第21話 遅刻より姉の手料理。

「起きなさいよ拓斗」

「…………」


 なにか、夢を見ていた。

 なにかはわからない。

 目が覚めた傍から消えていく。


「遅刻するわよ?」

「…………」


 眠い。

 どうやら椎名が俺に馬乗り状態で俺を起こしているらしかった。

 人によってはご褒美とも言えるような夢の朝。

 個人的には夢から覚まさないでほしかったという気持ちだけが爽快感を邪魔している。


 幼馴染が朝起こしにくる、なんて都市伝説かと思ってた。

 だってそんなこと今までなかったし。

 てか部屋の窓開けたら椎名の部屋に行けるとかそんなんじゃないしな。


「マジで遅刻するってば!」

「……チェンジで」

「なにがチェンジよ?! デリヘルじゃないわよあたし!!」

「姉ちゃんじゃないからチェンジ」

「この間あんた椎名姉って呼ぶって話だったじゃない!!」

「ならDNA鑑定書持ってきてくれ。そしたら考える……おやすみなさい」

「寝るなぁぁー! 起きろっ!」

「……ちょっと寒いから毛布返して」

「嫌よ」


 椎名に毛布を取られて俺は丸まって耳を塞いだ。

 眠いたいんだ俺は。間違った眠りたいんだ。

 なんだよ眠いたい。ごっちゃになってるな。仕方ないか寝起きだしおやすみ。


「あたしだって朝は弱いから気持ちはわかるわ。だけど学校行かなきゃ」

「なら椎名も一緒に眠るか? 心地よい眠りを椎名姉に」

「……そ、それはその、一緒のベッドでってことよね?」

「いや椎名姉は床」

「酷い!」

「一緒のベッドで寝ていいのは姉ちゃんだけ」

「その桃姉が朝ごはん作って待ってるわよ」

「う〜んいい朝だぜっ!」

「ほんっと桃姉大好きよねっ?!」


 仕方ない。だって姉ちゃんじゃないんだし。

 そんなことより姉ちゃんのご飯食べたい。お腹空いた。


「まあでも、もう食べる時間ないかもだけどね」

「何言ってんだ。遅刻より姉ちゃんのご飯の方が最優先だろ」

「……あたし先行ってていい?」

「ああ。椎名は優等生だからな。遅刻はダメだぞ?」

「どの口が言ってんのよ……」

「シスコンの口が言ってるな」

「はぁぁぁ………………」


 椎名は頭を抱えて深いため息を付いた。

 それでも俺に構うって相当良い奴だよな椎名って。

 ただ男の趣味が悪いばっかりに大変なことになってるだけで。


「ちなみにもう桃姉は仕事行ったから」

「……ご飯食べたら寝るかな」

「寝るな起きろ学校行け。……もういいわ。拓斗を引きずってでも学校連れてく」

「遅刻するぞほんとに?」

「仕方ないでしょ」


 ムスッとしながらも俺の世話をしだす椎名。

 介護されてる気分。悪くはないな。


「寝癖も酷いじゃない」

「犬みたいにわしゃわしゃするのやめて」

「手のかかる犬みたいなもんよ」


 わざわざ自前のくしを取り出して俺の頭の寝癖を直す椎名。

 なんだかんだ世話焼きなのは椎名の良いとこであり、苦労するところなんだろうなぁと他人事かのように寝ぼけた頭で思った。


「……姉ちゃんならきっと胸が当たっッ痛!」

「悪かったわね当たるもんが無くて」


 頭を叩かれました痛いです。

 叩きつつも寝癖は直してくれるんだよな。


「頭引っぱたいたせいでせっかくセットしたのに崩れたじゃない!」

「……すんませんでした椎名姉」

「ふふん。それでいいのよ。あたし、お姉ちゃん!だから」


 小さい胸を張ってドヤる椎名お姉様。

 可愛らしいことで。

 無事に寝癖も直りリビングで朝食。

 姉ちゃんの作ってくれた朝ごはんを毎日食べられることに精一杯の感謝である。

 当たり前なんてことはないのである。


 そして当たり前ではないことを忘れてはいけない。

 これはシスコン道を極める上で最も大切なことである。姉ちゃん愛してる。


「美味しそうに食べるわよね」

「姉ちゃんが作ってくれたご飯だからな。大事な事だ」

「あたしが作っても、そんな風に食べてくれる?」

「…………どうだろうか」

「間が長い!!」

「だって椎名が作ってくれた事ないだろ? 想像がそもそもな」


 椎名は基本的に手先は器用だし勉強もできるし運動神経も良い。非の打ち所がないとはこの事だろう。

 そんな椎名が料理をしているところを想像はできない。

 1度もそのシチュエーションに遭遇していないからだろう。


「じゃ、じゃあ今度作る。あたしがバイトなくて桃姉が早上がりな日にでも」

「それは楽しみだな」

「ええ。楽しみにしてて。拓斗に「お前の作った味噌汁毎日食べたい」ってプロポーズさせるわ」

「いつの時代のプロポーズだよ……」

「時代とかどうでもいいのよ」

「必死すぎる」


 拳を握りしめて気合いを入れる椎名。

 それを見て微笑ましく思いつつも姉ちゃんの作ったご飯を咀嚼した。

 もうすでに遅刻な時間帯であるが、俺は断固としてこのご飯を食べるのを止めたりはしない。


「あたし、一応調理実習とかはわりと得意な方だったから」

「そうか。食中毒だけないようにしてくれたらそれだけで有難い」

「……絶対美味しい料理作ってやる」

「怖い。怖いです椎名姉さんや。料理人の目じゃないって」


 姉ちゃんの作ってくれた料理を食べ終わり、手を合わせて最大限の感謝を。


「一瞬、あんたの仕草が悟りを開いた人みたく見えたわ……」

「日々姉ちゃんの料理を食べているシスコン弟なら誰しも悟りを開くものです」

「なんか雰囲気すら変わってない?!」


 ブッダも泣いて喜ぶ姉の手料理なのだ。

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