第35話 男にも葛藤ってもんはもちろんあるわけで。

「しゃしゃっせ〜女装メイド喫茶どうっすか〜」


 早く休憩時間なんないかなぁ……

 ただでさえ無賃労働なのに、なぜこうも休めないのだろうか。


 お股もスースーするし、いやらしい目で見られるのが苦痛でしかたない。

 どうあっても俺の中に「男の娘」は存在しない。

 なにがあってもメス堕ちなんてしない。

 なぜなら俺は漢でありオスである。

 俺の男根は姉ちゃんを喜ばせる為の伝家の宝刀である。


 ……こんなことを考えていないと今にも逃げたくなってしまう。

 何事も形から入る、という人がいるが、メイド服なんてものを着せられてペットショップの犬・猫みたいな扱いをされ続けていると流石に精神に来るものがある。


 考えてもみろよ。

 目の前を通っていくカップルの男が俺を見て一瞬とは鼻の下を伸ばしてその彼女に叩かれているわけだ。

 その後に看板見て女装かよってなってうげってなられる俺の悲しみよ。

 いやらしい目で見られた直後に気持ち悪いとか言われてわらわられる。

 踏んだり蹴ったりもいいとこだ。

 誰が好き好んでこんな仕打ちを受けたいというのだろうか。


「……しゃっせー……」

「タク?」

「っ!! 姉ちゃ……お姉様……好き」


 そうか俺は……いや、わたくしは桃お姉様にお仕えする為にこうしてメイド服を着ているのでした。

 嗚呼……桃お姉様は今日も美しく可愛らしい。


 早番と聞いていたからこっちに来るのは午後だろうとは思っていた。

 やんわりと香るシャンプーの香りはわざわざ1度家に帰ってから風呂に入っておめかししてきたのだろう。

 秋物の服装はいつもより姉ちゃんをより大人に魅せている。

 夏に比べてどうしても肌面積は減るわけだが、肌面積が多いと他のオス共が群がるからむしろ秋物や冬物のファッションの方が俺としては有難い。そして可愛い。やっぱ姉ちゃんてぇてぇわ。


「えっ?! あ! うん!! ありがとぉ!! タクも可愛いね!!」

「拓斗、あたしもいるんだけど」

「あ、なんだ椎名、お前は休憩なのか」

「桃姉と態度違いすぎでしょ?!」

「これもサービスですので幼女様」

「ぶん殴るぞ!!」


 どうやら椎名は姉ちゃんとタイミングよく校内を回れるらしく、せっかくだから2人でとのことらしい羨ましいなぁ……


「それにしてもタク、ほんとに可愛いね。声聞くまでわかんなかったよ」

「桃お姉様にお褒め頂き光栄でございますわお姉様」

「かつてないほどに拓斗の言葉遣いが丁寧なんだけど」

「何を仰るのですか椎名女児、私は元々こういう話し方でございます」

「差別酷すぎ!」

「桃お姉様、ご入店なさいますか?」

「おい無視か?!」

「う、うん。とりあえず入ろうかな」

「お姉様と幼女をご案内致します」

「ほんっとに失礼だね?!」

「……さっき助けてくれなかったし……」

「そ、それはごめんって……」


 俺は根に持ってるぞ……

 そんな辱めを受けている現状にな。

 姉ちゃんが今日来れなかったら夜中に枕を濡らしてたぞマジで。


「……俺も接客したいな……」


 姉ちゃんがいる間にだけ接客したかったな。

 なんなら「萌え萌えキュン」とかしてもいい。

 そして姉ちゃんにクスッて笑われたい。

 全身全霊でやってやるぜ。


 だが俺は今店前で呼び込みなわけである。

 世の中は不公平で成り立っている。

 こうなったら接客やってる男子全員に薬でも盛ってトイレに駆け込ませようか。そしたら俺が姉ちゃんの対応ができる。


 ……まあ、そんなことはしないけどもさ……



 ☆☆☆



「姉ちゃんと一緒に帰りたかったな」

「あたしで悪かったわね?」

「全くだ」

「いやそこは「そんなことないよ」って嘘でも良いから言ってよ」

「めんどくさ」

「まだ根に持ってるわけ?」

「あれは男に対してのレイプと変わらんぞマジで」

「メイクくらいでなによもう」


 文化祭1日目が終わった。

 すでに俺は疲弊しきっている。

 まだ明日も同じようにしなければいけないのかと絶望している帰り道である。


「でも桃姉が来た時の拓斗の言葉遣いは過去一だったわね。バイトの時もあのくらいしたら?」

「客が全員姉ちゃんだったら考える」

「シスコンめ」


 姉ちゃんの為ならメイド服もふんどしもブーメランパンツだって履いてもいい。

 だがそれ以外はダメだ。


「あっ。拓斗拓斗、焼き芋屋さんあるわよっ」

「そうか」

「買わない?」

「姉ちゃんが晩御飯作って待ってるから要らないかな」

「じゃ、じゃあ半分こしよ? それならだいじょぶでしょ?」

「……まあ、それならいいな。寒いし」

「やった♪」


 軽トラに旗を掲げただけの焼き芋屋。

 寒い時期になるとどうしても食べたくなるのはよくわかる。


「はいっ。半分こ」

「おう。いくらだった?」

「いいわよ。メイクさせてお詫びってことで」

「……そうか。なら遠慮なく」

「うん」


 秋空のほとんど暗い帰り道に2人で晩飯前に買い食い。

 見る人が見ればこれも立派な青春と言えるのだろうか。


「あっふい!」

「甘くて美味いな」


 ほふほふしながらも美味しそうに食べる椎名。

 お互いに口からは吐息と湯気が暗い帰り道を少しだけ白く染めた。


「ねぇ」

「ん?」

「あたしと桃姉でさ、なにが違うの?」

「胸」

「やっぱ殴ってもいい?」


 即答してしまうほどには天と地ほどの差があると言っていいだろう。

 がしかし男が胸にロマンを求めるのは本能的な事でありこの世の真理である。


「前にも言ったかもしれんが、結局は母性を求めているという話だな。姉ちゃんは殴ったりしないし」

「あたしだって実際に殴ったりはしてないじゃん」

「そうだな」


 かと言ってべつに椎名の事を嫌っていたりするわけではない。

 俺がどうしようもないシスコンなだけであって。


「でも椎名が急に姉ちゃんみたいに優しくなったら気持ちが悪い。いや、気味が悪いと言うべきか」

「じゃあどうしようもないじゃないの!!」

「まあ要するに、今のままでいいんじゃないか。からかったりできるくらいが丁度いい」

「あたしは傷付くんですけど?」

「それはすまん。俺の遊びに付き合ってくれ」

「あたしの胸が可哀想だと思わないの?! 酷すぎるっ」

「椎名、世の中にはからかえないくらいのものもあるんだ……」

「……そうね」


 姉ちゃんとの距離感と椎名との距離感はまた別物だ。

 椎名とのこういう会話はそれはそれで心地よいと感じる。

 椎名に対してはあまり遠慮なんてしないし、そこまで配慮もしてない。

 たぶんこれはこれで椎名にも俺は甘えている。

 この関係性に。


 かと言ってほんとに言ってはいけない事は言わない。

 椎名を傷つけたくはない。

 幼馴染という関係の距離感もまた独特だ。


「拓斗が揉んでくれたら、もしかしたら大きくなるかもなんだけど?」

「それ言ってて恥ずかしくないのか?」

「うっさいわね!!」

「姉ちゃんの胸は天然ものだぞ?」

「桃姉の巨乳は遺伝子レベルじゃん」

「あれが遺伝子ガチャってやつなんだろうなぁ」

「……残酷過ぎて泣けてくるわ」

「まあ、頑張れ」


 こんな会話をしててもコントが成り立つ椎名との会話は楽でいい。

 ずっとこのままであればいいと俺は思っているほどには。


「腹いせに初芽ちゃんに拓斗の寝顔写メを送りまくってやる」

「おいそれはやめろ冗談じゃない」

「やだねっ。ちっぱいだの貧乳だと好き勝手に言いまくる拓斗が悪い!!」

「いやほんとすんませんでした椎名様」


 ……前言撤回。

 幼馴染はやっぱり厄介極まりない。

 お互いのデリカシーとか配慮とかやっぱとち狂ってる。

 皆さんも幼馴染との距離感にはご注意を。

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