第18話 3人での帰り道。
「拓斗ー、そっちお願い」
「りょーかい」
夏休みと言えどバイトは普通にあるし、なんなら忙しい。
今日は俺と椎名と店長の3人だけだし週末だしでさらに忙しい。
「しゃっせー」
「いらっしゃいませー」
さらにお客さんが入ってくる。
まだ来んのかよと思っていたのも束の間、俺は一気にやる気を出した。
「天使が来た」
「桃姉! いらっしゃい」
「タク、椎名ちゃん。遊びに来たよ」
どうやら姉ちゃんたちはスーパーの仕事終わりに居酒屋に来たらしく、姉ちゃんも行き先を知らないまま着いてきたらしい。仕事場で姉ちゃんを拝めるとか最高だな。あと姉ちゃん可愛い。
「あの子、たっくんのお姉さん? すごい美人ね」
「そうでしょうそうでしょう。天使なんですよ」
「シスコン、仕事しろし」
「たっくんてシスコンだったんだね」
「なんなら名札に「シスコン」って書いてもいいですよ」
「拓斗、それはキモイからやめて?」
「そうか、それは残念だな」
「でもたっくんがシスコンになっちゃうのもわかるなぁ。可愛いしスタイルいいし、私でも目がいっちゃうもん」
同性から見てもやはり姉ちゃんは魅力的に見えるらしい。
姉ちゃんはどうやら相当に罪な女らしい。
「……今日はあの男はいないな……」
「どしたの拓斗?」
「なんでもない」
この間の雨の日のあの男。
どうみても姉ちゃんにちょっかい掛けてる奴だったが、今日はこの飲み会に参加していないようなので安心である。
姉ちゃんたちは4人で来ていて、テーブル席に座っている。
姉ちゃんを含め全員女性で、
「……姉ちゃん可愛い……」
「拓斗、殴っていい?」
「それはやめて?」
「しぃちゃんも嫉妬してるのね」
「してますよそりゃ」
「複雑なものでね」
「そっかぁ。じゃあたっくんの好きな人ってお姉ちゃんなんだね」
「そうです」
「即答すなっ」
「私はてっきりたっくんは椎名ちゃんの事好きなんだと思ってたよ」
「幼馴染ですよ」
「そうですよ。もう結婚式をどこにしようかと拓斗とふたりで」
「椎名、頭でも打ったのかもしれないから病院行ってこい」
「頭がおかしいのは拓斗でしょ? なに?それともまた抱き締めてあげようか?」
「それはちょっと恥ずかしいからやめて」
「やっぱりふたりとも仲良いね」
そしてまたお客さんに呼ばれて店内をあちこち走り回ったり、かと思えばお喋りしたりと緩急激しい。
忙しくても、それでも姉ちゃんにはやっぱり何度も目がいった。
楽しそうに仕事仲間と話す姉ちゃん。
それを見て少し寂しいと感じるのは我儘だと自分で思う。
「やっぱり抱き締めてあげようか?」
「慰めようとすんな」
知らない姉ちゃんの笑顔。
それを見れるのは嬉しいけど、その先に俺はいない。
でもやっぱり笑ってる姉ちゃんを見て、それだけで嬉しい気持ちもあったりで複雑だ。
こういう自分がまだ子どもなんだなと感じてしまう。
「桃姉、楽しそうだね」
「そうだな」
椎名もやわらかい笑みで姉ちゃんたちを眺めている。
椎名からしても自分のお姉ちゃんみたいなもので、それを見ていられるこのバイト先は案外悪いもんじゃない。
「はよございまーす」
「あ、山村くん。おはよう」
22時以降勤務のバイトも出勤してきて俺と椎名はそろそろバイト終わり。
できれば姉ちゃんと一緒に帰りたいけど、楽しそうにしてる姉ちゃんを横から奪って帰る訳にもいかない。
「たっくん、しぃちゃん。お疲れ様。ありがとね」
「お疲れ様です店長」
「店長、お先に失礼します」
椎名と裏に引っ込んで帰り支度。
店内からはまだ楽しげな声たちが聞こえてくる。
「着替え、覗かないでよね」
「覗かないよ」
「覗かないんだ」
「フリを振るなよ」
どうやら幼馴染は覗かれて興奮もするタイプらしい。
いよいよこいつの将来が心配である。
着替えといっても居酒屋のオリジナルTシャツと持参したらパンツなので、俺はそのまま控え室でシャツを脱いで私服に戻る。
女の子は大変だよなその辺。
「覗いたでしょ」
「覗き穴でもあるのかよ」
「探せばあるかもしれないわ」
「今の椎名のその構図だと椎名が覗こうとしてるようにしか見えないけどな」
更衣室のドアに顔面を近付けて隈無く穴を探そうとする椎名。
膝をついてドアにへばりつくような姿勢は腰や尻が強調されていてエロいとは思った。思ってしまった。
「更衣室に穴がないってどういうことなの?!」
「お前の更衣室に対しての概念どうなってんだよ」
「拓斗のシスコン脳には言われたくないわね」
「さいですか」
着替えも終わって控え室を出て帰ろうとすると姉ちゃんと目が合った。そうかこれが恋か。
「タク、もうあがり? なら一緒帰ろ」
「それは嬉しいけど、同僚たちは?」
「弟と妹送ってくって言ったからだいじょーぶ」
姉ちゃんの同僚たちの方を見ると手を振っていた。
あの人たちは信用できるな。儂も安心じゃわい。
とりあえず会釈して店を出た。
「なんか3人で帰るの久々じゃない?」
「昔は桃姉と帰ってたよね。懐かしい」
「小学生の頃の話だな」
まだ父さんも母さんも生きてたし、難しい事も考えてなかった小さい頃の記憶。
4つ上の姉ちゃんは当時の俺にとって大人に見えていた。今だって大人だし、ふたりで暮らす為に頑張ってくれている。
でも笑うと子どもっぽかったりとか、そういうところは変わってない。
自分にとって姉ちゃんはいつまでも姉ちゃんなんだろうなぁと当たり前な事をなんとなく思う。
「昔はタクよりわたしの方が背も大きかったのになぁ」
「拓斗、あたしが見下ろせるくらいに縮んでよ」
「その言い方には悪意しかないぞ」
姉ちゃんに頭をポンポンとやさしく叩かれながらも椎名にツッコミを入れる。
「ふたりは仲良いよね」
「仲が良いというより、腐れ縁だよ姉ちゃん。人が物に情を抱くように、そういう風になるくらい長く居すぎただけ」
「あたしもそう思うわ桃姉。幼馴染じゃなかったら拓斗を蹴り飛ばしてたと思うし」
「どっちみち暴力は奮われがちなんだけどな? 椎名さん?」
どうして姉ちゃんは羨ましそうにそんな事を言うのか俺にはわからなかった。
「でもあたしから見たら、桃姉の方が羨ましいよ……」
椎名は立ち止まって、そう告げた。
この空気感は色々とまずい気がして、でもどうにかできることでもなくて。
「桃姉と拓斗は、もうそういう関係なんでしょ?」
姉ちゃんも椎名も、お互いがもう知っている事。
それをどうしてここで今直接聞くのか。
仲のいい姉妹ではなくなってしまうのではないか。
そんな懸念が頭の中で鳴り響いてるが、俺はそのど真ん中にいる。
「……3人で、少し話そっか」
わかっていたことだ。
なんとなく、で前と変わらない生活が維持できるなんて思ってはいない。
姉ちゃんへの想いがバレて、こうなることは前からわかってた。
それでも俺は、姉ちゃんと椎名に甘えていたのだろう。
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