第38話 いやほんと、お疲れ様です。

 秋も終わりいよいよ冬である。

 12月ともなると流石に寒い。

 だが12月は即ちクリスマスであり年末年始と忙しい時期である。


「クリスマスは……絶対有給取るからっ」

「う、うん」


 12月になって早々、姉ちゃんは緊張気味に俺にそう告げてきた。

 ほんのりと赤い姉ちゃんの顔。

 なぜそんな顔になっているのか、一瞬わからなかった。


 スーパーの仕事はとても忙しい。

 日々スーパーに通い慣れている俺は知っている。

 サービス業全般に言える事でもあるが、スーパーで季節が移り変わるのがわかることが多い。

 お正月やバレンタイン、花見に花火、秋の味覚、そしてクリスマスにおせち。


 日本の四季やイベントに合わせて需要と供給の流れができる。

 なのでそんなスーパーに勤務している姉ちゃんはとても忙しいのである。


「年末年始は仕事なんでしょ? クリスマスは俺も姉ちゃんと一緒に居たいな」

「そうだよねぇ……。若いし独身だからって年末年始は使われるんだよね……」


 今年になって20歳となった姉ちゃんは遅番になることも増えてきている。

 ましてや年末年始は忙しいし家族持ちもいる社員とそうでない独身組とではまた違う働き方をしなければなくなる事もあるわけで。


「年末年始はゆっくりしたいけどな」

「わたしがいつもバタバタしてるからね……」

「いつも頑張ってる姉ちゃんの為に今年は俺が姉ちゃんを甘やかしてやるよ」

「タクぅぅぅ! お姉ちゃんがんばるっ」


 ……嗚呼、てぇてぇなぁ姉ちゃん。

 健気に頑張る姉ちゃんは尊い。

 姉ちゃんの為にも美味いもの作らなければ。



 ☆☆☆



「で、あたしを荷物持ちにしてお買い物なわけね?」

「荷物持ちなんて都合のいい使い方しても許されるのは椎名くらいだからな」

「ほんっと都合よく使うわねっ?!」

「幼馴染だからな」

「その言い方は本来は困った時に助ける時のかっこいいセリフだと思うんだけどね?」


 というわけで翌日から早速姉ちゃんの為の料理作りである。

 まあ、俺としても姉ちゃんがクリスマスまでに疲れきっていては困るし、疲れている姉ちゃんを見るのは心苦しい。

 姉ちゃんは笑っていてくれるのが1番可愛い。

 普段からわりと無理してでも笑うくせのある姉ちゃんだから余計に困る。


 姉ちゃんの生理周期を把握しているシスコン狂な俺だが、姉ちゃんは生理の時でも普段と接する態度が変わらない。

 少なくとも俺にはわからないレベルである。

 男にとって女性の生理というのは物理的な痛みなどは理解不可能である。


 最近ではどこかの大学の研究で女性の生理痛を男性でも体感できる装置を開発したとかあるらしいが、そんな装置が開発されるレベルでの苦しみを世の女性は毎月耐えて生活していると思うとなんというか、ねぎらいたくなる。そのくらいしか俺にはできないし。


 ちなみに椎名の生理周期も知っている。

 知っている、というか椎名は露骨に態度が変わる。

 椎名が生理になるとそれはもうおっかない。怖い。

 何気ない言葉でさえ怒り出すし、気を使う。

 そして落ち着くとこの前の態度についての謝罪とか落ち込んだりと椎名も椎名で大変だ。

 生理でイライラしたから、なんて言い方とかはしないし、色々あって八つ当たりした、というのがほとんどである。


 だから俺もそう言ったことに対して、突っ込んだりはしないし落ち着くのを待つ。

 男になんて出来ることは対してない。


「そんな都合のいい女代表の椎名さんに聞きたいんだが」

「泣くぞあたし?!」

「貧血防止によく効く料理を教えてくれ」

「貧血? レバニラ炒めとかじゃない?」

「レバニラ炒めはよく聞くな。他には?」

「あとは……そうね。牡蠣のシチューとか」

「なにそれ美味そうだな」

「美味しいわよ。ママが毎月作ってくれるけど、美味しいのよ。あたしの好きな料理」

「シチューってパン派・ご飯派あるよな」

「うちはパン派ね」


 姉ちゃんの職場であるスーパーで椎名とふたり店内を練り歩く。

 この時期になるとあたたかい食べ物などの誘惑は増していく。


「それで、なんで貧血の話なんて聞いたの?」

「姉ちゃんが忙しくなってくるとよく貧血で体調悪そうでさ」

「疲れが溜まってると貧血の継続ダメージは辛いのよね……」

「だろ? なのでシスコン狂の俺としてはクリスマス以外休みが無い姉ちゃんの為に一肌脱ごうというわけだ。その為にも都合よく使える椎名を小間使いしようとわけだ」

「ほんと酷いわねその言い方。どんだけあたしは都合のいい女なのよ?! しかも桃姉の為というのがあたし的にはさらに複雑」

「すまん椎名。姉ちゃんの為の犠牲になってくれ」

「勝手に生贄みたいな扱いすんな!」


 こんだけ言ってもコントになる椎名はほんと楽でいいよな。喋ってて楽ってのは有難い。


「あたしにだってこう、気を使ってほしい時とか、労ってほしい時かあるんですけど?」

「あー、うん、そうだなー。椎名はいつも頑張ってると思うぞー」

「棒読みが酷い。やり直し。あと雑。もっと丁寧に言葉を選んで頭を撫でながら言って」

「めんどくさ」

「いいじゃない」

「てか頭撫でられるのって女性はわりと嫌うと聞くぞ。髪型が乱れるから」

「そういう人もいるでしょうけど、あたしは撫でられたいのっ」

「前世は犬だったか椎名」

「かもしれないわね。だからあたしにもっと構えシスコン」

「生意気な犬だなぁ」

「噛み付くぞこの野郎?」

「甘噛みなら許す」

「歯型がガッツリ残るように噛み付くに決まってるじゃない」

「そんな噛み付き方はおそらく顔が可愛くないのでやめた方がいいかと思いますよ椎名様?」

「……じゃあ甘噛みで」

「やっぱヨダレ付くからやだな」

「我儘が過ぎるわね」

「……さいですか」


 椎名はどうやらめんどくさい女らしい。

 愉快だからいいが、出会って早々にめんどくさい女だったなら絶対仲良くしたくないなぁ……



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