第45話 初詣。
「はぁぁ……寒いな」
「ほんと、寒いわね……」
あっさりとクリスマスも過ぎて年明け前の夜23時45分。
吐く息も白く、少しだけ景色を曇らせる。
「で? 結局桃姉とはシなかったんだ?」
「仕方ないだろ……」
「ふ〜ん」
ムードとは恐ろしいもので、あの後結局そういうことはしなかった。
男女の仲というのは思いのほか難しい。
本当はこんな話を椎名にするつもりはなかったのに、椎名はやんわりと俺の話を聞き出すのがいつも上手い。
姉ちゃんは今もスーパーで絶賛労働中であり、締めの作業やらなんやらで忙しい。
だからこうして椎名とふたりで夜の街を歩きながら初詣にと向かっている。
「まあ、桃姉も大変だろうし」
「そうなんだよなぁ……」
15時間も寝ていた姉ちゃんだが、夕飯食べた後にはまたさらに眠っていた。
あれだけぐっすり寝ていたのにも関わらず、さらに寝ていたのは相当に疲労が蓄積していたということである。
まあ、考えてみればボクサーなどの格闘家なども試合後にはある程度の休みを取るとも聞くし、1日で休みが抜けるなんてわけもない。
社会人は5日働いて2日休み、なんてルーティンをして生活しているのが大体なわけだが、そんなんで日々の疲労が簡単に抜けるわけじゃない。
なので俺が童貞を捨てられなかったくらいの事は些細なことだ。
「じゃあまだ拓斗は童貞なわけだ」
「うるせ」
「ここに童貞捨てさせてくれる幼馴染な処女がいるのになぁ」
「魅力的な提案をどうも」
「可愛くないなぁ」
年越し寸前にする会話じゃない。
けれどもそれすら日常になりつつあるのがなんとも恐ろしい。
なにより、そんな提案をして不敵に笑う椎名は冗談なのか本気なのかはわからない。
たぶん、本心ではあるのだろうけど、それを本気で言うのかはまた別問題であって、嘘でもない。
人の言葉は難しい。
「神社に着いたね」
「そうだな」
朱い鳥居が見えたと同時に除夜の鐘が鳴った。
最近は除夜の鐘に苦情が来るなんて地域もあるとか無いとか言うが、除夜の鐘に苦情を言うなんてのは罰当たりだと漠然と思う。
それで言うならば、花火だって迷惑行為極まりない。
風情を感じられない人間にはなりたくないものだ。
「てか、いい加減そろそろあたしの服装を絶賛してくれてもいいんじゃない? ずっと待ってるんだけど?」
神社の
椎名は着物を母親から借りており、顔が良い椎名にはたしかに似合っている。
「あー、うん。綺麗だよー」
「雑。やり直し。愛がないわ」
「リテイクの内容が重いんだよなぁ」
「童貞には難しいわよね。ごめんなさいね。気の利く言葉なんて言えないわよね」
「…………着物は胸が目立ちにくくて良かったな」
「締め上げるぞ?」
「こわいこわい」
まあ、姉ちゃんなら着物着てても豊満な胸が主張していただろうが、椎名では仕方ないだろう。
「とりあえず、参拝客でごった返す前にお参りしよう。人混みは苦手だ」
「そうね」
視界に入った甘酒の誘惑に耐えて俺たちは真っ直ぐお参りへと向かう。
ここに来るのも毎年恒例であるが、一時期は毎日のように来ていた。
それも懐かしいと思えるようになったのは、前よりは少しだけ成長したからだろうか。
そうであるならどれだけいい事だろう。
お賽銭を入れて手を合わせる。
今更神様にお願い事なんてのはあまりない。
なので、少しでも姉ちゃんの負担が軽くなるようにと祈る。
疲れた顔をして帰ってくる姉ちゃんを見ると心が傷む。
疲れている時の姉ちゃんの顔も魅力的ではあるし抱き締めたくなるが、時折姉ちゃんがそのまま消えてしまうのではないかと思ってしまう。
両親も死んで、姉ちゃんまで居なくなってしまうのはあまりにも酷すぎる。
「じゃ、甘酒でも飲も」
「おう」
目を開けると椎名と目が合った。
それに安心感を覚える俺はやっぱりあまり成長していないのかもしれない。
「ぷはぁぁ〜。あったまるぅ」
「……
「うっさいわね。わりと寒いのよ!!」
「今日は一段と冷えてるし、着物より厚手のコートとかの方が良かったんじゃないか?」
「…………拓斗と一緒に初詣行けるのに、普段と変わらないのは嫌だったの! 乙女心舐めんなっ!!」
「……す、すんません」
「抱きしめるくらいしたら?」
「いやそれはちょっと」
「ほんっと可愛くないっ」
「自分、男なんで」
「そういう意味じゃないわよっ」
オシャレは我慢、なんて言うが、こういうところでも俺はよく「女性には勝てない」と思うことがある。
合理性や効率を求める男と感情を大切にする女性。
時には理解できなかったりもするその拘りや意地だったりを突き通す事は俺はあまり得意ではない。
強いて言うならばシスコンであるくらいのもので、その他はわりとどうでもいいとすら思っている。
もちろん例外はあるし、椎名は最たる存在ではある。
だからこうして一緒に初詣なんて来ている。
「初日の出見てく? めっちゃ時間あるけど」
「姉ちゃん帰ってくるから見ない」
「シスコンめっ」
「褒めるなよ照れるだろ」
「きもッ!」
「口が悪いなぁこの幼馴染」
「今更よ」
神社を出て歩いて帰るだけの時間。
すれ違う人々は今から初詣なのだろう。
こんな夜遅くで暗いにも関わらず賑やかだ。
「……ほんと寒い」
「寒いな」
椎名は両手に息を吹きかけて少しでも寒さを
家までもう少しだが、そんな姿がとても健気に見えた。
「ちょっ?!」
俺は椎名の左手を握って、そのままコートの右ポケットに突っ込んだ。
雪は降ってないが、こういうのも案外悪くない。
「……ありがと……」
「気休め程度だけどな。片手だけだし」
「でも……あったかい」
自分が誰かにしてやれることなんてわりと少なくて、それは姉ちゃんにも椎名にもあまりない。
親はふたりとも死んで、当たり前なんてのはなくなって。
真っ当に生活するのもやっとな今では尚更出来ることなんて少ない。
「拓斗のそういうところはずるいよね」
「人間、多少狡い方が生きやすいだろ」
「そういう意味じゃないわよ」
「甘いな椎名。これも含めての狡さだぞ?」
「いつか刺されるわよ?」
「ならお腹と背中に雑誌でも忍ばせとくさ」
ラブコメというには甘酸っぱさはなくて、どちらかと言えば味噌とキュウリみたいな安心感。
夜空に煌めく星よりキラキラした学生生活とは言えないこの空気感が俺には心地良い。
「ねぇ拓斗」
「ん?」
「あたしの事は、いつでも使ってくれていいから。全部受け止めるから」
なんとなく漠然としたその言葉の意味に一瞬理解が遅れた。
けれど、椎名の顔を見て察した。
「……そいつは都合が良過ぎるな……」
「そのくらいじゃないと、拓斗の傍には居られないし?」
「椎名と居ると俺がどんどんクズ男になってく気がする」
「大丈夫よ。安心してくれていいわ。それでも好きだから」
「……俺も椎名も、どうしようもないやつだな」
「全くよ」
そのまま家に着いて別れた。
やはり姉ちゃんはまだ帰ってきていない。
「拓斗」
「ん?」
「言い忘れてわ。あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「ああ。よろしく」
そうして椎名は小さく手を振って家に入っていった。
椎名は、どんな気持ちであんな事を言ったのだろうとぼんやりと考えつつ俺も家に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます