第5話 きのこの姉、たけのこな弟。

「タクぅ……」


 居酒屋バイトから帰ると姉ちゃんがリビングでお酒を飲んでふにゃふにゃになっていた。

 普段はそこまで飲まないのに、エロゲ発覚時間から飲んだくれているとなるといよいよ俺のせいだなこれは……

 やばい。俺の姉ちゃんがアル中になってしまう未来があるぞ。


「タクぅ……おつまみ欲しい」

「何がいい?」


 姉ちゃんは普段はこれでもまともだし真面目な人だ。

 なんなら俺の方が家ではだらしないことが多い。

 姉ちゃんが俺のエロゲコレクションを発見したのだって勝手に部屋を掃除したからでもあった。

 なので俺は自室ではシない。


「あれがいい。梅じそササミフライたべたい」

「……フライは時間かかるから焼きでもいい?」

「ゆるす」

「はいよ」


 酔うと割とわがままになる姉ちゃん。

 弟としては面倒だが、姉ちゃんの事を好きな俺としてはまんざらでもなかったりする。

 ましてや普段は真面目に働いて生計を立ててくれているわけだし、恋愛感情抜きにしても感謝はしている。


「姉ちゃん、梅干しも紫蘇しそも苦手なのにこれは好きだよな」

「梅は酸っぱいのがきらい。紫蘇はクセが強くてきらい。でもどっちも火を通すとおいしー」


 お酒で頬を赤らめている姉ちゃんは梅酒ソーダを飲んでいる。

 よくよく見てみれば、俺が帰ってくるまではきのこのチョコのやつとたけのこのやつのチョコをつまみにしてお酒飲んでたのかよ。


 ……姉ちゃんはストレスが過剰に掛かると甘い物をやたらと食べたがるので、なんか申し訳ない。


「てか聞いてよタク! 今日スーパーに来た客がさぁ!」


 申し訳ないと思っていたが、話を聞くとどうやら悪質クレーマーに絡まれてさらにそれをなぜか店長に咎められて勝手に悪者扱いされたという。

 結果的に店長の誤解は解けたけど理不尽だと腹を立てていたという。


 今なら抱き締めても許される気がしたがやめた。

 絶対理性が崩壊するなこれは。うん。


「出来たよ」

「おいしそー」

「熱いから舌火傷しないようにな」

「火傷したら梅酒ソーダが冷ましてくれるからだいじょーぶ」

「……甘い物とお酒は怪我の治りが遅くなるからむしろダメなんだけどな」

「未成年のくせにそんなせっきょーしなくていいの! むむっ! おいしーっ!!」


 さっきまでチョコ食べてたのにササミフライもどきをよく美味しそうに食べれるよな。

 お酒があるとそういうのは変わったりするのだろうか。


「ところで姉ちゃん、なんできのこたけのこがあるんだ……犬猿の仲の代表をこんなところに持ち込むなんて」

「きのこを2つ買おうと思って手に取ったけど、子どもか誰かが間違えて品物戻してて知らずに片方がたけのこだった……」

「だからたけのこには手を付けないのか」

「いっこだけ食べた。やっぱりきのこがさいきょーだよ」

「いやいや姉ちゃん、最強はたけのこだ。異論は認めない。いくら姉ちゃんと言えどもだ」


 俺は姉ちゃんに対してひとつだけ許せないことがある。

 それは姉ちゃんがきのこ派閥である事だ。

 姉ちゃんはたけのこの良さを理解していないのだ。

 これは長谷川家において大変由々しき問題である。


「タクはわかってないよっ! きのこはチョコとビスケットの良さをとっても味わえるだよ? チョコの濃厚な甘さも、ビスケットの食感も味わえる1粒で2度美味しいさいきょーなお菓子なんだよ?」


 酔ってるくせに饒舌にきのこの良さを語る姉ちゃん。

 ドヤ顔が可愛いなと思ったがしかしそれでも我らたけのこ派閥は譲れない。


「何を言うんだ姉ちゃん? コーティングされているたけのここそ1粒で2度美味しいの頂点だろ?」

「甘いよタク。それにきのこはビスケットの部分さえ持っていれば全然手も汚れないんだよ。これはとても大事な事だよ」

「いやそれはポテチを箸で食べる勢からしたら不毛であり些細な利点でしかない」


 箸で食べさえすればきのこもたけのこも手は汚れたりしない。

 メリットと呼ぶにはあまりにもショボ過ぎる。


「タク」

「なんだ?」


 姉ちゃんは俺の名前を呼んだかと思えばニヤニヤと笑みを浮かべて手にきのこを持って見せびらかすように目の前でゆらゆらと緩やかに振ってみせた。


「タクがきのこに寝返るなら、わたしとちゅーできるよ」

「な、なんだと…………」


 姉ちゃんはそう言ってきのこのチョコの部分を口にくわえて目を閉じた。

 酔ってるゆえにからかっているのだろう。

 それに姉ちゃんはどうせ俺がひよってそんな事はできないと思っているのだろう。

 大体きのこたけのこ論争は我が家でも何度も争い続けている聖戦。


「ぬぉぉぉぉッ?!」

「どうする? どうするタク?」


 ちくしょぉぉぉぉおッ!!

 ヤバい。

 今なら承諾済みで姉ちゃんとキスできる……


 いやだがしかしだ、16年もの間たけのこ派閥である事を貫いてきたのだ。

 姉ちゃんとのキスというご褒美で今更たけのこ派閥を裏切れと言うのかっ?!

 かつてここまで葛藤した事はない。


 どうするんだ、俺……

 揺れている。

 何よりきのこを咥えているという構図がさらに性欲を掻き立てるものがある。


 小学生の頃にうっかり姉ちゃんの裸を見てしまった時よりもそそるものがある。

 そもそも小学生の頃はまだ姉ちゃんの事を好きではなかった。


 だが今はどうだ?

 昨日の今日で今なんだぞ?

 俺の気持ちに対して少しでも嫌悪感があるならこんな挑発なんてしてこないのではないか?


 いけるのか? イけるんじゃないのか?

 ……いや、だがそれでは悩み始めてからのこの数年の苦悩はどうなる?


 きのこに寝返るということはたけのこを裏切るという事。

 だがそれよりも姉と弟の境界線が無くなってしまう可能性が大いにあるという事でもあるんだぞ?


 いや……だが、それでも俺は。


「姉ちゃん」

「ん? っ?? ……んんっ?!」


 姉ちゃんの軟らかな唇にくちづけをした。

 驚いた姉ちゃんは咥えていたきのこのチョコの部分を噛んでビスケット部分は俺の口の中に入ってきた。

 すぐに離した唇に寂しさを憶えつつ、お互いに見つめ合いながらもゆっくりと口の中のものを咀嚼そしゃくする。


「姉ちゃん」

「ひゃい?!」

「姉ちゃんは昨日の事、無かった事にする気がないって解釈でいいの? こんな挑発して」

「そ、その……」


 頬を赤らめて視線を泳がせる姉ちゃん。

 受け入れてくれるのか?

 受け入れる気があるのか?

 この恋を。


「姉ちゃんがこんな事をしなかったら、元の姉と弟に戻れたかもしれないのに」


 姉ちゃんの額におでこで触れながら、お互いの鼻先が少しだけ擦れる。

 今ならきっと姉ちゃんとのキスの味はチョコレート味になるだろう。


「姉ちゃん」

「タク……」


 俺は再び唇にそっと近づいた。

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