第17話 仕事終わりの雨の日に。
「お疲れ様でした」
「長谷川さん、お疲れ様」
スーパーで働きだしてから結構経つけど、この店舗は働きやすくていいと感じる。
「あったあった♪」
なにより仕事終わりにお買い物ができるのがいい。
夏休みになってからはタクが料理当番をしてくれる事が増えたけど、お買い物はわたしがする方が断然多い。
「長谷川ちゃん、上がり?」
「はい。そのままお買い物して帰ろうと思って」
「そうなんだね」
パートの高原さんは正直あまり得意ではない。
大学生でしっかり仕事をしてくれるのは助かるけど、いつもしつこく話しかけてくるから苦手だ。
「長谷川ちゃんはこの夏予定とかあるの?」
「いえ。とくには」
「じゃあさ、今度食事とか行かない? いいとこ知ってるからさ」
「機会があれば」
お会計を済ませた後もずっと話しかけてくるし、そもそも外のカート集めは高原さんの仕事でもないのにだいたいいつも入口付近まで着いてくる。
「それでさ、この前行ったお店がさ」
「雨か……あ、うん」
スーパーの入口を出て、雨が降っている事に気付いた。
今日は傘を持ってきていないから、どうやってお家に帰ろうか。
車通勤じゃないし、タクシーはもったいない。
傘を買うしかないかな……でもお家にあるお気に入りの傘もいるしなぁ。
「長谷川ちゃん、オレもう少しで仕事終わりだからよかったら送ってくよ?」
「いや、でも悪いですし……」
送ってくれるという申し出は有難いけど、あんまり乗り気にはなれない。
でも雨に濡れるものよくないし、やっぱり傘を買って帰るべきかな……
「いいっていいって。ちょっと待っ」
「姉ちゃん」
「?! タク?!」
困っていたわたしに声を掛けてくれたのはタクだった。
わざわざ傘を持ってきてくれているのを見るに、迎えに来てくれたみたい。
やばい。好き。助かった……
「弟さん?」
「あ、はいそうなんです」
「姉ちゃん、そういえば今日仕事行く時傘持ってなかったなと思って」
「そうなんだよ〜。天気予報見とけばよかったって後悔してたとこ」
「この人は同僚? うちの姉ちゃんがお世話になってます」
「いえいえ。……じゃあ長谷川ちゃん、お疲れ様」
「お疲れ様でーす」
ふたりで傘を差して雨の降る夜を歩く。
お気に入りの青い傘。
結構高いこの傘を使える事はただでさえあんまりないのに忘れてしまった。
タクが迎えに来てくれて良かった。安心した。
「タク、ありがとね」
「うん」
タクは静かに微笑んだ。
さっきまでの不安な気持ちはどこかに行った。
「タクのこういう気が利くところはズルい」
「ほんとは姉ちゃんと相合傘したさにあえて1本だけ持って来ようとしたけどな」
「それでも嬉しいからいいけど」
しれっと願望言ってくるあたりもなんかズルいなぁって感じる。
相合傘なんて子どもっぽい事も言うのも可愛い。
わたしもすでにブラコンに片足っ込んでるということなのだろうか。
「姉ちゃん、買い物袋持つよ」
「このくらい大丈夫だよ」
「仕事終わって疲れてるだろ」
そう言ってわたしの返事も聞かずに買い物袋を奪われた。
気を抜いていたからか、一瞬触れたタクの指に心臓が高鳴った。
弟だけど、どんどん弟として見れなくなっているのを日々自覚する。
「ありがと」
「なんなら馬車馬のように使ってくれてもいい。むしろご褒美だ」
「……そういうところ、ブレないね」
わたしがタクの気持ちを知る前のタクはもっと大人しくて、どこか距離もあったように感じてた。
それでも唯一の家族で、わたしにとっても大事な弟だった。
でも今は遠慮してないっていうか、むしろあからさまで、それが嬉しい。
お父さんとお母さんが死んで、ふたりとも大変で家族って感じがなくなりつつあったからだとも思う。
「タク」
「ん?」
「相合傘、する?」
「しますしたいです姉上」
「ふっふっふ。よかろう」
そうしてわたしは一歩タクに近付いてお気に入りの青い傘にタクを入れた。
あんまり大きい傘じゃないから、ふたりとも少し縮こまってるけど、この不便さも嫌じゃない。
たまにお互いの肩がぶつかって何度もタクとの距離を意識する。
「今日は姉ちゃんの好物作ってあるから、早く帰らないとな」
「タクはいつも好物作ってくれてる気がする」
「おかげでちょっと太ったけどね」
「大丈夫だ姉ちゃん。もうちょっとムチッしててもむしろエロい」
「またそういうこと言って〜」
タクの好意を知ってから、タクは自分が男の子なんだと主張するようになった。
これが果たして普通の姉弟の会話なのだろうか考えて、たぶん違うなって思いつつも、仕方ないなって思ってしまう。
こういう甘やかし方は良くないんだろうなぁって思ったりするけど。
「とか言ってわたしがぶくぶく太って嫌われたら泣くよっ。泣き散らかすよ!」
「……泣いてる姉ちゃんの顔も、悪くないかもしれない……」
「なんだろう、なんか負けた気がする」
雨は変わらず降り続けて、お互いの片方の肩は少しづつ濡れつつも歩く。
くだらない話をこうして仕事終わりにしている。
大人になって、こういう生活ができるなんて思ってなくて。
「いやいや姉ちゃん、俺はあらゆる勝負事において姉ちゃんに負ける。全力で接待するから姉ちゃんが負けることはない」
「わたしに
べつに恋人らしい事をしてるわけじゃない。
相合傘がどうかはともかく、そういう行為をしてるわけじゃなくて、ただ一緒に帰ってるだけ。
けどこういう日常が、タクと一緒にいる
隣に居てくれるのが、タクでよかったと思う。
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