第14話 男は女性に受け入れてもらいたい生き物なんだと思う。

「そうなんすよぉ〜。お姉ちゃんの母性に溺れて私は死にたいんすよぉ」

「姉ちゃんに「もう……仕方ないわね」って微笑みながら言われたい」

「それもいいっすねぇ。ちょっこ困りつつも満更でもない感じとか最高っす!」

「姉我好先生的には曇らせはどうっすか? 姉物語だとバッドエンドルートでしかやってないですけど」

「曇らせは正直かなりの癖っすね。けどやっぱお姉ちゃんには笑っててほしいって気持ちがどうしても勝っちゃうんよ。だから曇らせはバッドエンドルートでしか書けないっすね。正直バッドエンドルートの時はお姉ちゃんを自分の性奴隷だと思って姉物語は書いてたんで、わりと鬼畜な事もしちゃいつつ罪悪感に苛まれながらも欲に抗えなくなるってどうしようもない未来へと進んでく感じかバッドエンドって私のイメージだったんすよ」


 待ち合わせだった喫茶店を早々に出て俺と姉我好先生はカラオケにいた。

 初めましてでまともな会話はできないなと判断して個室で話せるところを探して今に至る。


 本来、ネットで知り合った人とこのような事になるのは非常によろしくない。

 そして多くの場合は若い女性に対して成人男性が接触してということが多い印象、というか偏見だが、この場合は学生であり高校生である俺の方が立場的には不利だ。


 だが、そうなのだが……


「姉物語のあのシーン好きなんですよ。ご飯作ってくれて「美味しい? そっか。良かったぁ」って微笑むところがめっさ好き」

「あそこはかなり力入れて書いたんすよ!! エロゲだからエロばっか見られがちっすけど、私はただ「姉」という存在がどれだけ尊いかを伝えたいだけなんすよっ!! そしてその上でメスになるお姉ちゃんの顔が見たいっ!!」

「わかります姉我好先生っ!!」


 俺らはお互いに感動して抱き合い泣いていた。

 エロゲにも抜きゲーや泣きゲーと言った方向性はある。

 とにかく欲求を満たせる抜きゲー。

 ストーリーがとにかく良くて感動するような泣きゲー。


 姉我好先生の姉物語はその両方を両立させるという離れ業をやってのけた作品なのである。

 愛ゆえに狂い、愛ゆえに泣く。

 妙な生々しさと葛藤、罪悪感とせめぎ合う性欲のバランスがとてもいいのだ。


「多くのシスコンの人は私の偏見っすけど、だいたいは実際に姉が居ない人が多い気がするんすよね。だから自分の理想の姉を如何に性の対象として見て興奮できるかに焦点が置かれてる感じがするんけど、実際姉が居る立場からするとやっぱ複雑なんすよね」

「わかります。ゲームは創作にはだいたいの終わりがありますが、現実にはハッピーエンドの向こう側がどこまでも続いてて、それが怖いからそんな事は基本的にできないですししたくないって気持ちとかあって」

「そうなんすよぉ〜。いつまでもお姉ちゃんには笑っててほしい。けど私の愛も受け入れてほしいって気持ちとのせめぎ合いで毎日死にそうなんすよ私はっ!!」


 かつて、俺はここまで楽しいと思った事はない。

 いやもちろん姉ちゃんと話してるだけ毎日楽しい。

 だが趣味をここまで共有できる人間がこの世に存在しているという事実に感動さえしている。


「姉我好先生に聞きたいんですけど」

「なんすか?」

「義姉についてどう思います?」

「血が繋がってないならそれは幼馴染と同じっす。血の繋がりという禁断の果実が萌えさせるし、お互いの共通認識でどこまでも熱くなれるんです。だから義理では私にとって、それは意味が無いことなんです……」

「やっぱりそうですよね。この世で最も堅い絆は共犯者とも言われているように、近親というタブーを姉と弟で犯すというのがいいんすよね。姉弟というジレンマに縛れ、姉弟というジレンマに惹かれ合う」

「ポン酢さんの表現、めっちゃ分かりやすいっすね!! もらっていいっすか?!」

「……シナリオライターに言われてるとなんか照れますね」

「まあ、語ってるのは世間一般的にはアウトな話っすけどね。誇っていい事っすよ。表現が分かりやすいってめっちゃ大事っすから。私もそれでいつも苦労してるんで」


 文字では語り尽くせない想い。

 それを文章にして読ませるというのはやはりそれだけ難しいことなのだろう。


 日本人ならおおよそ誰でもある程度は文字を書くことはできるが、その綴った言葉が100%伝わる事はない。

 気持ちを言葉という形にしてなんとか伝えようとしても、決して全ては伝わらない。

 なんとももどかしい。


「けどポン酢さんは私が姉物語に込めた想いを最も理解してくれる人なんすよ。それがもうほんと嬉しくて」

「姉我好先生のシナリオには姉への愛が詰まってますからね。ほんの些細な会話文の中にもそういうのが随所に感じられるんですよね」

「嬉しすぎて泣きそうっす!」

「いや既に泣いてますよ先生」


 この世には理解し合えない人がいるように、その逆もあるのだと知った。

 シスコンであるという、ある種のコンプレックスがここまで他人に理解されるなんてことは滅多にないことだ。

 姉ちゃんには俺の気持ちは一応受け入れてもらっているが故に今の関係性は続いている。


 だが姉ものエロゲそのものを理解してくれるかというとおそらく話は別だろう。


「なんで私には竿が付いてないんだぁぁぁぁ!!」

「先生、カラオケだからってそんな発狂は流石にやばいですよ」

「私はねポン酢さん。貴方が羨ましい。もしもお姉ちゃんとそういう事になったとしても、お姉ちゃんの子宮を満足させることはできないんだよっ!!」

「いや、先生、男にだって女性を満足させられるモノを持ってるか問題はとても深刻なんです……いざ俺も姉ちゃんとそうなったとして、姉ちゃんを満足させてあげられるのだろうかといつも悩んでいるんです」

「男女の中って難しいねぇ。エロゲのシナリオライターやっててもそう思うよ」


 姉我好先生の年齢は知らないが、成人女性であることはわかっている。

 社会人として生きていく中で、男女という関係を人一倍考える仕事なのかもしれない。

 人はもしかしたらエロゲとバカにするかもしれないが、創り手としては永遠の課題なのだろう。


「ひとつポン酢さんに聞きたかったことがあるんよ」

「なんですか?」


 珍しく真面目な顔になる姉我好先生。

 出会ってまだ1日だが、おそらく姉我好先生がここまで真剣になるなんて事はシナリオ以外にないだろうとこちらも身構えた。


「なんで男の人って飲ませたがるんすか?」

「…………なるほど」


 そりゃそうだ。

 エロゲのシナリオライターやってる人だ。

 エロにも真剣だ。うん。


 ……俺、大人の女性とエロについて語ってたんだったわそういえば。


「俺は童貞なので、実際経験があるわけじゃないのでそこを正確に分析できるわけじゃないですが……」

「それでもいいっす。男性の意見聞きたくて」


 今まで普通にエロゲをプレイする受け手として生きてきたわけだが、改めて考えてみることにした。


「たぶん、結局は受け入れてほしいって気持ちの表れじゃないでしょうか? 体内に口から飲み込むというのは普通は意志を持って行うものですし、飲んでとお願いしても普通は受け入れられるものではたぶんないでしょうし」

「なるほど」

「俺や姉我好先生が姉を好きであるように、そう言ったタブーや気持ちを受け入れてほしいという相手に対して要求するものの象徴としてあるのだと思います」


 俺自身、姉ものエロゲをプレイしていて飲んでくれるとやはり興奮はするものだ。そして同時に嬉しくもなる。


「それに、これは偏見かもしれないのですが」

「大丈夫です。ここだけの話ですから」

「エロゲをプレイしてる人の大多数は自己肯定感の低い人が多いと個人的には思うんです」


 リアルの人に対してある程度欲求を満たせている状態の人ならわざわざエロゲを好んでプレイする人は少ないだろう。

 その理由が例えばモテないから、だとか、ロリコン故にリアルで欲求を満たすことができない。だから2次元に自然と行き着く、とか。


「人間の物理的な構造だけで言えば、女性の意識が無くても挿入自体は可能です。ですが、飲むという行為は任意、あるいは実質的な強制。それでも飲み込む意志がなければそれは叶わない。飲んだというのは相手の意志をもって自分を受け入れてくれた、と男は認識して悦ぶのだと思います」


 実際、もしも姉ちゃんにしてもらったとして、飲んでくれたら……うん。そしたら死んでもいい気がする。人生に悔いなく死ねる。


「本質的に男は女性に対して母性を求めていて、受け入れてくれるのが悦び。それがたぶん男の考える性行為なのかと」

「なるほど。なんか話聞いててすっごい興奮したっす」

「姉我好先生は心に童貞を飼っていそうなので、理解して頂けたならよかったです」


 何言ってんだ俺。


「正直、心が勃起しました」

「……先生、俺一応高校生ですからね? それは忘れないで下さいね」

「いやぁ〜すみません。男兄弟とかいないのでついつい参考にしたくて」


 仮にもネットで知り合った男女がしていい話ではない事に途中から気が付いたが、これも姉我好先生の作品の為なら仕方ないだろう。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ。姉我好先生とお話できて楽しかったです」


 結局その後も散々語り合い連絡先を交換して別れることになった。

 実質的には友だち? シスコン仲間? 同志?

 みたいな感じである。


「ポン酢さん。次回作、期待してて下さい」

「はい」

「今めっちゃムラムラしてるんで、傑作が書けそうっす」

「先生、そういうのは謹んで……」


 人通りはあるんだからさ、カラオケ屋の前だし。


「それではまた」

「はい!」


 何だかんだあったが、要するに姉は最強。姉は最高なのである。これは揺るがない真実だ。

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