第19話 高校1年の俺には難しい。

 重い。空気が重い……。

 いわゆる修羅場というやつだろうか。

 この3人での修羅場というのがなにより怖い。


 長谷川家のリビングには沈黙がたたずんでいる。

 椎名は複雑な気持ちを抱えつつも嫉妬している。

 姉ちゃんはどこか落ち着いているようにも見えるが、なにを考えているのかわからない。


 俺は……どうしていいかわからない。


「拓斗はっ……どっちが好きなの?!」

「姉ちゃん」

「……即答……」

「タク、そこはブレないんだね……」


 混沌カオス過ぎる空気でもその問いには頭を悩ませる一瞬すらなく答える俺はどうしようもないシスコンなのだと修羅場で実感した。

 なんなら自分でもちょっと引いた。


「じゃ、じゃあ!! 拓斗は桃姉とエッチできるの?! 桃姉は?!」

「むしろシたい」

「……まあ、のちのちは……うん」

「いやでも近親だとリスクあるじゃん!!」

「知ってるよ」


 近親での性行為が禁じられているのは奇形児や障害を持って生まれる確率が跳ね上がるからである。

 本来男女の肉体関係において、互いの遺伝子がかけ離れている方がいいらしい。

 その方が遺伝子から引き継ぐ分母が増えるのでそう言ったリスクを減らせる上に、新たな遺伝子によって病気に強い身体になったりと種を存続するにあたって都合がいい。


「も、桃姉はどうなの? これで、このままで居られると思ってるの?!」

「……わからない」

「なら」

「でも、家族だから」


 姉ちゃんは優しい微笑みで椎名の問いに答えた。

 その答えが聞けてよかったと思うと同時に、こうなるという事を改めて実感した。

 これが世間からの風当たり。


 いや、椎名が言ってくれている分まだそよ風みたいなものだ。

 椎名自身、問いを投げかける度に苦しそうなのだから。


「椎名ちゃん」

「……」


 姉ちゃんは椎名と俺の間に座った。

 姉ちゃんは何を考えているのだろうか。


 俺の答えはもう出ている。

 姉ちゃんにもそこに迷いはないように見える。

 椎名だって答えはずっと前から決まってる。


 だからこうなっている。


「これは、椎名ちゃんとタクの問題なんだ。わたしはもう決まってる。だからふたりの問題」

「姉ちゃん、どういうこと?」

「……問題なんて、桃姉と拓斗の近親以外に問題なんかないでしょ……あたしが首突っ込んでるだけで」


 椎名は泣き崩れて下を向いている。

 椎名が泣くのを見たくない。

 けれど、目を逸らすわけにはいかないのだろう。

 自分のせい、と言えばそうなのだから。


「たしかにね、わたしとタクだと、問題は山ほどあるよ。子どもとかだってどうするんだって言われたら、ちょっと難しい」


 姉ちゃんは優しく寄り添うような声音で椎名を抱き締めながらそう言った。


 子どもについては、もしかしたら将来的には解決するかもしれないと思っている。

 デザイナーズベイビー。

 子どもに引き継ぐ遺伝子を選択できれば、遺伝子欠陥や障害を退けることができるかもしれないと思っているからだ。


 現状ではまだその技術も世間からの風当たりは強いし、現実的ではない。金銭的な問題もある。

 だがもう少しすれば、それも可能になる未来もあると俺は思っている。


「っ?! 姉ちゃん?!」


 姉ちゃんは俺もを抱き寄せて3人で密着するような体勢になった。


「わたしね、ふたりの事大好きだから」


 ある種暴力的とすら思えるほどの優しい笑顔と抱擁。

 姉ちゃんの胸が当たってるという状況なのに、何方かと言えば落ち着く。

 安心感が全身を包むような心地。


「わたしが考えてる未来には、椎名ちゃんも居てほしいって思ってる。妹みたいな存在だから」

「でもそれは」

「だから、わたしの願いはふたりの問題。わたしは全部受け入れる。ふたりのことなら」


 姉ちゃんがなにを言いたいのか、なにを願ってるのかわからない。


「桃姉の、願いって具体的には、何?」

「う〜ん。現状的には、椎名ちゃんとタクが結婚。わたしはそのひっつき虫」

「……姉ちゃん、それって俺がかなりのクズ男なのでは?」


 姉ちゃんが言ってる事は要するに、法的に問題ない俺と椎名が結婚、姉ちゃんは俺と椎名公認の俺の愛人となる、という事である。

 ……近親の事実婚も世間体的にはよくないが、そっちの方がもっとよくないだろ。色々と。

 まあでも今更感はある。


「どう? これなら3人で居られる」

「どう? じゃないだろ姉ちゃん……」

「あたしは……それでもいい」


 姉ちゃんに抱き締められながら、涙目のままの椎名が俺を見つめながらそう答える構図はなんとも奇妙で、俺は困惑する一方だった。


「前に言ったでしょ。あたしは拓斗がクズ男でも受け入れるって」

「……妄言のクズと現実的なクズ男だと話がとんでもなく違う気がするんだけど……」

「それでもいい」


 どうしたら、いいのだろう。

 そんなことかんがえもしなかったし、この話自体をまだ俺は受け入れられていない。


「じゃあ、あとはタクの問題」

「?! 今ので俺だけの問題になったの?! どこで解決したんだ?!」


 いや色々とおかしくないだろうか?

 おかしいと思う。いやそもそも俺がおかしいのはわかってるけどさシスコンだし。


 でもさ、いいのか? これは?


「タクが、椎名ちゃんの事を受けれてくれたら、全部解決」

「いやいや、でも姉ちゃんはそれでいいのかよ?」


 今更そんな事を聞く。それでいいのか?

 さっきその答えは聞いてるのに、聞かずにはいられない。


「椎名ちゃんだったら許す。それ以外の女の子は嫌」

「あたしも、桃姉以外の女だったら許さない」


 ふたりの答えに、俺はなんて答えたらいいのだろうか?

 ハーレム、なんてのは考えた事もないし、現実的じゃない。理想だとすら思ったこともない。


 それを受け入れるには、俺はまだ未熟過ぎた。

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