第52話 理由と気持ち。

「……どうして、長谷川くんがこんな時間にいるの?」

「家が近所だからな。そんな事より、俺のバイト先でもあるしこれ以上破壊されると後始末が面倒だからとりあえず話し合いだ。どうしてこうなってる?」

「たっくん、その……」

「いや、1人ずつ話を聞こう。ふたりとも落ち着いてもらわないとこっちも困る」


 入って早々の断片的な会話からはくだらない内容ではない事はわかった。

 この店のことなのだろう事。

 委員長の将来と絡んでいる事。


 ……正直、たかが高校生如きの俺が聞いていいような内容ではない。

 だがもうこの姉妹喧嘩に介入してしまっている。

 今更後には退けない。


「椎名、悪いが店内の掃除を頼む」

「う、うん」

「怪我しないようにな」

「ありがと」

「とりあえず委員長、こっちの部屋に」


 いきなりの登場故にどうにか混乱気味のふたりに割って入ることができた。

 このまま1度分断してお互い冷静になれる時間を作るしかない。


 よく椎名とも喧嘩するが、椎名が感情的になっている時は物理的な距離を空けて椎名が冷静になるのを待っている事がよくあるし、俺が十中八九悪い時はただひたすら謝罪である。

 椎名の正論はほんとに堪えるんだ……。

 痛いとこガンガン突いてくるんだ……。

 あれはオーバーキルだぜマジで……。


 俺は委員長を別室に連れて来て椅子に座らせた。

 しょうもない口喧嘩くらいなら、こんな事なんてしなくたっていい。

 だが既に皿が割られていて、お互いの頬は赤い。

 椎名が怪我をするリスクもある以上、なにかあればこちらも法的措置を取る必要すらある状況。


「どうしてこうなってるんだ?」

「……私は大学に行きたかったから、その話でよく揉めてたの……」

「進路の話か」

「……うん」


 委員長と俺は似た家庭環境にある。

 20代の姉が保護者であり、お互い2人だけの家族。

 進路で揉めるとすれば、必然的に保護者である姉との話し合いになる。


「どうして大学にそこまで行きたいんだ? いや、今の時代、Fランでも大学卒業してないと就職とか金とか困るのはわかってるんだ」


 高卒よりはFランの方がマシ。

 そういう認識があるのは知っている。

 それが一般的かと言えばまた違うという人もいるだろうし、名の通った大学じゃないと話にならないとか、色んな価値観もあるだろう。


「……経営学とか、そういうのを学びたくて」

「たしか文化祭の時はメイド服作りがメインだったけど、会計みたいな事もしてたな」

「うん」


 クラスの委員長だけあってその辺の事も委員長に丸投げ状態ではあったが、実際適任だったとも思う。

 俺自体はメイド服なんて着せられて文句言ってただけが、なんだかんだ女装メイド喫茶はいい売上を出していた。

 経営のセンス自体は多少なりともあるのかもしれない。


「経営学を学びたいのは、この店の為か?」

「……うん」


 委員長は俯きつつも頷いた。

 店長がこの店を大事にしているのは委員長も知っているのだろう。


「そうか」

「その為に勉強頑張って、返済無しの奨学金貰えるようにしようと思ってたし、委員長とか内申点稼げる事もしてた」

「将来見据えてて偉いな」

「……詩織姉が、今で手一杯なのはわかってるから……」


 委員長は店長が家でも居酒屋経営で頭を抱えているのを知っているのだろう。

 実際、経営なんて簡単なことじゃないだろう。

 それでも今までこの店が経営出来ていたのは昔からの常連客がいるからだ。


「委員長の気持ちと理由はわかった。向こうの手伝いしてもらってもいいか?」

「うん」

「あ、最後にひとつだけ、いいか?」

「なに?」

「大学に行きたい理由とか経営学の話は店長にしてたのか?」

「……それは、してない」

「ってことは、委員長は大学に行きたいって主張しか店長にしてなかったって事か」

「うん」

「わかった。ありがとう」


 委員長を部屋から出して、店長と入れ替わってもらった。

 現状は姉と妹のすれ違いでこうなってるのだろう事は予想できる。

 あとは折り合いをどう付けるかだが、やっぱり簡単なことじゃないのだろう。


「どうしてこうなったんです?」

「……初芽はっちゃんにお店手伝ってほしくて……」

「大事なお店ですもんね」

「……うん」


 お互いに真剣なのだろう。

 だからこうして喧嘩になっているわけで。


「もちろん、はっちゃんには大学行ってほしいって私も思ってる。大学でしか学べない事もあるのはわかってて、はっちゃんの人生でもあるから……」


 姉として、それなりに妹である委員長の事も考えているのだろう。

 俺はあくまでも弟で、姉ちゃんの気持ちを全部汲み取れるわけじゃない。

 けれど、店長の表情はどこか姉ちゃんと重なって見える。


 姉であり親である。

 だが、歳の近い妹の人生にどこまで介入していいのかという葛藤とか、大事なお店を守りたい気持ちとかが入り組んでて複雑なのだろう。

 学生でしかない俺には想像もつかない苦悩なのだろう。

 だから安易に「気持ちはわかります」なんて言えやしない。


 責任を背負っているのは店長なのだ。

 もし経営がこれ以上傾いて失業したならば、現状維持も出来ないわけで、大学もなにもなくなってしまう。

 太ももの上で握られた店長の拳からは自身の無力さが感じ取れた。


「私がさ、大人として、保護者として不甲斐ないのはわかってるの……」

「そんなことはないでしょう。今までこの店が経営出来てて、妹も高校に通えてる。立派過ぎると俺は思いますよ。うちの姉ちゃんみたいで凄い事だ」


 姉ちゃんがいつも頑張ってくれてるのはよく知っている。

 生きる為には働かなくてならない。

 けれど、もし姉ちゃんだけなら、身内親戚の居ない姉ちゃんだけなら生活保護でお国の税金生活なんて事もできはする。


 まあ姉ちゃんならそんな事はしないだろうけど、選択肢としてはある。

 結婚して落ち着いたりもあるだろう。


 20代の女性の時間を妹や店の為に使うというのは、事情を知らない他人からみれば随分と勿体ないことをしていると思われるかもしれない。


「はっちゃんはね、私なんかより頭も良いし、手先も器用で、きっと私より上手くお店の経営もできると思う。私としては、一緒にこの店を守ってほしいって思ってて」


 今を守る店長と、未来を守りたい委員長。

 俺は委員長の事よりは店長の事の方が知ってはいる。

 けれど、普段接している部分から見えるものとはまた違う悩みや考え。


 直近で聞いていた椎名からの話。

 今の喧嘩と、委員長の俺に対しての気持ちはちぐはぐに見える。

 けれど、悩みなんてのはたくさんあるし、抱えてるものはいくつもあるだろう。


「……私はどうしたらいいんだろうね……」


 その問いに俺は応えられるような回答は持ち合わせていない。

 知識も経験則もないし、根性論を叩き付けるようなことも出来ない。

 正しい答えなんてのがあるとも思えない。


 正しさなんてのがクソの役にも立たない事はよく知っている。


「経営学を学びたいらしいですよ」

「……え?」

「妹さん、もとい委員長が」

「…………」

「その為に勉強頑張ってるらしいです。返済無しの奨学金貰えるようにって」


 俺が店長に言ったのはそれだけだった。

 それだけでその言葉の意味を店長は理解したのだろう。

 俯いて泣いていた。


 嬉しくて泣いているのか、それとも悲しくて泣いているのだろうか。


 言葉で説明できるような簡単なものではないのだろう。

 背負っている人の涙の意味を全部理解できるほど俺は大人じゃない。

 けれど、背負われる側の気持ちは少しくらいわかる。

 だから、少しでも力になりたいとか、負担を軽く出来たらとか、そんな事はずっと考えていたりはする。


 兄弟姉妹でどれだけ仲が良くても、すれ違う事はいくらでもある。

 伝えようと思って伝えても伝わらない事もざらにあるし、伝え方が下手な事もある。

 言葉じゃ全然足りないのだ。

 それがなんとももどかしい。


「んじゃ、あとはふたりでゆっくり話し合いですね。今度は茶でも啜りながらまったり話すと良いでしょう」

「……うん。ありがとうたっくん」

「俺はなにも解決してないですよ。ただ話を聞いただけで、それだけですし」


 裁判官でも弁護士でもないのだし、できることなんてあまりない。


「椎名、帰るぞ」

「え、あ、うん」


 もういいの? みたいな顔してる椎名。

 あとはもうどうとでもなるだろう。

 てかなってくれ……高校生が出歩いていい時間じゃないんだよこっちは。


「委員長も、あとは店長と話し合ってくれ。落ち着いてな」

「うん……」


 委員長はまだ不安そうな顔だった。

 そりゃそうだ。簡単には解決なんてしないだろう。

 けれどお互いに考えてて、それで悩んでるわけで。

 ならそれなりの答えはふたりで出せるだろう。

 それは俺ら他人がどうこうできるような事じゃない。


「今度はちゃんと、店長に気持ちを伝えるんだぞ。伝えられるうちにな」

「うん」


 喧嘩ができるのも生きてるうちだけだ。

 生きてれば、そのうちその喧嘩もあとで笑い話にできるようにもなるだろう。

 そうして笑えるようになってくれればいいなと思う。


「ああ、それと」


 椎名と店を出ようとして俺はふと足を止めた。


「新年あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」


 店長と委員長に向けてそう言って俺は店を出た。






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