第44話 朝チュンとは。

 未だ痙攣している姉ちゃんは化粧台の椅子にだらしなく座っていた。

 だらんと下げられた両手には力がなく、姉ちゃんは天井をただ見つめていた。


「髪も乾いたみたいだし、ベッドに行こう」

「……」


 ぼんやりとしているだけの姉ちゃんは頷く力もないらしく、俺を見てゆっくりとまばたきをした。

 へとへとになってる姉ちゃんが可愛すぎる。


 先程と同じようにお姫様抱っこをしてベッドに寝かせた。

 もはや濡れている股でシーツが濡れる事も気にしていないようで、ぼーっとしている。


「ちょっと待っててね」

「……ん……」


 姉ちゃんの生返事を聞きつつ、俺はゴムを取り出して装着する。

 この日の為に何度か練習していた。


 早々とゴムを付けて姉ちゃんの方を見た。


「………………なっ?! ………………」


 ベッドに横たわり、まるで天使のような微笑みを浮かべて寝息を立てている姉ちゃん。

 神秘的ですらある姉ちゃんの幸せそうなその寝顔は触れてしまうだけでも罪を思ってしまいそうなほどだった。だった……。


「……(だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ?!)……」


 そして俺は膝から崩れ落ちた。

 姉ちゃんが寝た?! 今からなのに?!

 今から熱い夜だったのに?!


 いやそりゃあんだけ連日連勤してて疲れてた姉ちゃんだから仕方ないけどさ!!

 見てみろよこの寝顔……ほんとに天使なんだよ……

 なんなんだよ可愛い過ぎる……

 まあ俺も調子乗って髪乾かしてる間に2回目イかせられるかもとか思っちゃったりしたけどさ、こんだけぐっすり寝るか? 寝るか、うん。だって疲れてんだもん姉ちゃん。


「……どうしよう……」


 なにが焦らしプレイだよ……俺はどうしたらいい?

 今こんだけ幸せそうに寝てる姉ちゃんを襲えと?

 否、それは俺の童貞心がゆるさない。赦してはくれない。

 お互いが初めてであり、クリスマスという世間で言う「特別な日」に初めてを一緒に終えるというある種の童貞の夢をそんな形で俺が一方的にするのは違う……

 こういうのはさ、お互い朝になってベッドで顔を見合わせて昨日の夜の事を思い出してふたり揃って恥ずかしくなるまでがセットだろ?! 寝てる姉ちゃんの処女奪ってもなんもロマンじゃない!!

 誰だ今「この童貞めんどくさ」って言ったやつ?! 出てこいこら!! 仕方ないだろ実の姉ちゃんとの初体験なんだぞ?!

 だいたい、昏睡状態な姉ちゃんを襲うとかエロマンガとかエロゲのやり過ぎだろ絶対頭おかしい。

 ……いや、姉我好先生の姉物語ではそんなシーンもあったな。いやでもあれは作中ではすでに処女じゃなかったし……


「と、とにかく!! 絶対初体験は姉ちゃんも起きてないと意味がない!!」


 だがしかし、オスたる俺の息子は目の前の姉ちゃんに全力で反応しているわけで、けれども姉ちゃんはすやすやとまるで子どものように寝ているわけで……。

 今更どうしろと言うんだ……と力なく萎んでいく。

 い、いや、あ、明日ならもしかしたら姉ちゃんは元気になってむしろいいのかもしれん……そ、そうだろ? ハッスルできるかもしれないんだ……

 仕方なく俺は全裸で寝ている姉ちゃんに毛布を掛けた。


「……おやすみ、姉ちゃん……」


 そう言って俺は姉ちゃんの頬にキスをした。

 どうしようもないほどの不完全燃焼感にさいなまれつつも、それでも眠る姉ちゃんを邪魔はしたくないというのはオスとしての本能よりもシスコンである弟としての感情がまさった結果と言うべきだろう。そういう事にしておこう。

 そもそも、寝てる姉ちゃん襲ってもただの犯罪なわけで、ロマンの欠片もない。てかやっちゃダメだし。

 血の繋がった姉との性行為はしたがるのにそこは守るのか……と誰目線な事をぼんやりと考えつつ姉ちゃんの部屋を出た。


「……寒っ?!」


 ただでさえ萎れていたのにさらにしょぼくれてしまい、付けたままのゴムもついに床に落ちた。

 虚しさを感じつつも拾い上げて再び歩き出す。


「……なんだろうなぁ……シてないのに、なんかもう賢者タイムだな……」


 これで良かったのだ。たぶん。

 自分でする気にもなれないが、これでいいのだ。

 と自分に言い聞かせた。


「……もっかい風呂にでも入るか……」


 そうして独りでアロマキャンドルに火を付け直してお風呂に入った。

 先程までのたかぶりの反動なのか思いのほか身体は疲れていた。

 俺ですらわりと疲れているのだから、姉ちゃんはもっと疲れていただろう。

 そりゃぐっすりなわけだ。


「……せめて、姉ちゃんにはいい夢でも見てもらわねば割にあわんな……」


 シスコン狂である俺は切実にそう願った。

 俺は獣ではない。思春期真っ盛りの男子高校生でしかない俺だが、それでもその気持ちを忘れてはいけないのだ。


「……シスコン狂、万歳……」


 俺は力なく笑った。



 ☆☆☆



「あ、姉ちゃん、おはよう」

「あ、あ、う、うん! おはよタク!!」

「まあ、もう夕方なんだけどね」

「え?! もうそんな時間なの?!」


 翌日姉ちゃんが起きたのは夕方17時を過ぎていた。

 昨日姉ちゃんが寝た時間的には深夜2時くらいだったので、15時間ほど爆睡していたわけである。

 それほど疲れていたという証拠であり、シスコンである俺としては姉ちゃんの体力が回復したのならそれでいい。……いいんだ……うん。


「そ、そうなんだね?! なんかすっごい快眠でビックリした!!」

「お腹空いたでしょ? ご飯作ってあるよ」

「う、うん。食べる」


 実質朝御飯な晩御飯を姉ちゃんと2人で食べる。

 姉ちゃんは何度もチラチラと俺を見てくるのだが、なんか恥ずかしがってるようで可愛い。


「そ、そのぉ……」

「どうしたの? 姉ちゃん?」

「き、昨日の記憶がほとんどなくて……さ、最後までシたのかなぁって、思って」

「髪乾かした後、姉ちゃん寝ちゃったよ」

「そ、それってぇ……つまり?」


 姉ちゃんが忙しなく瞬きをした。

 食事の手も完全に止まっている。


「ごめんタクッ!!」

「いや、姉ちゃん疲れたんだし、仕方ないよ。むしろ姉ちゃんがぐっすり眠れたなら良かったよ」


 昨日お風呂に入った後の俺はそれからが酷かった。

 というか今も賢者タイムは続いている。

 性欲のせの字もないというか、ある種の悟りを拓いたかのような精神状態と言ってもいいだろうか。


 今ならブッダと並んで歩いてても違和感ないレベルなほどの人格者になれている気がする。

 ……べつに俺は仏教とかやってないけども。

 てか無宗教だし。


「た、タクが仏様みたいな顔してる?!」

「人生はいくつになっても修行なのです」

「タク?! 帰って来て!! ほんとにごめんね?! きょ、今日はそ、そのぉ……え、えっちなことしよう!! ね?」

「肉欲と向き合い、己の何たるかを知るのもまた人生。しかし愛と性は密接に絡みつつも本質とはまた違うものであ」

「わたしが寝てる間になにがあったのタクぅぅ?!」


 その後姉ちゃんにめっちゃ心配された。

 性欲の欠片もなくなった俺はどうやら幽霊にでも取り憑かれたのかと疑われるレベルだったらしい。

 なおその時の俺の記憶はややぼんやりとしている模様……。

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