第28話 店長の妹さん。
「ありがとうございましたぁ〜」
文化祭の準備でシフトを減らしてもらっても、それでもバイトはどうしてもあるわけで。
「たっくん、しぃちゃんもお疲れ様。今日もありがとね」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です店長。今日は忙しかったですねー」
今日は店長、俺、椎名の3人で回していた故にてんやわんやだった。
「けどまあそれにしても見事に仕事終わりのおっさんばっかでしたね」
「そうだね〜。常連さん多いから助かるけどね」
「
「たっくんはたっくんでしれっと仕事できるから。ね? 先読みして仕事終わらせてくれてたりとかいつも助かってるよ」
「ども」
常連客たちは店長に鼻の下を伸ばしつつも気は使える。
忙しい時には注文を我慢し、お皿を片付けやすいようにしてくれたりと常連客の気遣いはたしかに有難い。
まあ、店長に対しての下心から来るものではあるのだろうが、人によっては俺にも声を掛けてくれる人もいる。
接客業なんてのは人に勧められるもんじゃないが、たまに触れる人の優しさはあたたかいと感じる。
最近では椎名のファンも増えている。貧乳好きかあるいはロリコン説が俺の中で浮上しているが、そこは気にしないでおこう。
「やっぱ文化祭の準備って忙しい?」
「ムチンロードーバンザーイって気持ちですね」
「たっくん……目が死んでる」
「拓斗が目を輝かせる時は桃姉の話だけですよ店長」
「シスコンいいな。うちの妹も「お姉ちゃん大好きー!!」って抱き着いてくれたりしないかなー」
「店長、妹さんなんていたんですか?」
「いるよー。真面目でいい子となんだよー」
「椎名、お前も真面目でいい子になったらどうだ?」
「あたしほど真面目でいい子な幼馴染そうそう居ないと思うんですけど?」
「頭はいいが真面目じゃないだろ。真面目なら学校に遅刻なんてしない」
「それはこの間拓斗が寝坊したからじゃん!」
「ふたりは仲良いね〜」
椎名が来てからは営業終わりはいつもこんな感じだ。
前より賑やかだ。
テーブルを拭きつつ椎名と口論みたいなお喋り。
それを微笑ましそうに眺めつつ片付けをする店長。
愉快な仕事終わり。
「文化祭、私も行くから楽しみだな」
「拓斗のクラスは女装メイド喫茶ですから、拓斗の恥ずかしいメイド服姿が見れますよ店長」
「ふふふっ。知ってるよしぃちゃん。妹がメイド服制作担当だからね。なんかすっごい張り切ってるんだー」
「そうなんですか」
「知ってるってことは、拓斗と同じクラスって事ですか?」
「そだよ。クラス委員長もやってるんだ。
「……そうですね」
委員長って……店長の妹さんだったのか……
知らなかった……
そういえば幸村って苗字も同じじゃん。
「店長、もしかして結構お店の話とかも妹さんにはよくしてたりします?」
「うん。たっくんとかしぃちゃんの話とかもよくするよ。たっくんが構ってくれなーいって話とか」
「……なるほど」
なんで委員長がって思ってたけど、そういう事だったのか。
……なんかめっさやりづらいなぁ。
こっちは知らなかったとはいえ、てか名前すら認識してなかったし。
「妹さんはお店手伝ってくれたりしないんですか?正直あたしたちじゃ回せなくなる時絶対あると思うんですけど」
「妹には勉強とか学校の事を頑張ってもらいたいんだよね。私の分も」
店長はそう言って笑った。
その笑顔はどこか姉ちゃんと重なった。
その笑顔の中に寂しさや我慢が見えて、下の弟としては少し申し訳ない気持ちになった。
世の中往々にして弟を所有物として扱う姉もいるだろう。
けれど、店長や姉ちゃんみたいに家族思いな姉もいる。
自分より先に大人になって生きている。
家族であり続けるために努力する姿を俺はよく見ていた。どうしようもない自分に少し苛立ちを覚えながら。
「だから文化祭は私も楽しみなんだ。妹が頑張ってるとこ見られるし」
「個人的にはうちのクラスには来てほしくないんですけどね」
「拓斗、あたしもバッチリ見に行ってあげる」
「……椎名のニヤニヤ顔、不快だなぁ」
「あたしも楽しみだなぁ」
「お前ほんといい性格してるな」
……女装メイド喫茶なんてほんと誰得なんだよ……
メイド服は女の子が着るからいいのであって、男が着ても可愛くないだろうに。
せいぜい男の娘くらいなものだろう。
「うっし。終わったねー」
「終わりましたね」
「んじゃ拓斗、帰ろ」
「おう」
「ふたりともありがとね。お疲れ様」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です店長」
今日も一日が終わった。
居心地のいい職場だからまだいいけど、そうじゃなかったら続けられないだろうな。
「んー疲れたー」
「だな」
「てかもう寒いね」
「もう秋だしな」
着替えて秋の夜道を椎名と歩く。
仕事終わりの身体に秋の空気が染みる。
「拓斗」
「なに?」
「手、繋ぎたいんですけど」
「恥ずかしいからやだ」
「いいじゃん。すぐ着くし」
「最近ますます遠慮なくなってきたよな」
「そりゃ幼馴染だし」
結局有無を言わさず手を握ってきた椎名。
抵抗するだけ無駄なのだと長い付き合いから理解する。
昔は恥ずかしく思うこともなく手を繋いでいたなぁとか思いつつも今日の晩御飯はなんだろうかと考える。
「拓斗はほっとくとすぐどっか行っちゃうから、だからあたしは拓斗から離れないようにしないといけないの」
「子ども扱いするのやめい」
「子ども扱いはしてないわよ」
そう言って微笑む椎名。
こいつはほんと物好きだな。
変なやつだ。
「そのうち首輪とリードとか付けられそうだ」
「首輪にはちゃんと名前書いたげる。平仮名で『たくと』って」
「ノリノリで犬扱いすな」
「お手ができたら褒めたげる」
「姉ちゃんにならお手をするな俺なら」
「ほんとにブレないシスコン野郎だなぁ」
「シスコンはブレないんだよ」
どうしようもないくらいの他愛もない会話。
けれど、この幼馴染の距離の会話は1番気が楽だ。
「じゃあね。拓斗」
「おう。お疲れ」
そうしてお互いに家に帰った。
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