第11話 迫り来る幼馴染、後退る俺。
「ほんっっとありえないッ!!」
「………………」
夏休み前の定期試験。そしてその前の椎名との勉強会。
だがべつに椎名は俺が全く勉強できなくて怒っているわけじゃない。
「ほんとキモイ! 流石に全部これは頭おかしい!!」
椎名の反応も当たり前なのだろう。
姉ちゃんの時はこうじゃなかったから、やっぱり姉ちゃんは優しいんだろうな。天使だもんな。
だがまあ話の流れ的には仕方ない。
というか、椎名は1度食いつくと自身がある程度納得するまで追求する性格である。
そしてそれは勉学だけでなく、些細な疑問からも発展する。
「なんで全部『お姉ちゃんモノ』なわけ?! 幼馴染モノとか1つくらいあってもいいでしょ?!」
「…………そこ?」
「当たり前よッ このクソシスコン野郎っ!!」
「……ぐうの音も出ねえ……」
話の流れとしてはこうだった。
なんだかんだ久々に俺の家に来た椎名が姉ちゃんと話して、何となく雰囲気が前と違っていると言ったのだ。
やっぱり2人はなんかあったんでしょ?と詰められ、姉ものエロゲを所持していた事が姉ちゃんにバレた事、そして姉ちゃんが好きで性的な目で見ているという事。
そこまで聞いて椎名の顔も曇ったが、その後にエロゲについて言及された挙句姉ちゃんにもまだ知られていないエロゲやらを掘り出される始末。
そして現在、先程までは机の上には教科書やノートなどが広げられていたわけだが、今ではその上に俺の「姉コレクション」がぶちまけられている。
勉強中にこれは煩悩の塊すぎると姉ちゃんに怒られそうな現状だが、それより先に椎名に怒られている。
なお、姉ちゃんは本日遅番な為に既に家には椎名の怒りを止めてくれる者はいない。
「ねぇ、あたしじゃダメなの?! 幼馴染じゃダメなの? ねぇ拓斗、なんでなの? 胸が無いから? 口うるさいから? 顔が好みじゃないから? あたしの事を女として見れない? あたしが拓斗のお姉ちゃんじゃないからダメなの? ねぇ拓斗、教えてよ……ねぇ」
泣き崩れて座り込み、下を向く椎名。
目の前には大量のエロゲ。
迫り来る定期試験。
修羅場ってこういうものなんだろうか、などと思っている余裕は正直なかった。
俺は椎名の事が好きではないとはいえ、椎名が泣いているのを見て悦ぶような性癖は持ち合わせていない。
女の子が泣いているのを見て少なからず心を傷める人間ではある。
やるせない気持ちと同時に、俺のせいでこうなっているというどうしようもない罪悪感が広がっていく。
「椎名」
「黙ってて」
「…………」
気まづい。
申し訳なさももちろんあるが、姉ものコレクションを広げられているこの状況はなんか精神的にくるものがある。
「…………とりあえず、拓斗がド変態だってのは、わかった…………」
「…………」
弱々しくも罵倒を止めない椎名。
だが椎名は突如服を脱ぎ出した。
いや、いやいやいや、ちょっと待て……
「お、おい椎名、椎名?」
「こういうの、ほんとは嫌だったけど……」
よろめきつつも立ち上がり、スカートも脱いだ椎名。
泣きながら白のレースの下着姿で迫り来る椎名に俺はどうしていいかわからなくなってきた。
「ねぇ拓斗……」
「お、落ち着け椎名」
「あたしのこと、見て」
「い、いやそれは……」
下着姿の椎名から目を逸らして座っていた状態から後退る。
若干の恐怖すら感じる。
しかしそれでも一瞬目に入る椎名の下着姿。
胸こそ控えめだがそっほりとしつつもみずみずしい太もも。
幼げな顔つきとは違い、腰は思っていたよりも艶めかしく、椎名が女性の身体になっているのだと主張している。
「この下着、あたしの勝負下着なんだよ?」
「そ、そうか」
「どう? 拓斗?」
「か、可愛いと思うぞ、うん。……リボンとか」
勝負下着って自己申告制なのか?
今が最も椎名の事がわからん。
てか女がそもそもわからん。
こんな事はエロゲでしか知らない事態であり、いざそうなったとしても行動できる男なんてそうそういるものではない。
「し、椎名……とりあえず落ち着こう、な?」
「逃げないでよ、拓斗」
後退るも壁にぶつかり、逃げ場を失った。
頬から涙を流しつつ悲しい笑顔を浮かべながら椎名は四つん這いになりながら俺に近付いてくる。
多少の膨らみを帯びた椎名の胸。
前かがみな体勢ゆえに少しだけ見えそうになっている。
「あの、椎名さん」
「今胸見たでしょ?」
「……あのですね椎名さん」
「いいよ、見ても」
俺の下半身に
甘い香りさえしてくるほどに近く。
艶めかしく胸板を触る椎名。
「は、話し合おう、な?」
「あたしの気持ちはわかってるでしょ? もう話し合いは意味がないこと、知ってるもん」
「だけどもさ……」
どう見てもヤケになっている椎名。
シチュエーションだけを見るならばそれもよかったのだろう。
「いいから落ち着け」
「拓斗は、あたしの事嫌い?」
「そうじゃない。でも」
椎名は幼馴染。
それ以上でもそれ以外でもない。
家族みたいなもんで、昔から一緒に居て気が楽で、俺に妹がいたらこんな感じなのではと思った事もある。
「これは違う」
唇が触れ合いそうになっていた距離。
椎名の事を、女として意識するには充分過ぎる距離だった。
だが俺は椎名の肩を掴んで押して離した。
上半身を起こして、再び椎名に向き合った。
この構図は姉ちゃんとのキスを思い出した。
でもあの時とは気持ちも関係性も全く違う。
「椎名、俺は痴女は嫌いだ」
「……」
「自分を大事にしない女は嫌いだ」
「……じゃあ、あたしはどうしたいいのよ?」
新たに涙を流す椎名。
それでも真っ直ぐに俺を見つめてくる。
それが苦しい。
「わからん」
「……そっか……」
くしゃくしゃな顔で、それでも椎名は笑った。
もうお互いに、どうしていいかなんてわからん。
どうしようもない一方通行。
「……でも、よかった」
「……なにが?」
「あたしにも、興奮はしてくれるのがわかった、から」
「…………」
痛いほど膨らんだ下半身は椎名の下腹部に押し当てられるようにして密着していた。
言葉ひとつ間違えれば、そういう事も有り得てしまう自分が情けないと思った。
「ごめん。もうしない」
「ああ……そうしてくれ。幼馴染がそんな風になるのは、嫌なんだよ」
「……でも、興奮はするんだ?」
「うるさい」
そりゃ、顔の良い幼馴染が下着姿で迫ってきてこあならない男はいないだろう。
もし俺が姉ちゃんを好きでなかったら、そういう事を受け入れていても全然おかしくない。
というか本来はそっちの方が健全なのは知っている。なんなら生物学的には俺の方がおかしい。
「流石に、ここまでやって拓斗が反応してくれなかったら死んでた」
「それはさす……」
さすがに冗談だろと言おうとして、言えなかった。
目が本気だと語っていた。
「じゃあ、勉強しよっか」
「……お前のメンタルどうなってんだよ……」
椎名の頬に落ちた涙はまだ乾いていない。
それでも椎名は微笑んだ。
「何言ってんの。拓斗の事を好きになった時点であたしの人生はハードモードなの。今更よ」
若干噛み合っていない会話文。
けれど、言いたい事はわかった。
やっぱり俺と椎名は似ている。
「も、もしアレだったら、ヌいてあげてもいいよ? あたしのせいだし」
「お前が服着て元に戻ればそのうち収まるわ! てか女子がそんなはしたないジェスチャーすんな」
ほんと女ってわからん。
なんでこうなっているのだろうか。
ある種俺も椎名も諦めが悪くてこうなっているのはわかる。
「拓斗は意外と誠実なのね。あんだけ大量のエロゲとか持ってるから、ド変態のクズ男な性癖なんじゃないかと覚悟した」
「ならいっそ諦めてくれよ……」
「無理ね。もう遅いもの」
俺が異常なように、椎名も異常だ。
普通ならこんなことになってそれでも性行為のひとつもしていない状況で、どうしていつもみたいな態度に戻れる?
むしろ俺の方が気まづい。
「んじゃ勉強するわよ。腹いせに拓斗が嫌いな英語をたんまり教えてあげるから覚悟して死んで」
「おい最後の語尾怖すぎだろ」
「拓斗が抱いてくれなかったせいであたしが恥かいたの。それでも教えてあげるんだから感謝して死ね」
「…………」
人間関係って難しい。
「あ、言っとくけど勉強中にトイレ行ったらドア越しに断末魔上げまくるから」
「なにそれ怖いってッ!!」
開き直った椎名さん、怖すぎる……。
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