第48話 シスコン作家の余白。
「うちの先生がほんっっっとすみません……」
「いえ。俺も姉我好先生のファンなので」
「ファンなのにっ! ファンなのに私を売るなんて酷いですよポン酢さん!!」
「まず姉我好先生は担当編集さんに三が日から迷惑かけてる事を謝った方がいい。そもそも姉我好先生の為に編集部の部屋開けて締切に間に合わせようとしてたのでしょうに。どうあっても100対0で先生が悪い」
「ポン酢さんが正論言ってくるぅぅうわぁぁ」
「……お母様……」
「お許しくださいお許しくださいお許しください」
姉我好先生の担当編集の
だが今野さんは姉我好先生の締切がヤバい状況であり、わざわざ1人で編集部に行って鍵を開けて缶詰に付き合おうとしていたらしい。
今野さん自体は小説などの担当編集らしいのだが、姉我好先生とは学生時代からの付き合いであり、昔からシスコン小説を読まされ続けてきたらしい。
という事はつまり今野さんはシスコン調教済みである。これが英才教育か……。
「さぁ先生、帰りますよっ!!」
「いーやぁーだぁ〜」
引っ張られる姉我好先生と今野さん。
姉我好先生に一言「お母様」と呟けば一時的には効果があるわけだが、正直できれば円城寺家との繋がりはあまり持ちたいとは思わない。
なのでできれば本当にそうしたいわけではない、というかそのある種の脅しは自分自身にも何かしら返ってくる可能性を考慮するとあまりいい手ではない。
「……はぁ……ほんとに先生は頑固ですね……」
「全くです」
「というか、文化祭の時のメイドさんがまさかポン酢さん? とお呼びしていいのでしょうか。ポン酢さんとは思ってもいませんでした。家を知っているような仲だとは」
「いえ、なぜか住所特定されてただけです。ほんとは警察に突き出そうと思ってましたから」
「……お情けを頂いてありがとうございます……」
今野さんも、苦労してるんだなぁ……。
そりゃそうだ。こんなド変態のシスコン作家の面倒なんて普通は見たくない。
現にこうして三が日にも面倒を見る羽目になっている今野さんがいい例なのだから。
「まあ、姉我好妹子のファンが警察に突き出すというのは即ち次回作に影響が出ますし、最悪新作が出ない可能性もありますし」
「姉我好先生、結構人気ありますからね……」
「そうだそうだっ!! 私は人気作家なんだぞっ!! この扱いは酷いっ!」
「姉我好先生、いや円城寺百合子さん……」
「な、なんですか……」
「俺らシスコンに基本的に、人権なんて無いんですよ?」
「………………」
仕方ない。
姉我好先生にはお灸を
かつて教えてくれたはずのシスコン道とは何たるかを、今度は俺が先生に教えなければならないようだ。
「いいですか姉我好先生? シスコンってのはロリコンと同じくらい人権なんて無いんですよ。ブラコンはまだ可愛いうちに入る、だがシスコンはそうじゃない。それは貴女が1番よく分かってるでしょう?」
ロリコンが嫌われる、嫌悪されるのは単純。
犯罪だからだ。
まあ後は……色々あるから深くは説明しない。
年齢どうのこうのは触れない方がいい。
だがシスコンの多くは姉を好きな弟、ということの方が多い。
姉我好先生のように姉を好きな妹もいるにはいるのだろうが、姉我好先生のそれは完全に性的過ぎる。
「シスコンはマザコンと同じような系統で嫌悪されることがある。姉我好先生にだって色んなアンチはいるでしょ?」
「……はい……」
数々のアンチからの言葉を思い返して落ち込む姉我好先生。
落ち込む感性はあるのかと関心した。
姉我好先生も一応は人であるらしい。
「ですが先生、どれだけ叩かれても貴女はシナリオを書くのを止めることはできない。姉我好先生は例え四肢を失ってでも書くのを止める事はできません」
俺は知っている。
それは俺が保証する。
「それは、そうですけど……」
「それなのにどうして今駄々を捏ねているのか、先生は自分でわかってるはずです」
「…………」
姉物語がひっそりとシスコン界隈でヒットし、メディアミックスも徐々に展開されている。
そんな姉我好先生がどうして次回作が書けずに逃走するというような事になっているのか。
「こわいですか? 姉物語を超えられないのが?」
「…………わからないんです。姉物語は最高傑作ですから。だから……」
「なら姉我好先生のお姉さんに対しての愛とはそこまでだったという話です」
「それは違うっ!!」
「違わない。それが世間の反応で、にわかファンは「姉我好先生ってその程度なのか」と鼻で笑われるだけの話なんですよ」
俺は知っている。
好きを好きと言えない気持ちを。
それでも姉我好先生の葛藤とはまた違う事も知っている。
「姉我好先生はお姉さんの事、好きなんですよね?」
「はい。当たり前です。流石にポン酢さんでも怒りますよ」
「ちょ、ちょっと先生、落ち着いて下さい?!」
「大丈夫です今野さん。これはシスコンの喧嘩なだけですので」
「……こ、こんな喧嘩初めて見たんですけど……」
流石の今野さんもドン引きの喧嘩。
だが俺と姉我好先生は至って真剣そのもの。
当たり前だ。
お互いにそれだけの熱量がある。
俺はそれを知っていてあえて今姉我好先生をバカにしているのだから。
なんとしても焚き付ける。
「俺と姉我好先生では根本的に違うのは性別です。俺は姉ちゃんの処女を奪うことが物理的にも精神的にもできる。男女という区別はそれをより特別なものにできる」
「…………」
「けれど、姉我好先生は女で、貴女の好きなお姉さんも女。例え姉我好先生が
「わかってますよっ!! そんな事はっ!!」
かつてないほどの姉我好先生の怒り。
自身が1番よく分かっている事だ。
姉我好先生は生まれる性別を間違えた。
残酷なまでに、俺はそう思う。
先生の心の中にいる童貞は本物だ。
こんな事をわりと真剣に考えているのがバカバカしいと思えるほど、残酷なほどに。
けれど姉我好先生も女だ。
トランスジェンダーではない。
心も体も女で、お姉さんが好きで。
それは他人が見れば「普通じゃない」、「まともじゃない」、「異物」だ。
迫害されるのが今の世の中だ。
俺だってそれはよく知っている。
だからひた隠しにしてきた気持ちだった。
「姉我好先生は、だからこそ物語を書くことを辞める事はできない。ずっとその手を伸ばし続けるだろう。例えお姉さんと相思相愛になっても、報われない気持ちを死ぬまで引き摺ってでも尚、物語を書き続ける」
嗚呼……。
俺が伝えたいのはこういう事じゃない。
けれども上手く言葉を
もどかしい。
もっと、もっと単純で、簡単なことのはずなのに。
それでも俺は姉我好先生みたいに、言葉にするのが上手くない。
姉が好きだという気持ちは同じはずなのに。
どうしてこうも言葉の力が先生とはこんなにも違うのか、それがどうしようもなくもどかしい。
「姉我好先生はもっとわがままに作品を書いていい。利益がどうとか、商業がどうとか、どうでもいいってわがままな気持ちで書いていい。売れるとか売れないとか世間がどうとかどうでもいい」
「…………」
「姉我好先生が、どうしようもなくお姉さんの事を好きなのは知ってますから」
「……は、はい……」
ボロボロと泣き出す姉我好先生。
玄関先で泣き喚いていた時とは違う、葛藤が溢れた涙。
傍から見れば、シスコン同士の訳の分からない会話で泣いているだけ。
けれど、好きを好きと言えなくなった時、人は苦しいのだ。ただそれだけの話。
「というわけで、姉我好先生はこれから3日間『
「…………は?」
「ルールは簡単です。3日間姉我好先生はお姉さんに関する事を一切絶つ」
「そ、それはそのぉ……」
「お姉さんのパンツ嗅ぐのももちろん禁止。姉弟もののエロゲとかエロ漫画、その他コンテンツでの自慰行為も禁止」
「そ、そんなぁ!! 私死んじゃいますよっ?! ポン酢さんは私を殺す気ですか?!」
「シスコンなんでしょう? 姉モニウムを摂取出来なくて死にかけるくらいの修行はしてくださいよ」
「あ、姉モニウムってなんですか……私を置いてかないでくださいよ……」
「今野氏!! 私との付き合いの中でどうして姉モニウムを知らないんですか記憶喪失なんですか?!」
……今テキトーに姉モニウムって言っただけなんだが、どうやらニュアンスは伝わったらしい。
要するに姉からしか摂取できない我々シスコンにとっての必須栄養素である。
他にも名称としては姉ゲニウム、姉ウム、姉ン、姉タミサン、
「とにかく、姉我好先生には更なるシスコンになる為に姉断をしてもらいます」
「そ、そんなぁ……」
「この姉断に耐えられれば、姉我好先生はさらなる高みへと至ることができるでしょう」
姉我好先生にはとことん欲求不満になってもらおう。
そうして姉物語の新作を書くしか欲求が満たされない
かつてないほどのくだらなくも淫らな調教と言えるだろう。
「大丈夫です姉我好先生。段々お姉さんがたくさん視えるようになりますから」
「……それは絶対ヤバいやつですからっ!!」
「俺はかつて1ヶ月ほど姉断したことあるので大丈夫です。禁断症状って言っても、血涙を流すくらいで済みますから」
「既に血涙がもうヤバいですって?!」
俺はそうして有無を言わさず今野さんに姉我好先生を連行してもらった。
今野さんとも連絡先を交換して姉我好先生改造計画を開始した。
シスコン道にゴールはないのである。
姉我好先生には更なる地獄を見てもらおう。
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