第16話 幼馴染はやっぱり俺をダメ人間にしようとしてくる。

「なぁ幼馴染よ」

「んー? なにー?」

「なんで当たり前みたいに俺の太ももを枕にしてゲームしてるのか聞いていいか?」

「そりゃ幼馴染だからでしょ? 頭悪いの?」

「いや、にしても距離おかしいから」

「拓斗がさっさと宿題終わらせたら問題ないじゃないの。あたしはそれを待ってるだけー」


 夏休みの課題なんてはそんな簡単に終わるもんじゃない。なにせ量が多い。

 だが問題はそこじゃない。


「俺に甘えていいのは姉ちゃんだけだ」

「ならあたしは実質的な義姉ということで」

「だらしなくゲームして弟に膝枕されてる姉とか……いや、わりといいな。姉ちゃんにだらしなく依存されたい欲はある」

「シスコン」

「お褒めに預かり光栄だ」


 姉ちゃんに甘えられるなら喜ぶが、椎名は別だ。

 そもそも椎名はこの間の一件以降、開き直ったのかさらに距離が近くなっているように感じる。

 幼馴染というものはとても厄介な関係で中途半端で扱いに困る。


 よく女性は雰囲気を大事にするというが、俺と椎名にそういう男女の雰囲気というのはない。

 イメージでしかないが、付き合って5年目のマンネリした感じに近いだろうか。


「てか椎名はもう終わったのかよ?」

「終わってるわよ。初日で全部片付けたわ」

「じゃあ見せてくれよ」

「嫌よ。将来の旦那が阿呆になるじゃない」

「安心しろ。既にアホだから」


 ロマンも雰囲気もない会話。

 これが日常となりつつあるのが漠然と怖い。

 俺はモテる男ではないし、正直姉ちゃん以外に興味はあまりない。

 けど、知らんうちに自惚れしまうのではないか、あるいはもうそうなっているのでと思うと少し怖い。


「馬鹿ね。拓斗の脳内メーカー見たら全部姉になってるわ。阿呆じゃなくてシスコンで埋まってるだけよ。まだ間に合うわ」

「……それむしろ手遅れなんじゃないか?」

「大丈夫よ拓斗。あんたが両手両足無くなってもあたしが一生介護してあげるから」

「怖いし重い」


 椎名の頭の中はどうなっているのだろうか。

 覗いたら発狂する可能性があると思う。


「あ、あとこれ書いといて」

「ん? うん。……っておい」

「名前書くだけでいいわよ。他は大丈夫だから」

「婚姻届はガチすぎる」

「ちっ。……気付いたか」

「悪徳すぎるだろ……そんなんされても好きになれんぞ」

「……じゃあ、どうしたら好きになってくれるの? あたしと桃姉の違いってなに? 胸が以外で」


 膝枕を止めて俺と向かい合うようにして座り直した椎名。

 さっきのだらしない雰囲気とは違う、真剣なその顔は目を逸らす事を許さない。


「…………なんだろうな」


 椎名に対して何かを求めた事はあまりない。

 幼馴染という、当たり前にいる存在、みたいな認識ではある。

 それで言ったら姉ちゃんとは姉弟だから一緒に暮らしている事についても似たようなものだろう。


 では俺は姉ちゃんに何を求めていたのだろうか。

 ……いや、とくに姉ちゃんに対してもあまり求めているものはない。

 一緒に居られなくなる可能性は姉ちゃんが現状をどうにかしてくれて今に至るわけで、俺は姉ちゃんと暮らせているだけも日々が嬉しいし有難い。


 自分の気持ちを受け入れてほしい、という押し込めていた感情はエロゲバレによってなし崩し的に受け入れられている状態にある。


 その上で、俺は姉ちゃんになにを求めていたのだろうか。


「……母性、じゃないか?」

「母性……それはつまりあたしと子作りして母性を見せろってこと?」

「いや違うそうじゃない。それだけが母性じゃない」


 前のめりになるなそうじゃない!

 俺が言いたいのはそういうことじゃない。


「調べてみても、母親が子を守ろうとする本能的特質ってしか書いてないわ」

「それ自体は多分正しいんだろうな」

「ん? じゃあ拓斗はシスコンじゃなくてマザコン?」

「たぶんそれも違う」


 姉我好先生と話していて思った事。

 その中でも、自分が言葉にしてみた上で思った事。


「こう……なんていうか、姉ちゃんはさ、受け入れてくれる雰囲気あるじゃん? 優しいし」

「まあ、わからなくはないわね」

「あんな感じ。椎名はなんか怖い」

「……悪かったわね」

「なんていうんだろうな。たぶん、許されたいんだ。俺は。というか、たぶん男ってもんはそうなんじゃないだろうか」

「許されたい? なんかやらかしたの?」

「違う」


 姉我好先生に言った時、なにか少し違う気もした。

 受け入れられたいというのも間違ってはいないと思うのだが、今わかった気もする。

 正しい答えなんてないとは思うけど、自分の中でしっくりくる。


「よくあるだろ。女神様が微笑む的な」

「ああ〜なるほど、そういう感じね」

「なんで今の表現でわかッ?!」


 何かに納得した椎名は突然俺を抱き寄せて、俺は椎名の胸の中にいた。

 わずかに膨らんだだけの小さな胸。

 しかしなぜか興奮よりも落ち着く感覚が心地よいと感じてしまった。


 不意に抱き寄せられてされるがまま、抵抗力を失っていくこの感覚は不思議だった。

 いつもの椎名とは違う。


「ちょ、お前」

「いいから」


 それだけ言って、椎名は俺を抱き締めて頭を撫でた。

 子どもみたいに扱われているようにも感じて気恥しい。それでもどこかあたたかい。


「あたしは拓斗がシスコンでもいい。あたしの事を好きになってくれなくてもいい」


 ああ……。

 この感覚はだめだ。

 とてもよくない。

 性欲がどうとか、そういう次元の話じゃない。

 男が女が、とか、もうそういう話ではない。


「あたしは」

「お前! 俺をダメ人間にする気だな?!」


 椎名の胸に溺れそうになっていたが、すんでのところで正気に戻れた。

 危なかった。


「あたしは拓斗がダメ人間のクズニートになっても養ってあげる覚悟があるけど」

「俺を怠惰な未来ルートに案内するのやめろ」

「あたしはその為に頑張って勉強して頭良くなってるわけだし」


 駄目だ……椎名は俺を全力でダメ人間にしようとしてくる。どこの天使様だよ……


 椎名と居ると俺のシスコン魂が揺らぐ気がする。

 というか、椎名は俺のシスコン魂すら受け入れる覚悟があると宣言しているわけだ。

 ……いよいよ俺がクズ男になる将来が見えてきて怖い。



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