第46話 姉との三が日。

 年も明けての朝。

 寒さはより身に染みてくる。

 冬は汗をかかなくて済むからいいけども、しかしこの寒さはやはり耐えられない。


「タク〜おはよ〜」

「おはよう姉ちゃん。まだ8時なのに起きてていいの?」

「今年から三が日の営業は22時までなんだって〜だからその分少しだけ早いの」

「今どきはもう三が日は営業してない方が一般的になりつつあるというのに」

「ほんとだよね〜……ううぅ、寒い」


 姉ちゃんとふたりで炬燵でぬくぬくと過ごすのは思いのほか悪くないのは冬のいい所だろうか。

 いつもはぱっちりした姉ちゃんの目も糸目の如く閉まっていて微笑ましい可愛さがある。


「やっぱさむい……タクの隣座っていい?」

「いいけど、狭くない?」

「温もりには敵いませんもので」


 そう言って姉ちゃんは俺の隣に座って炬燵に入った。

 元々は家族4人で使っていたもので、一辺に1人が基本な炬燵。その炬燵に2人で座るのはやはり狭い。

 俺としては姉ちゃんと密着できて嬉しい限りだが、どうして姉ちゃんがわざわざそこまでして隣に座りたがるのはよくわからない。


「昨日は椎名ちゃんと初詣行ってきたんだよね〜甘酒美味しかった?」

「まあそこそこ。椎名はその辺の酔っ払いのおっさんみたいな飲みっぷりだった」

「寒さに染みるんだよ〜甘酒は」


 姉ちゃんは未だ眠そうに雑談しながらも俺の肩に身を預けてきた。

 そして俺の腕を掴んできた。


「姉ちゃん?」

「たまにはこういう日もあるの」

「姉ちゃんが甘えてくるのは珍しい」

「三が日くらいわたしだって誰かに甘えたくなるよ〜。今日も仕事だし」


 普段の姉ちゃんはわりとしっかりしている、方だと思う。

 たまに抜けてるところもあるが、それでも基本的にはそうだ。

 辛そうにしているのを露骨に見せたりはしないし、分かりやすく構ってオーラを出したりもあまりない。


 けれどもそんな姉ちゃんが甘えてくるというのはシスコン弟としてはとても心地が良い。

 誰かに寄りかかられるというのも悪くはない。


「ほんとはタクともっと、一緒に居たかったんだけどなぁ……」

「仕事だからな。仕方ない」


 仕事だから仕方ない。

 姉ちゃんが仕事をしてくれているから、今もこうしてふたりで生活ができている。

 裕福とは言い難いしむしろ節約生活ではあるが、それでもこうして居られるだけでも幸いなことだ。


「姉ちゃんが頑張ってくれてるから今があるんだし、姉ちゃんにはいつも感謝してるよ」

「タクぅぅ……わたし泣きそう」

「……これはだいぶメンタル来てるな」

「だってさぁ、お正月じゃん? 家族でお店来たりもする人もいるわけじゃん? そんな中仕事してるとさぁ」

「惨めな気持ちになる?」

「なるよぉ〜。しかも常連さんとかだと「ももちゃん、三が日にお仕事とか大変ねぇ。早く良い男捕まえなさい」とか言うんだよぉ〜。もう捕まえてますからっ!! って言いたいけど姉弟だしさ」

「今も物理的に捕まえられてますけどね」


 なんなら胸も押し付けられてるまである。


「だからわたしは腹いせに今精一杯タクに甘えてるわけですよ」

「腹いせが可愛すぎる」

「だから今だけは、ちょっとめんどくさい女にはになる」


 そう言って姉ちゃんは俺の胸に顔をうずめて抱き締めてきた。

 子どもみたいな姉ちゃんを俺も抱き締めた。

 片方の手で姉ちゃんの頭を撫でてただひたすらに甘やかす。


「……ん……」


 縋り付くように顔をさらにうずめてくる姉ちゃん。

 ただまったりとしていて、猫でも飼っている気分にさえなる。


 こんな時間が、いつまでも続けばいいと思う。

 まぐわう事もなく、ただこうしてふたりだけで過ごして居られればそれだけでもいい。

 今の俺には大した事はできないし、姉ちゃんの負担を少しだけ軽くするくらいしかできない。


 ただの高校生になんて、なにもできやしない。


「三が日が終わったらさ」

「うん」

「少しお休み貰えるから、その時は一緒に居ようね」

「ああ。そうだな」


 居酒屋バイトも7日からだし、姉ちゃんとの時間も取れる。

 椎名は6日かららしいけど。


「タク」

「ん?」

「ちょっとだけ、キスしたい」


 そう言って有無を言わざすキスをせがむ姉ちゃんに口を塞がれた。

 いつものキスとは違う、むさぼるようなキスとは違う甘えてくるような舌先。


 キスにも色々あるのだとこうして知った。

 ねっとりとしつつもまったりと。

 しかしそれでも興奮は覚える熱量。


 姉に甘えられるというのは弟としてはこの上ない喜びと言えよう。

 自分よりもしっかりとした姉ちゃんが、こうして甘えてきてくれるのだから。


「……」

「…………」


 キスを終えてふたりでただ見つめ合う数秒間。

 姉ちゃんはやはり子どもみたいに微笑んだ。


「お休みになったら……この間のお詫びというか、したいから……」


 一瞬わからなかったが、クリスマスの日の事だと理解した。

 ほんのりと赤い姉ちゃんの顔がまた可愛らしい。


「そ、それまで……我慢しててね?」

「楽しみにしとく」

「お、お姉ちゃん、がんばるっ」


 本当に、こんな日々がいつまでも続けばいいと思う。

 姉と弟であり、恋人であり、男と女であるこの関係がいつまでも続けばいい。

 そうであるならば、きっと幸せと呼ぶべきものなのだろう。



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