第37話 天使と悪魔の聖戦。
「姉ちゃん」
「なに?」
「
「そ、そ、そ、そんなことないよぉー?」
実に姉ちゃんは楽しそうだ。
無論俺とて姉ちゃんとのデートは楽しい。
だが、だがしかし。
俺との距離がいつもより明らかに近い。物理的に。
椎名と姉ちゃんとでもここまでの距離感で接してはいないはずである。
「あの服屋さん、可愛いの多い! クミちゃん、ちょっと見てこうよっ」
「……ええ。いいわよ」
姉ちゃんの為に話し方も声も女の子に寄せているシスコンな俺の健気さよ……
ショッピングモールの中でもレディースの多いフロアには下着売り場も目に見える範囲にあるわけで。
「クミちゃん、これとか似合いそう!! あ、これもいいなぁ。むむっ?! こっちも捨てがたい……」
姉ちゃんが次々に服を手に取り俺の首元に宛がっていく。
実に楽しそうな姉ちゃんである。
歳の離れた
「クミちゃん、これとか着てみない?!」
「……そうね。着てみようかな」
レディースの店の更衣室に入ってレディースものの服を試着する俺。
場合によっては通報とかされたりするんじゃないだろうかとか考えすぎてしまうのはやはり俺が男だからだろう。
周りもワイワイキャピキャピの黄色一色でアウェー感がハンパないんだよなぁ……
「どうクミちゃん、着れそう? 難しい?」
「ちょっと難しい」
女の子の服って着るの難しいな。
どんなギミックなんだよこれ……
「だいじょぶ? ちょっと覗くよ?」
「え、ええ」
更衣室のカーテンからひょっこり顔を覗かせる姉ちゃん可愛い。
だが現状パンツ一丁な俺、そしてレディース店というアウェーさからなんとなく気まづい。
「中入るね」
「う、うん」
「この服は腕がこっちで、こっちが前だね」
「わかりにくっ」
どうにか着れそうな目処が経ったが、狭い個室の更衣室に2人もいるため、動いた表紙に姉ちゃんに手が当たってしまった。
「姉ちゃんごめん」
「あ……う、うん……だいじょぶ、うん」
「やっと着れた」
どうにか着れたが、至近距離に居る姉ちゃんの顔がなぜか赤い。
「姉ちゃん、とりあえず一旦外に出よう」
「う、うんそうだねっ?!」
「……大丈夫? 姉ちゃん」
「…………タクが、わたしの胸触ったから……ちょっと動揺してる…………」
「マジで? さっき手が当たった時のやつ?」
「わざとじゃ、ないよね?」
「触るならガッツリ揉みたい、いや揉みしだきたいのでそんなセコい事はしない」
「変に清々し過ぎるからっ!!」
事故とは言え姉ちゃんの胸を触ってしまったのか。せっかくなら揉みたかったなぁ……
今どきラブコメならば事故でもガッツリ揉めるのになぁ……
「……動揺してる姉ちゃんも可愛いな」
「ちょっ! 急に何言ってんの?! 恥ずかしいからっ!」
「ならとりあえず外出ようよ……」
エロマンガシチュエーションなんだよ今……
周りの客や定員にバレないように姉ちゃんの身体をまさぐってくんずほぐれつタイムに突入しそうな俺がいるんだよ……
エロゲ・エロマンガの数々を見てきた俺の耳元で囁いてくるんだ……
俺の理性が保つ間にどうにかしなければならないのである。
とりあえずどうにか姉ちゃんは外に出て、レディースの服が似合っているのかどうかを未だ動揺している姉ちゃんに査定してもらう。
「うん、似合ってる似合ってる」
「さいですか」
「よし! とりあえず着替え直して次行こう!!」
「……勢いで誤魔化した」
なんの為に俺はレディースものの服を着させれらたんだろうか。
まあいい。こういうこともあるだろうさ。
「す、す、す……」
「どうしたの姉ちゃん」
「スイーツバイキング……ごくりっ」
姉ちゃんの視線の先にはスイーツ専門店があり、そのポスターのスイーツバイキングが姉ちゃんのお気に召したらしい。
普段はあまり贅沢はしないし、お菓子などもあまり買ったりはしない。
姉ちゃん自身は甘党だが「ダイエット……ダイエット……」と呪文を唱えている事がよくある。
俺からしてみれば別に姉ちゃんは太ってないと思うし、むしろもう少しだけ太ももとかむっちりしててもいいと思っている。
そんな姉ちゃんだが、目の前の「スイーツバイキング」という文言に随分と葛藤しているようだった。
きっと姉ちゃんの頭の中では天使と悪魔の聖戦が繰り広げられているのだろう。
「パンナコッタ……チーズケーキ……ダックワーズ……カシスフロマージュ……フォンダンショコラ……モンブラン」
「クミちゃん……わたしを誘惑するのやめてぇぇ。だ、ダイエットしてるのぉぉぉ」
姉ちゃんの耳元でスイーツの名前を連呼すると姉ちゃんは葛藤を超えて悲痛な叫びをあげた。
「大丈夫よ姉ちゃん。あと5キロは太ってもいい」
「女の子の5キロはほんとヤバいからっ!!」
そう言いつつもスイーツバイキングの文字から目を離せない姉ちゃん。未練タラタラ過ぎる。
「そう。なら私だけでスイーツバイキングを楽しむとしようかしらね」
「っ?! ………………」
俺が鼻歌混じりに店内へと向かおうと歩き出すと姉ちゃんが半泣きになりながら服の袖を掴んできた。
止めたいのか、それとも一緒に行きたいのか。
今にも誘惑に負けそうな姉ちゃんの顔は思いのほかそそるものがあった。
「姉ちゃん」
「……なに……」
「せっかくのデートなのに、それでいいの?」
「そ、それは……」
「秋の味覚を楽しむのもデートだと思うのだけども?」
「……んんんっ……」
喉奥を覗けば本音が見えそうなほどの葛藤。
姉ちゃんは相当我慢強い。
「私は、お姉ちゃんと一緒にスイーツ食べたいなぁ」
「ぬわぁぁ! クミちゃんはずるい!!」
姉ちゃんを誘惑する為ならなんだってしようじゃないか。
せっかく女装までさせられているのだ。
誘惑のひとつもしないのは精神的ダメージの元が取れない。
「行こう、姉ちゃん」
「クミちゃんのせいで太っても知らないっ」
「摘めるくらいならセーフよセーフ」
「言ったなぁクミちゃん?」
スイーツの誘惑に負けたわりにはまんざらでもない姉ちゃん。
たまにはこんな日もあっていいと思う。
ふたりだけの家族なのだから。
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