第8話 幼馴染の距離。
「店長、こいつが電話して話した奴です」
「幼馴染の子だよね? 可愛い」
「七島椎名です」
今日も俺はシフトだったので放課後に向かいながら店長に電話して話を通していた。
椎名も今日は予定がないし結局バイトする方向で話が進んだのでその日のうちに面談の段取りを組んだのである。
「たっくんの幼馴染かぁ。もしかして2人は付き合ってたりとかして?」
「付き合ってます」「いや違います」
こいつなに真顔で堂々と嘘付いてんだよ。
既成事実作ろうとすんなよ。
「仲がいいのね。頼もしい」
「しれっと嘘つかれたんですが……」
「婚約もしてますので」
「事実無根な結婚予定を勝手に組み込むな」
やっぱ店長ってどっかの頭のネジがおかしいんだと思う。
初対面でこの会話して来てんだぞ……
しかも椎名はなんか店長に対して敵対行為とも取れるような態度だし。
「もしかして
「初体験もお互い済ませたので」
「おいお前そろそろ怒るぞ? そんな事はしてない」
どこの世界に面談中に俺の腕掴んでちっぱい押し付ける奴がいるんだよおかしいだろ。
そして初体験については姉ちゃんとの確約があるから絶対に俺の童貞はやらん。姉ちゃんの処女貰うんだよ俺は。
てかお前もまだ処女だろうによくスラスラと嘘が付けるな尊敬するわそこまでいくと。
「青春だねぇ。たっくんの彼女さんとも仲良くなれそうな気がする!」
「……店長、出勤する前に病院行った方がいいです。頭と耳鼻科にでも。あと椎名、お前はまず俺の腕を離せ。肋骨が当たってて痛」
「死ね」
「ぐはッ」
ノールックで肘入れてきやがった……
いやまあ密着されてるからどうやっても攻撃は当てられるだろうが、躊躇なく肘打ちは酷いと思……まあ俺も悪いな。うん。すみませんでした。
☆☆☆
椎名のバイト面接から1週間。
初対面時は威嚇する子猫みたいな椎名だったのにあっさりと店長に懐いた。
「しぃちゃーん。3番テーブルにこれお願い」
「はーい」
地頭も良い椎名は2日でだいたいの仕事を覚えてしまい、1週間で戦力として一生懸命バイトしている。
店長の人柄もあるのだろうが、椎名は兄弟や姉妹に対して憧れが強い。
一人っ子だからだろうとは思う。
姉ちゃんの事を「桃姉」と呼ぶのも、自分のお姉ちゃんのように思っているからだと思う。
ましてや椎名の両親は共働きで1人で居ることはどうしても多い。
だから、こんなお姉ちゃんが居たらなぁとか思ったりするのだろう。
現に椎名はバイトに慣れ始めてのバイトの帰り道で「前世のあたしのお姉ちゃんだったのかもしれない」とか言っていたから、そのくらいには懐いている。
「ふたりとも、お疲れ様。明日もよろしくね」
「お疲れ様でした」
「お先に失礼します店長」
俺と椎名はバイトを終えて家へと帰る。
帰ると言っても家が近いのでほんの10分ほどで家に着く道のりである。
「お前、楽しそうだな」
「まあね」
椎名は俺と違って仕事ができる。
仕事もできる、という方が正しいだろうか。
俺と椎名では頭の出来がそもそも違う。
俺と椎名では釣り合ってない。
椎名にはもっと隣に居るべき
そしてそれは俺じゃない。
自惚れているわけじゃない。
椎名に対して俺はずっと劣等感を抱いている。
だからなんで椎名は俺の事が好きなのだろうとよく疑問に思う。客観的というか、他人事みたいに。
「初めてのバイトだけど、結構続けれそう」
「それは助かる。俺が辞めるまではやっててくれ。仕事が楽になる」
「そこは「椎名と一緒にバイトしてたいから続けてくれ」とか言ってよ。発言が捻れ過ぎ」
「俺は思ったことを素直に言っただけだ」
「じゃあ素直な捻れ者ね。まあ、拓斗が面倒臭いのはよく知ってるからいいけどさぁ」
俺が見境なく女を口説くような男だったら、椎名を都合よく使って欲を満たしたりもしたのだろう。
なんでこんなに椎名は俺に対して一方的な矢印を向け続けられるのだろうか。
ラブコメにしては直球過ぎるし、フィクションみたいなときめき的なものはない。
「でも、あたしは拓斗と一緒にバイトできて嬉しいよ。誘っくれたのも嬉しかったし」
「単に即戦力としてアテにしただけだ。アテを選べるほど俺は交友関係が広くないしな」
「それでも嬉しいのは嬉しいの。全く拓斗は女心がわかってないなぁ」
「わかってたら苦労はしてない」
「そういうのは拓斗に期待なんてしてないからいいけどさ」
幼馴染で昔からよく一緒に居ても、分からないことはある。わからないままに至ることが多いのだ。
アテにしてたのは本当だし、声を掛けれる人が少ないのも事実だ。
その上で椎名に声を掛けて、その事に罪悪感を感じなかったわけじゃない。
わかりやすく言えば、椎名を利用しているだけに過ぎない。
「あと拓斗、あたしは諦めが悪いから覚悟しててね」
「…………そうか」
「うん」
椎名を見ていると自分と重なって見えることがよくある。
俺だって姉ちゃんの事を好きになってから、盲目的に姉ちゃんの事が好きだったし、姉と弟という関係性からこの恋が実るなんて思ってなかった。
今だって不安定だし、姉ちゃんの一種の気の迷いですぐに関係性が霧散する可能性だってなくはない。
しかしそれでも執着してしまうのはわかる。
多分、俺と椎名の恋愛感覚はどこか似ていて、普通の人たちとは何か違っているのだろう。
俺と椎名は何かが歪んでいて、その歪み方が違う。
「俺が言えることじゃないけど、椎名は俺じゃない人を好きになった方が幸せになれると思う」
「知ってる」
お互いの家も見えてきて、俺の家の電気は着いていて、椎名の家は着いてない。
「でも好きだから」
そう告白した椎名の無理矢理な笑顔は欠けた月明かりだけでもよく見えた。
じゃあまた明日と言って家に入っていった椎名に掛けられる言葉は俺には無かった。
椎名に好きだと言われる度に、ただ罪悪感だけが重なっていく。
嫌だとは思わない。ただ、申し訳ない。
俺にとって椎名はどうしたって、近くて遠い身内なのだ。
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