椎名。
自称グラマラスボディらしい椎名のささやかな胸の感触も冬故の厚着でよくわからない。
昨日今日と状況だけ見れば俺は相当なクズ男なのではないだろうか……
姉ちゃん抱いた翌日に幼馴染とデート、デート?に
いやでもカップル購入特典があるからであって、カップルではないんだよな。
これって実際どうなんだろうか。
詐欺? でもカップルってどのみち自称してるだけの関係性でしか表せないよな?
結婚は婚姻関係を示す書類やらがあるし、戸籍だとかを取り寄せれば証明が可能である点、カップルは男女のペアという表現の延長線上の表現でしかない。
つまりは店側の明確な購入についての規約などがないとカップルかそうでないかの線引きについては曖昧なままでいいわけだ。
それにお店側的には無料サービスではなく購入できる限度が増えるというだけで損はしていない。
「まあいいか」
「どしたの?」
「いや、なんでもない」
「そう」
世の中は酷く曖昧で歪んだ線引きで廻っているのだなぁとしみじみ思う。
「てか今日はなんか拓斗、機嫌がいいわね」
「そうか?」
「うん。なんか気に触る」
「……さいですか」
確かに今日の俺は機嫌がいい方だろう。
念願叶ったわけである。悲願と言っても過言ではないだろう。
だがそんなに顔に出ていたのか。
いや、椎名との付き合いだ。こういう些細な変化にも気付かれてしまうのもまた幼馴染の弊害というものである。
「……も、もしかして」
「な、なんだよ」
「も、桃姉と……ヤッたの?」
「……まあ、概ねはそのような感じの……はい」
「……そう……」
そう認めた瞬間、俺の腕を掴む椎名の手に込められたのがわかった。
こういう時、息をするように嘘が付ける人を不意に羨ましいと感じる事がある。
俺はこういう時に嘘を付けない。
付いてもすぐにバレるから。
椎名を傷付けたいわけではない。
幼馴染であり、家族みたいなもので。
でもそれを言うなら姉ちゃんとは文字通り家族なわけで、その矛盾がいつまでもジレンマなまま歪んだ価値観で進んで今に至る。
「……ほんとに、桃姉とシたんだね」
「……ああ」
謝るのはたぶん違うから、謝ることもできない。
けれど今になって罪悪感みたいなものが頭の隅でまとわりつく。
責任を取る・取らないの話をしたが、俺はまだそもそも人様の責任を背負える年齢ですらない。
けれど、取れるなら取ってでも守りたいと思うのは姉ちゃんと椎名で、それでも現代の価値観ではそれも難しい。
経済的な話にもなるのだろう。
簡単な事じゃない。
責任がどんな意味になるかも形は色々とあるだろうけれど、やはり難しい話で。
「椎名?」
沈黙の中歩いていたが、椎名は腕を掴んだまま下を向いて立ち止まった。
「……ごめん」
「なんで、椎名が謝るんだよ……」
「うん、ごめん。……覚悟してたのに……」
そう呟きながら下を向いたままで。
俯いたその頬からは涙が流れているのが見えて、どうしていいかわからなくなった。
「……拓斗が、他の人を好きになってくれていたらよかったのにって、いつも思う。あたしじゃなくてもいいから」
「…………」
「そうしたら、嫉妬して、ムカついて、ムキになれた。けど……桃姉は恨めない……」
一筋の涙は大粒になり、道端で声を出して椎名は泣き出した。
「まだそれでも……チャンスはあるって……思ってて……」
それでも椎名は俺の手を離さない。
俺からはそれを解けないし、解くわけにもいかなくて。でもどうしていいかもわからない。
正解があるなら教えてほしい。
ハーレムエンドなんてのは都合が良すぎて気持ちが悪い。
だから俺は椎名に「それでも俺を好きでいてくれ」なんて言えないし言いたくない。
しかし諦めてくれとも言えるわけではない。
だからたぶん俺の弱さのせいでこうなっているのだろう。どうしていいかわからずにずっと曖昧してきてしまったわけで。
「……ねぇ拓斗……」
「…………」
「あたしは、どうしたら、いいのかな……」
椎名はそう俺に問いかけて、俺の腕に顔を押し付けて泣いた。
その問いに答えられるだけの答えを俺は持ち合わせていない。
神のみぞ知るようなその問いかけに俺なんかが答えられるわけもない。
「拓斗は……桃姉の事、好き?」
「……ああ」
生まれ変われるなら、俺は嘘つきになりたい。
その方がずっと楽に生きられるだろう。
「……そっか」
嘘が付けないのは残酷なことだ。
「……あたしも、桃姉の事、好きなんだ」
家族としてか、あるいは人として好きか。
もしくはその両方であり椎名にとってもお姉ちゃんであって、だからこうして俺のせいで傷付いている。
だからなのか、気が付いたら雨が降り出した。
追い打ちをかけるみたいで、どうしていいかわからないのに雨は熱を奪っていこうとする。
「とりあえず、雨宿りをしよう椎名」
「…………うん」
椎名がどこかへ行ってしまわぬように手首を掴んでただひたすらに走った。
それはある種の傲慢な気持ちかもしれない。
椎名を傷付けておきながら、放っておけなくてこうして走っている。
けれども今、椎名の隣には俺しかいない。
こんな時に、椎名を好きでいる他の男が傍にいればきっと違うのだろう。
こんな事にはなってなかったはずだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
お互いどこに向かって走ってるかもよくわからなくて、街の景色なんて目には入ってない。
ただ見つけた
雨で椎名の泣き顔はよくわからなくなって、それが俺の罪悪感を少しだけかき消した。
ここから先、この後をどうしようか。
どうしたらいいのだろうか。
今なら神にだって縋ってもいい。
「……拓斗、ここ……」
「ん? ……い、いや、違う。そうじゃなくて……」
椎名が何に気付いたのかと思えば、俺たちが雨宿りをした場所の軒下はラブホテルの入り口だった。
……神は悪戯が好きなのか、あるいは悪魔か。
こんな状況で、どうしろっていうんだ。
神に縋っても、人生ろくな事がないのがよくわかった。こんなにも早く分かるなんて思いもしなかった。
雨はさっきよりも強くなって、ますます帰れなくなってしまった。
正月の雨で体温はみるみるうちに下がっていく。
濡れた衣服や身体は冗談じゃなく堪えた。
「……休憩、する?」
そう提案してきた椎名の目はどこか自暴自棄なようでもあって、けれどもそれ以外に選択肢は無くて。
きっとあとから考えれば他の選択肢だってあるのだろう。
けれど、今の俺と椎名にはそれしか選択肢はないのだ。
「……休憩、するか……」
「……うん……」
俺は……どうしたらいい?
誰か、教えてくれよ。
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