第39話 知らないふり、馬鹿なふりは案外お得である。

「えっ?! たっくんクリスマスはお休みするの?!」

「はい」

「たっくんいないとお店やばいんだけどなぁ……でもお姉さんと一緒にいたいってのも気持ちわかるしなぁ」

「拓斗はシスコンなのでどうあっても休みますよ店長……」

「なんならこのバイトをバックレする覚悟ですねはい」

「それは1番困るっ!!」


 12月分のシフト希望は既に出していたはずだが、忙しい店長はすっかり忘れていたらしい。

 べつにクリスマスに好き好んで居酒屋に来るのなんて常連のおっさんたちくらいだろう。

 店長は毎年サンタコスするらしいし。


「あたしもほんとは休みたかったんだけどね……」

「しぃちゃんまで休まれたらやばいんだよぉぉ」

「良かったじゃないか椎名。店長と一緒にサンタコスできるぞ」

「恥ずかしいからやだ」

「え?! サンタコス嫌なのしぃちゃん?!」

「嫌ですよ恥ずかしい」


 椎名、なぜ俺をチラチラ見ながらそんなことを言う?

 ああ、あれか。サンタコスを常連客に見られるのが嫌なのか。

 絶対視姦されてるだろうなぁ。

『居酒屋バイトのJKのサンタコスがマジでヌける件』とかスレ立ってそうだな。

 椎名は顔は良いからな。胸は小さいがロリコンには大好評だろう。


「妹さんに臨時で頼んでみたらどうです? サンタコスして臨時バイトしてくれって」

「それこそ絶対やってくれないよ……」

「椎名が頼んだらいけるかもしれませんよ? 友だちですし」

「まあ、あたしも委員長ちゃんのサンタコスは見てみたい、かも?」

「お願いできる?! しぃちゃん!!」


 椎名の両手を握り締めて涙目の店長。

 おおぉ……。

 これはこれで百合カップルとしてはなかなかに良いのではないか?

 そのままうっかり胸に手が当たっちゃって百合百合展開とかなったら面白そうだな。


「そういえばうちのクラスのあのギャルとも最近仲良いんだろ? 名前は……なんだったっけ?」

瑠川麗奈るかわ れいなちゃんね? てか拓斗あんたほんと他人に興味ないわよね? せめてクラスメイトの名前くらい覚えなさいよ?!」

「姉ちゃん以外の人間に基本興味が無い。ので覚える意味があまりない」

「た、たっくん? もしかして私の名前も分かってなかったりとかとか……し、しないよね?」

「志織」

「お、覚えててくれたぁ〜」

「ちゃんと覚えてますよ」

「なんでちょっとドヤ顔してるのよ拓斗」

「頑張って名前覚えたからな」

「私の名前って頑張らないと覚えられなかったの?!」


 流石に店長の名前をフルネームで言えと言われてもちゃんと「幸村志織」と答えられる。

 だが正直、「店長」というわかりやすい呼び方がある以上は覚えようと思わないと覚えられなかった。

 名前というのは結局のところ単なる記号でしかない。


 某大佐が言ったセリフの「人がまるでゴミのようだ」とは即ち大勢の人に対して記号を付ける必要すらないと思えるほど高いところから見下ろしているわけだが、記号という名前はある程度近い距離感でないと必要性がないと俺は思っている。


「まあ、とりあえずあたしから声は掛けてみますけど、拓斗も委員長ちゃんと瑠川ちゃんに声掛けしとしてよね?」

「委員長の連絡先も瑠川の連絡先も知らないから無理」

「……クラスのグループチャットとか招待されなかったの?」

「されてたけど参加してない」

「そこはしなさいよ!!」

「え……だってああいうのめんどい」


 知らんうちに99+とかなってんだぞ通知。

 鬱陶しいったらない。


 姉ちゃんからの通知99+なら嬉しいが、それだとなんかトラブルがあってなぜか俺が姉ちゃんに心配かけてるかもしれないからやっぱ通知がたくさん来てもいい事はないだろう。

 俺は基本的にSNSは向いてない。


「まあ、機会があったら誘っときますよ」

「それでもいいけど」

「たっくんもよろしくねぇ。初芽はっちゃんにはいつもなんだかんだ断られるんだよねぇ」

「最悪無理でも椎名が2人分働いてくれますよ」

「今でも充分頑張ってるんですけど?」

「しぃちゃん、影分身とか使ってくれる?」

「いや使えませんからっ!!」


 影分身かぁ……姉ちゃんが増えたら最高だな。

 姉ちゃんにダメ元で影分身の術の習得をお願いしてみるかな。


 ……こんな事を考えてるくらいには俺もシスコン狂として狂ってきたか。いよいよ姉我好先生をバカにできなくなってきたなぁ……


「では本日は帰りますので。お疲れ様でした店長」

「あ、うん。お疲れ様っ」

「お疲れ様です」


 店の外に出ると12月の寒さが手足を早くも侵食し始めた。寒い。


「拓斗」

「ん? なんだ?」

「拓斗はさ、委員長ちゃんの事も好きになったりする?」

「ないな。この間まで名前も覚えれてなかったし。てか今もすぐに言えないしな。委員長で頭の中にインプットされてるし」

「だよね。拓斗だし」

「それがどうかしたのか?」


 この前須川が言ってたことの内容。

 それを椎名から聞くという事は須川の見立ては本当だったらしい。

 未だに俺は納得できてないが、どうやらそうらしい。

 世の中物好きは案外多いようだ。

 しかし俺はそれでも知らないふりをする。


 16年生きてきて思うことは、知らない方が生きるのは楽だということ。

 知らないふりをできる方が都合がいい場合もあること。


「べつになんでもないわよ。ただ拓斗はほんと救いようのないシスコンだなぁって思って」

「俺のFA○ZAの購入履歴見せつけるぞこのやろう?」

「見せなくても全部お姉ちゃんでしょ? 幼馴染ものも良いと思うんだけど?」

「……そんな返ししてくる10代女子はピュアな男子から引かれるから気をつけろよ椎名」

「拓斗が1番ドン引きしちゃダメだからね? 生粋のシスコン狂いなんだから」

「いやいや椎名。シスコンもいちジャンルでしかない。ジャンルによっては俺だってドン引きすることもあるんだぞ?」

「……こんな会話をしているあたしたちも周りから見たら充分ドン引き対象なんでしょうね……」

「同じ穴のムジナだな」

「そこは同じにしないでもらっていい? あたしはまだそんなに狂ってないわ」

「……さいですか」


 俺からしたら、俺を好きな椎名も充分に狂ってるんだが、まあそれはこれ以上言わないでおこう。

 思っても言わない。これ大事。

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