第47話 シスコン作家の余罪。

「で? 何があったんですか? いえ、どんな犯罪したんですか姉我好先生、いや、容疑者か」

「ち、違うんですポン酢さぁん!!」


 未だ三が日の1月2日。

 お昼を過ぎた辺りに事は起きた。

 姉ちゃんは仕事で家に居なくて俺1人。

 そんな中新年の挨拶も無しに電話してきた変態、もとい姉我好先生。


「匿うって言っても、俺は犯罪に加担するわけにはいかないんですよ」

「は、犯罪じゃないんですぅぅぅ」


 ではなぜ俺の家を知っているのかと聞きたいのは一応一旦仕方なく断腸の思いで置いておくとして。


「匿ってくれ、という要件を新年早々の三が日に頼んでくる奴がいるかよ。何やった? 場合によっては玄関前この場で通報だ」


 俺は玄関のドアのチェーン越しに土下座している姉我好先生を見下ろした。

 正直、家の前で土下座されているだけでも迷惑なのだが家に入れたくない。

 目を離した隙に姉ちゃんのパンツとか漁り始めそうだしこのド変態。


「お願いじまずぅぅぅぅ……」

「大の大人がみっともなく泣くなよ。泣いても警察は許してくれないんだぞ」


 もはや俺の中で姉我好先生に対しての大人としてのリスペクトは無い。

 姉物語の次回作をさっさと書けとしか思っていない。仕事しろよ。


 しかし泣き喚く恥ずかしい大人はひたすらに泣き続けているばかりである。

 いよいよご近所トラブルになりかねない。

 なにより隣には椎名もいるわけで、これ以上ややこしくしたくないというのもある。


「はぁぁ……。では先生」

「……はぃ……」

「匿う為に話を聞く為の保証として、身分証のご提示をお願いします。現状俺は姉我好先生のペンネームしか知らない。こんな状況で匿うのはまず無理。なにより姉ちゃんに迷惑が掛かることはシスコンたる俺は絶対にしない。最悪姉我好先生を殺してでも姉ちゃんとの平穏を俺は守る。死守する」

「……断固たるシスコンっぷり……ほ、ほんとにころされるぅぅ……わ、わかりました。と、とりあえず身の潔白を証明する為の猶予を下さい……」


 土下座したまま身分証を取り出す姉我好先生。

 身分証には「円城寺百合乃えんじょうじ ゆりのとあった。これが姉我好ド変態先生の本名らしい。

 てか円城寺って……


「ま、まさかとは思うが……姉我好先生って円城寺家の?」

「……は、はい……」


 円城寺家。

 ここら辺ではみんなが知っている名家である。

 資産家であり地域貢献となる慈善事業にも率先して主導している。

 名家に恥じぬ気品溢れる一族であり、子供たちも代々有名大学や海外留学、大企業の重役など才覚溢れる優秀な人材を排出する名家中の名家。


「…………」


 そんな名家のお嬢様が、俺の家の目の前で土下座している。

 ……なんなんだよ、てかまず普通の常識があるなら三が日に他人の家特定して匿ってくれなんて言わない。

 なので姉我好先生こいつは名家のお嬢様ではないだろう、うん。だってそうだろ? 仮にも文字通りのお嬢様がこんな非常識な事しないだろ?


「まず身分証の偽造か。よし、通報っと」

「ほ、ほんとなんですぅぅ!! な、なんなら今から役所に行って住民票でも取ってきますからぁぁあ!!」

「三が日に役所がやってるわけないだろヒキニートかよ」

「お願いしますぅぅぅ匿ってぇぇぇ!!」


 名家のお嬢様は今、目からは涙、そして大量の鼻水を垂れ流して他人の家の前で泣きじゃくっている。


「姉我好先生、ほんとに嘘は付いてないんですね?」

「ほんどでずぅぅぅ」


 さて、どうしたものか。

 だが本当に円城寺家のお嬢様なのであれば、それだけで信頼の担保はできる。

 少なくともこの街に住んでいる人間であれば「円城寺家」に多少なりとも信頼を置いているわけである。


 そんな人間が犯罪に手を出したというのは、ド変態で心に童貞を飼っているシスコンの姉我好妹子先生でも流石に考えにくい。

 円城寺家というのはそれほどまでに信頼ある名家なのだ。


「わかりました。とりあえず中に入る許可は出しますが、大人しくできなかったらまず即通報します。円城寺家にもご挨拶させてもらわないといけなくなりそうです」

「……お、お母様にはどうか何卒なにとぞご内密に……死より恐ろしい事に……」


 なるほど、何かあったらお母様にチクれば解決なわけだ。

 なんなら警察よりよっぽと信頼できる権力者と言えるだろう。


「……お、お邪魔しますぅぅ……」

「騒いだらお母様だからな?」

「はぃ……」


 とても年上の人に対しての態度ではない、褒められた態度ではないことは承知している。その上の対応だ。

 こんなド変態を家に入れるなんてリスクを背負わされるこっちの身にもなってほしい。

 マウント取ってこちらが上であると主導権を握っていないと何やらかすか分かったものではない。


「とりあえずリビングにどうぞ。あ、余計なとこ触らないで下さいね。汚されたくないので」

「雑菌扱い…………ちょっと興奮する」

「おまわりさんこいつです」

「す、すみませんでしたぁぁ!」


 こいつの手足くらい縛っとくべきだろうか?

 いやだがしかし仮にもお嬢様、縛ったという事実がのちのち更なる面倒事になるかもしれない。

 やはり止めておこう。


「こ、これがっ!! 炬燵っ?! ですかポン酢さん?!」

「とりあえず黙れ」

「ひゃ、ひゃい……」


 お嬢様ムーブ噛ましてくんじゃねぇぞ……

 姉ちゃんとイチャイチャできる貴重なアイテムなんだよ炬燵は。


「……とりあえず珈琲でいいですか?」

「あ、お構いなく」


 勝手に珈琲を2人分淹れてリビングのテーブルに座った。

 こっちとしてはまったりしたいところなのだが、これから始まるのは取り調べである。

 身元の証明は一応できたとしても、姉我好先生の容疑が晴れたわけではないのだ。


「で? 何から追われてるんですか? 嘘ついたら即お母様案件ですので」

「……そ、そのぉ……ですね」

「はい」

「締切が……ですね……」

「あ、もしもし、おたくの姉我好妹子の担当編集さんをお願いします。そうです。失踪中の先生の身柄を」「速攻で連絡入れるの止めて下さいぃぃぃいいいあぁぁぁぁ!!」

「暴れてもお母様ですよ? 立場分かってます?」

「……しゅ、しゅ、しゅみましぇん……」

「姉我好先生、そもそも俺もあなたの作品のファンなんですよ。匿うより編集に突き出してシナリオ書かせる方が都合がいいんですよ」


 てかほんと仕事しろ。

 三が日とか関係ないだろもはや。

 スケジュール遅れてての今なんだろうし。


「いいですか姉我好先生。俺はあなたの担当編集と面識があるんですよ。だから突き出すのは簡単です」

「い、いつの間に?!」

「それを言うならいつの間に俺の家特定したのかについても聞きたいんですけどね? いくつ余罪が出てくるのか楽しみで仕方がないですよええ」


 まあ、面識があると言っても1度会っただけである。

 文化祭の時に女装メイドをしていた時だけなので担当編集さんは覚えていないだろうが、面識があるという事実自体は嘘ではない。

 担当編集さんも「先生の扱い方、わかってますね……」とか言ってたし。


「というわけでとりあえず担当編集さんには来てもらう事にしましょう。仮にも貴女は大人ですし、こちらの安全も住所を知られているとなるといよいよ危ない。第三者となる人はこの場に居てもらわなければ」

「……で、ですがそれでは……」

「俺は高校生ですので、あらゆる責任を取れませんからね」

「…………はぃ…………」


 ほんと、なんでこの人がお嬢様なんだろうか?

 赤子の取り違え説とかいよいよ疑ってしまうぞ……


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