第40話 いいんですかいいんですか

「……た、ただいまぁ……」

「姉ちゃん。おかえりなさい。お疲れ様」

「疲れたぁぁぁ……」


 クリスマスイブをも過ぎた深夜1時。

 疲れきった姉ちゃんは帰ってきた。

 玄関にへこたれる姉ちゃんのバッグやコートを代わりに持ってリビングへと案内した。

 今にも寝てしまいそうな姉ちゃんだが、それでも死にそうな声で「おなか、すいた……」と空腹を訴えている。


 姉ちゃんの帰ってくる時間は分かっていたので温めてあった料理を姉ちゃんの前に出した。


「お酒は呑む?」

「今日飲んだら秒で寝ちゃうからいい。あ〜でも呑みたいぃぃ〜」

「明日は休みなんだから、飲んだらいいじゃん」

「そうなんだけどね」


 それでも姉ちゃんは「けどいいの」と言ってご飯を食べ続けていた。

 そんな姉ちゃんを向かいの席に座って眺めた。

 美味しそうに食べてくれる姉ちゃんを見ていられるだけでも俺としては嬉しい。

 姉ちゃんにはまだ料理の腕は勝てないけど、喜んでくれるのは純粋に嬉しい。


「やっぱクリスマスイブだとカップルも多かったよ〜」

「そりゃそうだろうさ」

「クリスマスイブに遅番やってるとなんか惨めになっちゃうね。社畜って大変だ〜」


 うちはクリスマスにプレゼントを渡したりはしない。

 両親が生きてた時はもらったりもしてたけど、姉ちゃんとの2人暮らしになってからはそんな余裕とかは無いことの方が多かった。

 ようやく俺も高校生になってバイトをしているわけだが、そのバイト代もほとんどは家計の足しにしている。


 姉ちゃんとも話してお金のかかる事は基本的にしない。

 中卒の姉ちゃんと高校生の俺では、ふたりで暮らしていくので精一杯だけど、それだけでもいい。

 姉ちゃんと一緒に居られれば多くは求めたりはしない。


 まあ、エロゲとかはへそくりとか中学の頃の新聞バイトでどうにかしてたわけだが。

 姉ものエロゲは必要経費と言いますか、俺も思春期だからね? 姉ちゃん襲っちゃったりしないように的な? うん。


「ご馳走様でした。タク、美味しかった」

「お粗末様。お皿は俺が片付けるから、姉ちゃんはもう寝る支度でもしなよ」


 連勤で疲労の溜まっている姉ちゃんを休ませないとだし、お皿を洗うまでが料理である。

 シスコン狂たる俺はいつでも専業主夫になれるようにしているのである。


「ありがと」

「お風呂でも入ってきな」

「う、うん」


 お皿を回収して流しでお皿洗いを始める。

 この時期のお皿洗いは骨身に染みる寒さがどうしても堪える。

 最近は家事仕事も増えてきているので手が荒れる事が多かったが、少し前に姉ちゃんがハンドクリームをくれたのでとても助かっている。

 おかげで手荒れも治まっている。


「タ、タク……」

「ん? どうしたの?」


 未だにリビングにいる姉ちゃん。

 連日の仕事で疲れているはずなのにどうしてまだお風呂に入って寝支度をしていないのだろうか。

 愚痴を言いたい時もあるだろうから、お皿洗いが終わったら聞いてあげないといけないかもしれない。


「そ、そのぉ……」

「うん」

「い、い、い……」

「胃? 胃薬でも用意しようか?」

「ち、違くてっ! い、一緒に……お風呂、入らない?」

「………………どうしたの姉ちゃん頭打った? それとも仕事のし過ぎでおかしくなった?」

「だいじょぶだからっ!! おかしくなってないから!! ……そうじゃなくてその……つ、疲れたからタクが背中流してくれたらなぁぁぁと思っ、て……」


 顔を真っ赤にしながらそわそわとせわしない姉ちゃんの表情を見て全てを俺は察した。

 というか姉ちゃんからの「察して」オーラがそれを物語っていた。


 つまり?

 つまりこれは?

 おめでとう俺。


「全身全霊でお背中流して差し上げますともお姉様」

「う、うん」


 恥ずかしそうにチラチラと床と俺を交互に目を泳がせる姉ちゃん。

 世間一般の男女のまぐわいまでの過程がどうかは知らないけども、姉ちゃんなりの誘い方なのだろうか?

 或いは姉ちゃんも手探りでどうにか捻り出した誘い文句が背中流せってことだったのだろうか。


 まあなんにせよ、流石に察したし俺は難聴系主人公でもなければ鈍感系主人公でもない。

 ただのシスコン弟である。


 姉ちゃんが帰ってくるまでにお風呂は済ませていたから正直もっかい入るのはめんどいが、姉ちゃんと入れるとなると話はべつでありむしろ何度でも入りたいまである。


 チャチャッとお皿洗いを終えて内心ウキウキな俺は姉ちゃんと脱衣場へ。


「あっ!! ちょと待って!!」


 そう言って姉ちゃんは部屋へと走っていった。

 結局恥ずかしくなって逃げてしまったのだろうかと落ち込んでいるとすぐに戻ってきた。

 ……揺れる胸をチラ見した俺は残念なくらい正直だな……


「そ、その……恥ずかしい、から、アロマキャンドルで入ろう……」

「なにそのアロマキャンドル。可愛いな」

「でしょっ!!」


 ハート型のアロマキャンドルを持ってきた姉ちゃん。

 どうやらこの日の為に買ったようだ。

 なるほど、伏線はクリスマス有給宣言から既に張られていたということか。

 ただでさえ天井知らずの姉ちゃんに対しての好感度がさらに上がっていく。なんだよこの姉ちゃん可愛いかよ。


「じゃ、じゃあ……お洋服脱ぐから、あっち向いてて?」

「お、おう」


 手を伸ばせば届く距離で布の擦れる音が艶めかしく耳元で聞こえてくる。

 これからお互いに裸になるわけで、結局見られるのに恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。

 俺としてはガン見したい衝動に駆られたが、姉ちゃんがせっかくその気なのだからここは我慢だ……


「さ、先入ってるからタクも来てねっ?!」

「う、うん」


 そう言って姉ちゃんは上擦った声のまま風呂場に入っていった。

 俺は深呼吸をして服をゆっくりと脱ぎ出した。


 長谷川拓斗。大人の階段、登ります。

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