第10話 お姉ちゃんは惚気けたい。

「ママぁ〜」

「あら、もう出来上がってるじゃないのモモちゃん」

「あははぁ〜とりあえず梅酒ロックくださぁい」


 17時にだいたいはわたしの仕事は終わる。

 けと今日は残業になって、タクもバイトで22時までは帰って来ない。

 だから帰っても意味がない。


「ていうか今日はなんだかご機嫌ね。なんかあったの?」

「うん。まぁね」


 この間来た時とは打って変わってわたしはハッピーな気持ちだった。

 ヤケになって残業終わりに飲んでスナックに来たわけではない。

 けどなんというか、惚気けたい気持ちとでも言うのだろうか。

 幸い店にはわたし以外お客さんは居ないし、誰かに話したくなったのもある。


「もしかして、弟くんと?」

「お付き合いすることになりましたぁ!」


 わたしは勢いよく手を挙げてそう告げた。

 わたしとタクの恋愛も、たぶん神様とあつこ様は微笑ましく思ってくれるだろうとわたしは盲信する。


「あらおめでと。前来た時からそうなるだろうと思ってたけどね」

「そうなの? わたしはすっごくあの時悩んでたんですけどぉ?」

「だってモモちゃん、悩んでるわりには満更でもない顔してたわよ。乙女の顔してたもの」

「わ、わたしそんな顔してたの?!」


 自分がそんな顔をしてたとか恥ずかし過ぎる。

 タクと話してても恥ずかしくなっちゃうことはあるけど、それとはまた別な恥ずかしさがある。

 羞恥心はお酒の回りをより早くさせる。


「で? どこまでいったのよ?」


 ニヤニヤしながら聞いてくるママ。

 ママは人の話を聞くのがとにかく好きだ。

 愚痴も惚気も恋愛相談も、あつこママは色んな話を聞いてくれる人で、同僚とここで飲んでる時もそうだった。


「キスは、した」

「どうだったの?」

「……気持ちよかった……」

「うっわすでに砂糖吐きそうだわアタシ」


 初めてのキスだった。

 しかもアレはまあわたしが悪いんだけども。

 なんというか、頭がふわふわした。

 あの時もお酒入ってたからっていうのもあるけど、自分の人生の中で1番嬉しいと感じた瞬間だった。


 頭の中ではいけないことだとわかってて、でもタクに求められて幸せを感じた。


「まあでもここでくらいは惚気けたいわよね」

「誰にも言えないよこんなの」


 たぶんここで惚気なかったらタクと家でイチャイチャする自信がある。

 人生で初めての恋で、こんなにも恋はそれだけで楽しいのかと知った。


 でもタクとの関係はやっぱり世間一般にはおかしな話で。

 それが苦しい。


「モモちゃん、お酒入るまではわりとまともなのにね」

「まともなふりしてるだけだよ。じゃないと弟と一緒に暮らせなかったから、そうなってるだけで」


 わたしが大人にならなきゃタクとは一緒に暮らせなかった。

 大学どころか高校も中退して、でもべつに後悔とかはない。

 施設の話は両親からたまに聞いていたし。


「この間ねー」


 わたしはママにタクに膝枕してあげた話をした。

 まあ正確にはタクが急にわたしの太ももに頭を預けてきたんだけど。


「意外と家ではしっかりお姉さんなのね」

「そりゃわたし、お姉ちゃんですから?」


 少し前までは、タクがわたしに甘えてくるようなことはなかった。

 なんなら距離があったようにも思う。

 それでもたぶん、それが普通の姉弟の距離感でもあるんだと思う。他を知らないからよくわからないけど。


「やばいもうこんな時間じゃんっ! 弟帰ってくる! ママっ!!」

「はいはい。お勘定ね」


 タクはバイトの日はいつも22時過ぎには帰ってくる。

 それまでにはお家に帰ってタクをお迎えしたい。

 お嫁さん気分な自分が少し恥ずかしくもなんか嬉しくて変な感じ。お酒のせいなんだろうね。


「あんまり弟くんを誘惑しちゃダメよ? モモちゃんは酔うと隙だらけなんだから」

「気をつけるー」

「……弟くんに同情するわ」

「ん?」

「まあいいわ。またいらっしゃい。惚気話は大好物なのよ」

「それはもうたんまりと」


 もうすぐ夏休み。

 去年まではタクは中学生だったから、わたしの予定さえどうにかすれば夏休みに1日くらいは海に行く予定も立てれたけど、今年はどうなんだろうか。

 見上げた夜空に聞いてもわからない。


「酔っ払いのことなんて夜空は聞いてはくれないか〜」


 お母さんは今のわたしを見てどう思うだろうか。

 タクと実質男女の関係になって、お酒で浮かれてるわたしを。


「……ん、ちょと待って……」


 夏と言えば夏休みなわけで、だいたい毎年椎名ちゃんも連れて海に行ってるわけで……そして今年も水着を着るわけで。


「そ、そ、そういえば……最近ちょっとだけ太ったかもぉ……」


 これはまずい。

 ちょーやばい。


 去年まではタクがわたしの事を好きだなんて思ってもなかったから、あんまり気にしてなかったけどでも今年は違う。

 去年よりちょっと太ったとか思われたらどうしよう……


「……お酒は控えよう」


 今はもう姉と弟な関係だけじゃない。

 少なくともわたしは今、タクに水着姿を見られてがっかりされたくないと思っている。


「うーん……恋って難しい」


 浮かれてる場合じゃない。

 タクに嫌われたくない。


「ダイエット、がんばろ」


 脳内でタクが「むちっとしてるのもえろい」とか聴こえたけどお酒のせいだ。お酒がわるい。

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