第53話 シュレディンガーの。

「ねぇ拓斗」

「ん? なんだ?」

「あれで、よかったの?」

「わからん」

「なにそれ」

「あれ以上どうしろと? 俺ら他人にできることなんてないだろ」


 椎名とふたりで帰りながら店長たちの話なんてしたところでとくに意味なんてない。

 けれど椎名は納得してないようだ。


「そもそも俺は委員長の事とかよく知らんし」

「……薄情だなぁ」

「まあでも、兄弟姉妹なんてのはまた別の距離感とかあるわけだし、あとは当人同士でどうにかしてもらわないと困る。俺の役割は1度引き離して冷静にさせることくらいが関の山だ」


 姉妹間の、ましてや進路の話にクビを堂々と突っ込めるほど俺は偉くはない。


「……そういうのもなの? 姉妹とかって」

「さぁな。それぞれあるだろうし、俺だってわからんよ」

「……そっか」


 椎名は一人っ子だから、そういう繋がりでの感覚は人より分からないこともあるのだろう。

 それは仕方のないことだ。

 かと言って俺だって人様に言えるほどわかってるわけじゃない。

 ましてや俺は姉ちゃんの事が好きで、それは性的にも家族としてもだから、多分他の姉弟の関係よりねじれて見えるかもしれない。


「あれ以上踏み込むなら、店長たちの人生に片足どころか両足突っ込む覚悟でもないと無理だ。そして俺はそんな覚悟はない」

「……そんなに覚悟とか、必要?」

「必要だと俺は思ってる。俺が委員長に死ねと言えば死ぬかもしれないし、公務員になれとか言えばそうなるかもしれない。人様の人生をそこまで歪めるだけの仲じゃないって話だ」

「わかんない」


 勉強はできても、こういうのはまた別の話だから仕方ない。

 人との付き合い方で考えも変わるだろうし、更新されてくものでもあるだろう。

 俺はずっと姉ちゃんとの関わり方とか、そういうので悩んでいたからだが、人それぞれ考える時期とかタイミングってのはあるだろう。


「たとえば椎名は俺と幼馴染だろ?」

「うん」

「俺からしたら兄妹みたいなもんだ。だから多少の無理も聞くだろうし、無理も言えるだろう」

「まあ、そう。かも」

「さっきの事だって、椎名から連絡来てなかったら俺は来なかっただろうしな」


 仕方ないから来た。

 別に居酒屋越前が無くなったとしても別のバイト先を探せばいいだけの話だ。少なくとも俺からしてみればそれだけだ。


 もちろん居心地はいいし、まかないも食べられるから無くなるのは惜しい。

 けれど、そこまでしてでも大事かと言われればそうじゃない。

 優先順位を付けるとすれば、俺のこれからの人生の現段階においてはそこまで重要じゃない。


「関わる全ての他人の人生に首なんて突っ込んでたら、大事な人の大事な時に関われなくなる。無償の愛なんてあげれるほど俺らは全知全能でもないんだよ」

「無償の、愛?」

ようは神様じゃないからそこまで店長たちの人生に責任持てませんって事」


 愛を語れるほど人生経験豊富ではないのでそこの説明はできん。


「俺はまだ責任取れるほど大人じゃないけど、責任を取りたいって思えるのは姉ちゃんと椎名の人生くらいだ。あとは無理。手一杯だし俺には手も足も2本ずつしかないから無理っ」

「なにそれ〜」


 俺になにができるというのか。

 現状姉ちゃんの扶養に入ってるだけの高校生だ。

 責任だって取れないし、結婚すら法的にできない歳なのだ。

 こうやって頭を悩ませてるだけしかできない。


「でも、あたしの人生の責任は取ってくれるんだ?」

「まあ、仕方なく?」

「それは結婚してくれるって事でいいんだよね?」

「それはわからん」

「……そこはカッコつけて言ってくれたらよかったのに……」

「責任の取り方も色々あるだろ? たぶん。知らんけど」


 カッコつけて無責任な事は言うもんじゃない。

 自分の首を絞めるだけだからな。


「でも最後、新年の挨拶して店出たのはちょっとカッコつけてたでしょ?」

「カッコつけてないし。そう言えば言ってなかったなぁと思って言っといただけだし?」

「ふぅ〜ん? そっかぁ」

「おい笑うな。恥ずかしくなるだろうがっ」

「べつにぃ? ふふんっ」


 ちくしょう。黒歴史がまた新たに……。

 これだから幼馴染ってのは嫌なんだよなぁ。

 恥ずかしいとことか全部知られてる感というかなんというかさ。

 まあお互い様なんだけどもね。


「でも、ありがとね。止めてくれて」

「……まだ止められたかわからんぞ。シュレディンガーの姉妹喧嘩だ」

「仲直りしたのを観測するまでわからないってことね。こんな言い回しをされるなんてシュレディンガーも思わなかったでしょうね」

「だから結果はお楽しみだ」

「喧嘩の仲裁してシュレディンガーの話になるとは思ってなかったわ……」

「エンターテイナーだろ?」

「……そうね」


 しょうもないことを言って椎名を呆れさせてやったぜ。

 まあでも実際どうにかなってるだろう。

 お互いの事を想ってるの喧嘩みたいだったわけだし。


「……てか、湯冷めしたな」

「お風呂上がりだったの?」

「ああ。風呂から上がったら椎名から連絡来ててそのまま来たからな」


 姉ちゃん、寝てるだろうか……。

 場合によっては寝てるな。晩飯前にお風呂も今日は入ってたし……。


「また卒業が遠のいた気がする」

「何の話?」

「いや、なんでもない」


 ガックリとしつつ椎名と別れて帰宅した。

 ソファで眠りこける姉ちゃんがいた。

 しょんぼりとしつつも姉ちゃんの寝顔に癒されながらブランケットを掛けた。

 正月早々に風邪を引かれては困る。


「……ぬぅぅぅっッ」


 俺は声にならない叫びと共に自室に戻って寝た。

 神がいるとするならば、絶対遊んでやがる……

 童貞を虐めやがって……泣くぞこらっ。

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