第36話 ないものねだり。

 家に帰ると、姉ちゃんがやたらとそわそわしながら待っていた。


「タ、タク。おかえり」

「? ただいま。姉ちゃん」


 正直文化祭1日目で早くも疲れているのだが、しきりに姉ちゃんが「……ん……でも……」とか「……やっぱり……うん……」とか呟いている。


 なにかあったのだろうか。

 もしくは悩み事か。

 ストーカー被害とかに遭っている可能性もある。

 姉ちゃんは可愛いし綺麗だし胸も大きいしスタイルもいいし姉ちゃんだしで悪い虫はどこからでも湧いてくる。


「姉ちゃん、なにかあったの? 話聞くけど」


 ストーカー被害というほど深刻そうではないが、少なくとも普段の姉ちゃんならこういった事はあまりない。

 なにかあるなら聞いておかないといけない。


「そのぉ……ですね」

「うん」


 忙しなく目を泳がせる姉ちゃん。

 どこか申し訳なさそうな顔でもじもじとしている姉ちゃんも可愛い。


「き、着てほしい服があるんだけどぉ……」

「服? いいけど」

「うん!」


 まさか姉ちゃんからの服のプレゼント?!

 それはとても嬉しい限りである。

 なんならその服着て姉ちゃんとデートしたいまである。


「……姉ちゃん……」

「やっぱわたしよりタクの方が似合ってる!!」

「なんか落ち着かないんだけど」

「可愛いよタク!」


 姉ちゃんの部屋で女物の服を着せられている俺。

 昼間にメイド服、夜には女装。

 運命というものがあるのなら、その運命とやらは一体俺をどうしたいのだろうか。


「いやぁ〜実はデザインがよくて買ったんだけどね、わたしだとなんか似合わなくて。メイド服似合ってたタクなら似合うかもっ?! って思ったんだよね〜」

「……さようですか」


 なぜ俺が地雷系ファッションをしなくてはならないのだろうか。

 てか姉ちゃんの普段の服ってこんなのじゃないだろ……

 エナドリにストロー差して飲んで夜の街歩いてたら完全にそれだぞこの服は。


「この襟元のリボンとか可愛いじゃん」

「メイクもしてみようよっ」

「それはさすがに恥ずかしい」

「お願いっ! 絶対可愛いと思うんだよっ!!」

「椎名にこの服着せたらいいんじゃないか?」

「椎名ちゃんだと服のサイズ的に合わなくて」

「まあ確かに、椎名の方が小柄だし」


 元々姉ちゃんは自分のおさがりを椎名に着せたりはしていたが、段々と体型の違いから服の好みも違ってきていたりはした。

 肩幅も平均的には狭い俺の体格と姉ちゃんの体格は椎名と比べると俺の方が姉ちゃんに近い。


「まあ、姉ちゃんがそうしたいならいいけど」

「ありがとタクっ!!」


 そもそも姉妹に憧れていた姉ちゃんである。

 椎名とそういった姉妹コーデみたいな事ができなくなって久しく、こういうものに憧れていたりはするのだろう。


「ふ♪ ふふぅ〜ん♪」

「楽しそうだな姉ちゃん」

「楽しいよ。普段は自分の顔以外にメイクなんてしないし」


 姉ちゃんの部屋の化粧台に座らさせておめかしが始まった。

 普段の生活よりも姉ちゃんが常に近くてこれはこれでいいが、それでもやはり恥ずかしさの方が勝つ。

 姉ちゃんが喜んでいるならいいかなと思う反面、漢としてはこれでいいのだろうかと葛藤ももちろん生まれるわけで。


「やっぱ若いから化粧乗りもいいなぁ」

「姉ちゃんだって若いでしょ」

「そりゃそうだけどさ、やっぱ10代ってのは強いんだよぉ」


 学校でクラスメイトたちにメイクされている時はどうとも思わなかったが、メイクによる姉ちゃんとのこのガチ恋距離はドキドキするな。

 キスとかしようと思えば簡単にできる距離。


 ノリノリで鼻歌を歌いながら俺の顔にメイクをしていく姉ちゃんは気ままなものだ。


「この服ならウィッグとか被ってさらに女の子っぽくしたらもっと可愛いだろうなぁ」

「姉ちゃんがデートしてくれるなら考えてもいい」

「ほんとに?! するするデートする!! なら今度ウィッグも買わなきゃっ!!」

「……マジですか」

「まじまじ大まじ!!」


 姉ちゃんとデートできるならなんだって出来る自信がある。

 ふんどし一丁でスクランブル交差点歩けと言われても余裕でできる。



 ☆☆☆



「姉ちゃん、恥ずかしいんだけど」

「タク、今は女の子なんだからね。ちゃんとクミって名前まで付けたんだしっ」


 デートである。ただし女装しての姉ちゃんとのデートである。

 後日きっちりウィッグを購入してきた姉ちゃんがウキウキで俺に女装させて今に至る。

 姉ちゃん曰く「姉妹デート」であるらしい。


 ……思ってたのと違う……


「プリクラとか撮ろ!」

「おう」

「クミちゃん、今は女の子だから声もなるべく女の子っぽくっ! あと話し方とかも」

「……わかったわよ姉ちゃん」

「うん♪ 可愛いっ!!」


 姉ちゃんが喜んでるから……

 喜んでるからいいんだ……

 そうだろう、拓斗?

 俺は生粋のシスコン。

 泣く子も黙るシスコン狂。


 姉ちゃんの為なら……この恥辱にも耐えてみせる。

 ……くっ!! 殺せ!!

 己の性自認を自身に刻み込み直してはお股のスースー加減に肝を冷やしての繰り返し。

 そして腕を組んでいる姉ちゃんの豊満な胸に癒されるという無限ループ。


 姉ちゃんとのデートはまだ始まったばかりである。

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