第20話 シスコン理論。

 この前のバイト終わりの3人での話し合いでは結局、姉ちゃんと椎名が仲良くなっただけだった。

 いや意味わからんて。


「どしたの拓斗、ぼーっとして。桃姉のお弁当、美味しくないの?」

「そうじゃない。普通に美味い」


 今日から新学期である。

 今年の夏はもう終わった。終わってしまった。

 海に行ったくらいしか思い出としてはなかった。

 あとはバイトバイトバイトの日々だったわけで。


「なに? あ〜んしてほしいとか?」

「いや違う」


 姉ちゃんが言っていた事。

 要するに椎名の事も好きになってほしい。

 そういう事だ。

 あまりにも男側の俺としては都合の良すぎる展開である。

 俺がもうちょっと盛ってる性欲魔人なら2人まとめて相手してヤるぜーっヒャッハーみたいなこともあるのだろう。

 けどなぁ……なんかそういうのヤダな。


 そりゃ男のさがとしてはいいんだろうけど、なんかなぁ……


「早く諦めたら?」

「……そういう問題じゃないんだよなぁ」


 ラブコメとしてならまず間違いなく破綻してる。

 しかもハーレムエンドですらない。

 人生はそれでも続いてくのだ。

 それでどうにかなるわけもない。


 だが実際、姉ちゃんが「家族」に依存してるのもわかる。俺だって形は違えどそうなのかもしれないのだから。


 血の繋がった家族は俺だけで、家族同然の繋がりは椎名たち七島一家くらい。

 けれど両親同様、いつ誰が突然死ぬかもわからない。それが生きるという事だ。


 要するに姉ちゃんはこれ以上大切なものを失いたくないのだ。だから受け入れる。受け入れようとしている。その結果がこの前の話し合いで話してたことだ。


「ねぇ拓斗」

「ん?」

「……ほんとに、嫌なら……言ってね」

「嫌ではないから困ってるんだ」

「……そか」


 姉ちゃんが言ってたこと。

 あとは俺の問題だと。

 つまりは俺が椎名の事も受け入れたら、それで全部丸く収まる。

 椎名も姉ちゃんも愛せと、そういう事だ。


 世の中のモテない男性からすれば喉から手が出るほどほしい悩みとも言えるのだろう。

 けど考えれば考えるほど現実的じゃない。


 俺がもっと頭が良くて、いい大学に入ってかなりの稼ぎがあればわからなくはない。

 優秀な遺伝子に集まる女性というのもわからなくはないのだ。本能としてそうなっているのだから。


 でも俺は椎名ほど頭もよくないし、姉ちゃんみたいに頑張り屋でもない。

 姉ちゃんと一緒に居られるための情報を集めていた中で、それがどれだけ大変な事かは多少知っている。あくまでも知識の範疇はんちゅうでしかないが。


「椎名も物好きだよな」

「どつくぞ?」

「すんませんでした」


 どつかれてからそう言われてもな。


 現状、椎名が居なくなると俺も困るだろうな。

 とは思うし死なれたら悲しいだろう。

 実際生まれてからほとんどずっと一緒だったようなもんだし、幼馴染という間柄あいだがらはピッタリなわけで。


 椎名を「女性」として見れるのか。

 そういう話なわけで。


 たぶん、今俺が抱いている椎名に対しての感情は世間一般の人の「近親に対して欲情するか?」みたいな話だと思う。

 自分の母親とか、そういう血の繋がりの極端に近い存在に対して性的欲求を抱けるのかって話。


 生物が近親に対して嫌悪感を持つのは当たり前らしい。

 とくに顕著なのが父と娘だ。

 年頃の娘が父をやたらと嫌うのは娘が「女性」として身体が成長していて、その近しい血を遺伝子レベルで嫌悪する。

 要は子どもを授かるべき対象として認識しないようにしているのでないかと思っている。

 これは逆の立場も言えるだろう。


 息子が母親に対して「ババア」なんて酷い事を言うのも遺伝子レベルの嫌悪なのだと思う。

 まあ別に俺は学者じゃないから、大逸れた話なんてできない。


 けれど、自分の持っている遺伝子から離れた存在を好きになり性的欲求を抱くという一般的な肉体システムから逸脱している俺でも椎名に対してはそうでもない。

 話としてならむしろ椎名に対して性的興奮を抱くのは普通で、血の繋がった姉ちゃんに対して抱く方が遺伝子的にも倫理的にもおかしな話。


 だから多分、俺は姉ちゃんが病的に好きな事以外はまともなのだろう。

 椎名を「女」としてじゃなく家族みたいな存在として認識している故にそれを受け入れられていない。


「椎名は実はほんとに姉だったら……俺はどうしてたんだろうか……」

「そりゃもうメロメロじゃない?」

「どっから来るのその自信?」


 問題なのは俺が重度のシスコンなのか、それとも「長谷川桃」という女性を好きなだけで、好きになってしまった人が半分血の繋がった実の姉だっただけなのか。


 長谷川桃が好きなだけなら、たとえ椎名が血の繋がった同い年の姉だったとしても好きにはならない可用性もあるわけだ。


「なぁ椎名」

「なに? プロポーズ?」

「椎名の事、試しに椎名お姉ちゃんってしばらく呼んでみていいか?」

「ッ!!」


 椎名は突如顔を真っ赤にしてげへげへしだした。気持ち悪い。

 どうやら「お姉ちゃん」と呼ばれたことが嬉しいらしい。

 椎名も椎名で姉妹とか兄弟とか、そういうのに憧れているからよほど嬉しいのだろう。


「……いいわよ。とってもいいわよ」

「やっぱやめとくわ」

「なんでよ?!」

「気持ち悪かった」

「いいじゃない!! お姉ちゃんって呼んで!!」

「ここ、教室だからな?」


 勢いよく立ち上がって抗議したせいでクラス中の生徒から視線を集めるどうしようもない幼馴染。

 こんな幼馴染ですみません。


椎名姉しいなねぇ、落ち着こうか」

「う、うん。……えへへ」

「…………」

「あたしに遂に弟が」

「それはお前の親に言え」

「おねショタも……悪くないわね」

「どっからそんな知識身に付けてきたんだよ」


 教室で「おねショタ」という単語出す幼馴染とか嫌だわ流石に。

 ……まあ、俺もどっこいどっこいか、うん。


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